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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の選択
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彼の選択(6)

「…………あれ……?」

「起きたんだね」

二之宮(にのみや)だ。



「脇腹に7センチ弱。縫合と消毒しといたよ」

ガーゼ下の薬草を替え、二之宮は再びテープで貼る。

「それは分かった。でも、俺が訊きたいのはこの拘束だ」

二之宮宅の客室のベッドで両手両足を拘束され、腰、首を固定されている。皮膚を傷付けないように良質な布テープで……いらん気遣いとはこの事か。

「その背徳的かつ趣向の偏ったそれは勿論――」

「SMプレーイだよー!!」

来た。

色んな意味で俺のあらゆるところが痛くなるハチャメチャ幼女だ。

「ちょっと、遊杏(ゆあん)。そんな直接的に言っちゃ駄目だろう?マゾヒストにSMなんて言葉は肉体的・精神的な苦痛に快楽を感じる性欲――マゾヒズムを煽るだけ」

二之宮は二之宮でマゾじゃない俺にマゾについて詳しく語ってくる。

「いいかい、ここは『サディストとマゾヒストの為のお遊び』と言いなさい」

「分かったー。いい、くぅちゃん!それはサディストとマゾヒストの為のお遊びだよ!!」

うわぁ……そーゆー言葉遊びが二之宮みたいなサディストに快感を与えてるんだぞ。

二之宮の表情が微かに愉しそうだ。

「で、SMプレイが何?外せよ。店あるし」

「外せない」

「な――」

「何故かって?脇腹のはさして問題ないんだけどね、君をこのままにしておくと、脇腹どころか下半身麻痺にまで発展しそうだからだ。言い換えると、僕の警告を無視して体を酷使した罰。ねちっこいインテリ派の僕の意見を聞かないとこうなるといういい例なわけ」

それは怖いな、インテリ派。

「じゃ――」

「じゃあ、店はどうなっているのかって?勿論、君なしで営業中」

「あ――」

「弟君のこと?彼は受付業務のみOKしたから安心して」

「る――」

琉雨(るう)ちゃんは君が少しでも早く治るよう、極力、力を使わないようにしていた。大半は原形姿で眠っているらしいよ」

「つ――」

「つまり、君が元気になるまで冬眠状態を続けるようだ」

「………………」

「君の言いたいことは分かるよ。うん。トイレはどうしよう、だろう?君がいくらMだろうと、流石にあれやらこれやらはさせる気はさらさらないから、僕のアグレッシブバタフリーちゃんをあげる」

だから、そのネーミングセンスをどうにかしろ。と言いたいが、トイレ云々は俺の言いたかったことじゃない。

「俺が言いたかったのは、わざとらしく俺の声遮るの止めろよ!」

と、言いたかったんだよ!

「あ、そう。でね、トイレ行きたくなったら、誰か呼んでこれを外してもらって。そしたら、アグレッシブバタフリーちゃんが君をトイレまで誘導、待機、君がトイレからここに戻るまで見張ってくれる。アグレッシブバタフリーちゃんが君がベッドに戻ると同時に音を出す。誰かが君の拘束を直しにくる」

「速やかに行動しないとアグレッシブに走るからね」と付け足した二之宮は、やっぱり、ろくな研究をしていないと思う。

「緊急時は『助けて、バタフリーちゃん!』と愛情を込めて言うと、適当にどうにか助けるよ。僕に似せて基部を作ったから、そこんとこよろしく。あと、学習機能搭載で、情報収集能力と自己選択装置を入れた。情報収集能力は過去のありとあらゆる事例から君の行動の意図を探り、学習機能と自己選択装置によって、常識に囚われないアグレッシブ精神で君を介護ないし、排除する。凄いだろう?」

いや待て。

今度は漢字が多かったぞ。

「つまり、小型のにーだよ」

「性格はそうだね。だけど、アグレッシブバタフリーちゃんの行動については遊杏と同じと思えばいい」

その嫌がらせみたいな組み合わせはなんだよ。二之宮と同じ脳を持った小型兵器か?

「それじゃ、できるだけ僕達を呼ばないようにね。めんどくさいから」

だったら、無駄機能付ける前に拘束外したりとかできるようにしとけばいいんだよ。ムカつくなぁ。

二之宮の背中から1匹の……でかくね?

「二之宮、一応はバタフリーだろ?」

「一応はバタフリーだよ。でも、中身を充実させてもまだバタフリーを追求するなら、これぐらいはないと」

多分、街中にいるカラス大。翅の派手な攻撃色はアグレッシブ感満載だが、どちらかというと蛾に近いな。

「蛾と蝶の違いは一般に、止まった時に翅を開いているか、直立させて閉じているかの違いにある。あと、主に蛾の活動時間は夜。蝶は昼」

「蝶は綺麗な翅の奴で、蛾は何か気持ち悪いのとか地味な奴だろ?」

すると、二之宮は心外なと言いたげに眉を曲げた。

「蝶にはクジャクチョウと言う真っ赤な奴がいる。それは何かキモいよ。あと、ウラナミジャノメは地味だし、キモい。そいつらが群れてたら女の子は悲鳴上げて逃げるね。対して、蛾の仲間であるベニスズメ。あれは見るだけなら可愛らしい。アメリカシロヒトリはゴマダラチョウの白黒を塗り替えたみたいでね、儚いんだ」

二之宮の頭の中は一体どうなっているのだろう。

何とかスズメって鳥だろ?

「そしてクワの葉を食す純白の彼ら、カイコ。あいつらの繭から作られる絹糸はとても滑らかな肌触りで、古くから世界中で愛されてきた。あの上質な絹のためにシルクロードができたぐらいだ。絹を背負い、山々を歩き、中国と日本を行ったり来たり。カイコは立派な蛾の仲間だよ」

俺はポリエステルとか綿とかの方が親しみ深いけど。

「君の言う蝶はモンシロチョウを代表とするシロチョウや、オオムラサキを代表とするタテハチョウ、あとはシジミチョウかアゲハチョウだろう?」

「さ……さぁ……」

蝶は蝶としか思ってないから分からない。

「君はきっと、ハルジオンを貧乏草とか言うんだろうな」

深い溜め息。二之宮の苦労からくる肩の見えない積み荷が増えたようだった。

「ごめん……」

全然理解できないけど、ここは謝るべきだろう。

全然理解できないけど。

と、2回言っておく。

「というわけで、アグレッシブバタフリーちゃんを置いてくよ」

二之宮はバタフリーちゃんを毛布を掛けられた俺の腹の上に置いた。

この前見た仮面ラ○ダーみたいな目が俺を向いている。翅は直立させて閉じているし…………何かヤダな。

「二之宮、ここじゃなくてさ、せめて部屋の隅に置いてって」

腹の上の蝶はやっぱり俺を見ていて、目玉がないから視線っぽいのが気になる。触覚がふわふわゆらゆら揺れてる!

「緊急時は『助けて、バタフリーちゃん!』でしょ?」

「俺はバタフリーちゃんに助けてもらいたいんじゃなくて、バタフリーちゃんから助けてほしいんだけど」

「ならそう願いつつ言えばいい」

「そしたらバタフリーちゃんはどっか行く?」

「誠意による。ただし、あくまでも、感情の基部は僕だからね」

「二之宮は俺に優しい!」

――はずだ!

「ふーん。じゃあね、バタフリーちゃん」

「じゃーねー、バタフリーちゃん」

二人とも手をひらひらと、バタフリーちゃんに振って部屋を出てった。俺のことはスルーみたいだ。


やっぱり、優しくない。


それにしても、奴は俺を見ていた。

模型みたいにしていればいいのに、触覚と翅が微かに揺れているのだから、気が休まらない。

「なぁ、頭いいんだろ?こっち見ないでくれるかな?」

二之宮には伝わるんだから、バタフリーちゃんにも日本語は伝わるよね?

俺はバタフリーちゃんの応答を待つが、バタフリーちゃんは……俺を見てるよ!

コレとずっと一緒とか、辛すぎる。

てか、何でバタフリーちゃん?セイやスイは?

……………………見てる。

……………………見られてる。


いつまでこの状態!?


「た……助けて……バタフリーちゃん」

憎たらしい二之宮の顔を思い浮かべつつ、魔法の呪文を唱える。


が、


……………………あ、飛んだ。

無音で軽やかに飛ぶのは赤やら黄色やらで派手な翅を持つアグレッシブバタフリーちゃん。

奴は天井をくるくると回る。

「やっとどっかいっ……―」

“行ったか”と言いたかったのに、奴は飛びながら突然、急降下。その先は……俺!?

「キモいいいぃぃいい!!!!」

ぎゃーっ、来てる来てる来てる!

『緊急時は『助けて、バタフリーちゃん!』と愛情を込めて言うと、適当にどうにか助けるよ』と言っていたが、愛情か!?二之宮のことだから、そういう相手の感情の変化を測る機器も付いていそうだ。

くそっ!愛情込めろよ、俺!


「…………俺を助けて……バタフリーちゃん」

助けて、(ろう)


ぱふり。

バタフリーちゃんはゆっくりと高度を下げると、シングルベッドの脇に止まり、俺の枕元まで這い上がり始めた。

ヤバい。こいつの足、シャカシャカ鳴っていてゴキブリみたい。

首が固定されてるから、奴が近付いている気配と音しかしない。そして、俺の全身はそれだけに敏感になる。

耳も髪も頬も指も。


シャカシャカ。

シャカシャカシャカ。

シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ。


多分、今、全身の毛穴から汗出てる!


シャカシャカシャカ……シャカ…………。


「止まっ……た?」

布団に落ちる奴の翅の影も止まる。





『ね~んね~こ……ろ~りよ~……―』





奴は唐突に胴体から歌を流し始めた。それも、ワンフレーズとワンフレーズの間が奇妙に空いてる。知らないおばあちゃんのしゃがれた声で……―


「キモいんだよおおぉぉおおお!!!!」


俺は失神した。







「アハハハハ!!見てよ、董子(とうこ)ちゃん!」

「蓮様、悪質ですよ」

車椅子のひじ掛けに頬杖の突き、蓮は口を開けて心底愉快に笑う。その背後で董子は苦笑いだ。

「ちゃんと見張ってくれるし、崇弥(たかや)も静かになって万事解決!」

「気ぃ失っちゃうなんて、にー凄いね!」

「そうだろ?僕の悪戯心満載で、不審者を肉体的だけでなく、精神的にも撃退するために作ったからね」

「にーの精神攻撃は最強だよ!!」

膝に乗り、身を乗り出してPC画面を見詰める遊杏。

それは、客室に設置された―見た目は照明に似せて作られた―監視カメラからの映像だ。勿論、バタフリーちゃんからの映像も他の画面に映されていて、プラスして、ベッドの4本足に取り付けた集音マイクからの音がスピーカーから高音質再生されている。

「この分だと、夕食まで気絶してそうだ」

自分の金髪をくしゃくしゃと握った蓮は膝の遊杏を降ろした。

「さてと、次は弟君かな」

「おーちゃん?」

「崇弥に安心するよう言ったのに、弟君が無茶してちゃあ、止めないと」

「どーしたの?」

「何やってんだか、政府の依頼受けてるよ」

呆れ果てた顔で片耳イヤホンを外す。

「兄とは身体の作りも、覚悟も違うのに、彼は自身の役割を知らないみたいだ」

「車用意しますね」

「頼むよ、董子ちゃん」

董子はサッと蓮の部屋の奥にあるPCルームから出て行った。

「せーちゃんは?」

「琉雨ちゃんは冬眠、金髪君とおじいちゃんとは思えない(くれ)君はお使い中みたい。今日は天気がいいしね。まさかとは思うけど、崇弥達の外出を狙ってたとしたら、僕は崇弥に謝らないといけないかもしれない。でも――」

「くぅちゃんの右腕死んじゃうよ?」

「2日はああして貰わないと。遊杏、鞄取ってきてもらってもいいかい?」

「らじゃー!」

跳ね散らかした長髪を揺らして、彼女はパタパタと蓮の背後を走って行く。

残るのは効きすぎた冷房の中に蓮一人。

「初期検査で君達は一人だった。なのに、ある日を境に君達は二人になった。ねぇ、君は何者?」

画面の中で眠る彼の傍には蝶が寄り添う。

「君の望みは何?」


『………………氷羽(ひわ)


スピーカーから流れた彼の寝言。

「氷羽は君が殺した。そして、殺している。なら、君は氷羽に何を求めているんだい?」

ツゥと洸祈の頬を涙が流れたのを最後に、蓮は画面の電源を切る。

「にー、鞄持ってきたー!」

「ありがとう。よし、行こうか」

「うん!」

董子が蓮を迎えに来たのを見計らって、彼は車椅子を進めたのだった。

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