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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の選択
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彼の選択(5)

ごめんね。


キミは沢山謝っていた。


ごめんね。


何度も何度も……キミはあの子に。


ごめんね。


ボクはキミたちはきっといつか、同じ道を一緒に歩けるようになれると信じている。


キミがボクの手を取って引っ張ってくれた時のように。




『今度はボクがキミの手助けをしたいんだ。だから……アーク、ボクは堕ちるよ』






「こんばんは」

ふわふわした茶髪の青年。いつの間にか寝ていた私の枕元にいたのだ。

「……誰?」

寝苦しい気がしたのだが、じっと見られていたかららしい。

何の用事だろうか?

知らない人だし、慎君呼ぶべきかな。

「手短に。いいかな?」

うーん。そういう切り返しは困るよ。

「…………紅茶入れる?」

「えっと…………ミルク入れてくれる?砂糖はなしで」

あら、可愛い。

「お砂糖はなーし。ミルクは入れまーす。オッケーかな?」

「うん。ありがとう」

ぺこり。

私は礼儀正しい彼に席を進めた。

といってもカーペットに置いた座布団だけど。

「待ってて」

「あ、あの……」

「隠密でしょ?忍者さん。大丈夫、そっと台所に行くから」

窓も開けずに侵入とは、ベテランだ。本物の忍者なんて初めて見た。

苗字は服部(はっとり)さんかな?



「誰だ?」

「ひゃっ!」

「!?――こそ泥か!?」

自宅で手首を掴まれた。

もう片手に持ったポットが熱湯にシューシュー言う。

「泥棒さんじゃないの!ポット貸して欲しいの!」

「ポット泥か!!」

ポットも貸してくれないなんて、なんて心の狭い人だろう。

「お兄ちゃんのエッチな本と交換!」

ベッドの下に2冊、机の引き出しに1冊はあることを知っている。

さぁ、ポットとエッチな本、どっちを取るのかしら?

「何で知ってんだ!悪い子だぞ!ばっちぃ!」

「お母さんが教えてくれたんだよ」

「ベッドと机は調べるなと言ったのに!」

そう言われたら調べたくなる。

「って……(りん)?ポット泥棒じゃないのか?」

お兄ちゃんは窓からの月明かりしかない薄暗い台所でやっと気付いてくれた。

くしゃくしゃの黒髪はいつになくだらしない。お兄ちゃんにきゃーきゃー言う女の子達はこの姿を見てもはしゃいでくれるだろうか。

「ポットで何するんだ?シャワーなら普通に浴びればいい。俺が(しん)君を見張っててやるよ」

何それ!

慎君はそんなことしないし!

それに、わざわざポットのお湯を使わずとも、洗面所でお湯を出せばいいだけだ。

「お茶にするの!」

「お茶?お茶会か?」

「そう!」

「真夜中にリアルおままごとか。……お兄ちゃんはいつでもお前の兎さん役になるからな」

凄く悲しそうな顔……私の大切な兎のぬいぐるみの代わりになるって……勘違いされてるよね?

憐れみの視線をじぃっと……。

「おやすみ、お兄ちゃん!」

「おままごとであんま夜更かしすんなよ」

そんな悲しい妹じゃない!といつもは訂正するけど、今日はお客様を待たせているのだ。寧ろ、勘違いのままの方がいい。

私はティーカップと紅茶パックを手にして、今から夜食らしいお兄ちゃんから逃げた。


あ、ミルクを忘れちゃいけなかったんだった。




「どうぞ」

「ありがとう。それで、大丈夫だった?」

「うん」

ふわふわの髪の人はいくつだろう。

若くて……でも、私より年上っぽい。

「ねぇ、あなたの名前は?」

ふわふわの髪の人は何だか呼び辛い……。

「…………林太郎(りんたろう)

「その名前…………―」

その名前はベッドに乗るぬいぐるみの名前だ。

“兎さん”の名前――林太郎。

この名前は母が付けてくれた。

「あ、ボクはあそこの兎のぬいぐるみとは関係ないよ?」

「え?林太郎君じゃないの!?」

兎の林太郎君が私に会いに来たんじゃないの?

「あのね、大切な話……ううん、お願いがあるんだ」

「お願い?」

「キミのお腹の中の赤ちゃんのこと」

林太郎君はパジャマ越しに私のお腹を指差した。

「…………赤ちゃんはあげない!慎君と一緒に育てるの!産んじゃ駄目も聞かないからね!」

産婦人科の皆は諦めるという選択肢を作ったけど、私は絶対に諦めない。

「取らないよ。それに、産みたいっていうキミを止める権利は他人のボクにはないし、ボクは止めたくはない。だって、新しい命が生まれることはとても美しいから」

くすって笑う姿がちょっとだけ柚里(ゆり)君に似ていた。

「もう名前も決めてるの」

「へぇ」

「『(あおい)』。男の子だとしても、女の子だとしても、名前は『葵』」

葵ちゃんか、葵君。

どっちになるのかはまだ分からないけど、毎朝、『葵』に声を掛けるのが日課だ。

「『葵』……いい名前だね」

「ありがとう、林太郎君」

目が疲れるから電気は付けていないが、闇に慣れたようで林太郎君の琥珀色の瞳も見える。

「だけどね、ここには二人いる」

「え……?」

二人いるって……。

「双子だよ」

「……双子の赤ちゃん…………」

お医者さんも誰も双子だなんて言ってなかった。だから、当然、1人だと……。

「ボクからのお願いは……ここで眠る子たちを守って欲しい……」

ここで眠る子たちは私の子。慎君の子。

「勿論、私はこの子たちを守るわ」

そう約束している。

私に何があっても、慎君に何があっても、子供を守ると。

「嗚呼……もう行かないと」

「まだお茶会は始まったばかりなのに」

もっと話したい。

「大丈夫。また会えるよ」

「本当に?また会える?」

「うん」

琥珀の林太郎君は立ち上がると、座って見上げる私の額を撫でた。

大きいけど、冷たい……手。

「おやすみ、林さん」

なんであなたは私の名前を知ってるの?

私はあなたの名前を知らないのに。


教えてよ、あなたの本当の名前。


「コウキ」


『こうき』?

「その名前を覚えておいてくれる?」

私はそれに頷いたかどうかも分からずに、強い眠気に意識をなくした。

彼の翻るコートの裾が、私の今日の最後の景色だった。





「ふ、ふふふふ双子ぉ!?」

「ええ。この通り」

画面の中には小さな命が二つ。

医者が見せてくれてるんだし、奇妙な形をした器官などではないだろう。看護師さんも嬉しそうににこにこしてるし。

「双子って……」

林に負担とか……。

「慎君、私も双子ちゃんも健康よ」

とか言って、いつもお前はフッと意識をなくすじゃないか。そりゃあ、最近は一度もないけど……。

林は鼻を鳴らして自分の健康に自慢気だ。

「男の子かな、女の子かな。気になるけど我慢よね、慎君」

俺はお前が心配だよ。

「旦那さん、本当に奥さんもお子さんも健康ですよ」

医者が言うのだから、今は健康なのだろう。

それにしても、“旦那さん”と言うのは耳にくすぐったい。

「ねぇねぇ、もし男の子だったら、『洸祈(こうき)』って名前付けていい?葵君と洸祈君!」

「何で『洸祈』?」

先程、双子だと分かったばっかりなのに、林はもう名前を決めていた。

「『洸祈』がいいの!だから、女の子だったら慎君が名前付けていいよ?」

交換条件みたいに言われると、逆にそこまで『洸祈』に拘る理由が気になる。

「…………じゃあ、女の子なら『皐月(さつき)』な」

ま、これは適当だ。

でも、先週の金曜ロードショーでみた“ト○ロ”からパクったのだが、言ってから皐月ちゃんっていいなと思った。

皐月と葵。

『めい』じゃなくても、しっくりくる。

「何で『皐月』?予定は12月か1月だよ?」

そうだった。

しかし、言霊とは恐ろしく、何となく後には退けない。

いいじゃないか、皐月と葵!

「じゃあ、何で『洸祈』か言うなら言うよ」

「じゃあ訊かない」

ほら、お前はそう言うと思ったよ、頑固者。

俺も“トト○”と“何となく”としか理由がないが。

「何で皐月ちゃんなんだろう」とぶつぶつ言う林を置いて、俺は診察室を出た。

きっと、今から着替えながら看護師さんと推理かな。



「双子か……」

双子とは驚きだが、単純に家族が増えるのは嬉しい。

しかしその分、林の体調への危険が高まる。

「あの、先生。林の体は……」

「そうですね……このままの健康状態ならいいですが、もし何かあったら……何分、ここは田舎ですし。それなりに設備がある病院の方が、奥さんの体力も考えると安心できますよ」

「そうですよね……」

出来れば空気のいいここから離れるなど、林にストレスを与えることはしたくないが、しょうがない。母子無事でいるには大きな病院の方がいいだろう。それに、退院したら4人で戻ってこればいい。

「奥さんは頑張っています。だから、先ずは旦那さんが信じて傍にいてください」

「はい」


しっかりしろ、俺!


俺は林の夫なんだから。

俺は双子の父親なんだから。


大丈夫だ。











夏蜜柑(なつみかん)……俺は林と約束したんだ」

俺に何があっても、林に何があっても、子供を守る――そう約束した。

「もう俺は守らなくていい。だから、二人を守ってくれ」

契約を解除しよう、夏蜜柑。

『慎がそう望むなら』

「洸祈と葵を守ってくれ」

『分かった』

そして、夏蜜柑は俺から離れて行った。


俺の代わりに林との約束を守る為に――

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