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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の選択
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彼の選択(4.5)

琉雨(るう)、もうすぐ家だから…………」

フードの中で眠る琉雨に囁いた時、俺は店の前に見知らぬ人間が見えて、咄嗟に電柱の影に隠れた。

誰だ?

その微妙な位置では電柱の灯りが届かず、よく見えない。

黒服……少なくとも、白や蛍光色の服ではない。

多分、成人男性。

一体、何の用なんだ?

しかし、用心深くキョロキョロと辺りを見回している姿は、あまり好意的な印象を受けない。

それに、今は真夜中だ。

周囲には男以外は人も車もいないが、あの男に仲間がいないとも限らない。

もし、崇弥(たかや)(さくら)の名を知っていてあそこの前にいるなら、一人だけではないだろう。

ならば、もう店の中に?

2階はいつも通り、一番夜が遅い(あおい)も寝ている時間であるから、少しの明かりも漏れていない。

これじゃあ、何も分からない。

無事かどうか確認したくても、店の前には男だし、まだ男に仲間がいないかどうかの確認もできてない。

どうにかあの男にバレずに連絡が取れないか……。

俺は取り敢えず、店から離れるように来た道を戻った。



彼女はゆっくりと頷くと、受話器を持ち上げる。暫くしてから、呼び出し音が鳴り始めた。

「………………葵君かしら?」

『はい、そうですけど。……湯田(ゆた)さん?』

洸祈(こうき)君がお店の前に鉢植えを置いたままにしてしまったって、お昼に外で会った時に言っていたのを思い出してね。とても大切な花だから、早く様子を見て欲しいって。ごめんなさいね、こんな夜遅くに。思い出したら居ても立ってもいられなくって。でも、近所迷惑にならないよう、そっと静かに様子を見てね」

『……………………千里(せんり)が見に行ってくれました。ちゃんと、迷惑にならないように。……あ、洸祈に会えたらでいいんで、俺達は今日も何事もなく平凡ですと伝えてください』

「分かったわ」

『…………僕からも伝言!お花さんはなかったよ。洸の勘違いじゃない?でも、タバコの吸い殻は落ちてた。マナーの悪い奴がいたのかもしれないね、って伝えて』

「うん。見掛けたら直ぐに伝えるわ」

カチャン。

湯田ばあちゃんさんが受話器を下ろしたので、俺は彼女が喋るのをじっと待った。

「葵君達は今日も何事もなく平凡で、お花はなかったそうよ。でも、タバコの吸い殻が落ちてたらしいわ。マナーの悪い人がいたのかもしれないって」

葵が出たから、俺が伝えたいことは分かったはず。警戒も促せたから、ひとまず安心だ。

それにしても……。

「もういないのか……」

万が一で、葵達が不審者を調べに行ったのがバレた?

それか、ちょうど、別の用ができて店から離れたか。

「湯田ばあちゃんさん、夜中に起こして電話までさせて申し訳ないんですが、今夜、琉雨を泊めてやってくれませんか?」

琉雨を連れて行くわけにはいかない。

俺がここに居座るわけにもいかない。

俺は腹をくくった。

「琉雨ちゃん?……どこにいるの?」

「ここに」

俺はフードに手を伸ばし、小さな小さな少女を見せた。

「え…………琉雨ちゃん?」

人の大きさとは思えない手のひらサイズの琉雨に湯田ばあちゃんさんは困惑した顔を隠せないでいる。

当然だ。

琉雨は十代の少女姿でしか、近所では見られていない。

でも、言うしかない。

「琉雨は魔獣。生きてるけど、生物とはまた違う……でも、琉雨は琉雨だから。だからその……」

説明もしどろもどろとなり、俺は俯いてしまった。

自分が一番、魔獣は安全だと知るのに、それが伝えられない。

こんなだから、俺達は魔獣の住みかを残してやれないんだ。

こんなだから、人間様御都合主義になるんだ。

こんなだから、魔法使いも魔法使いでないものも互いに窮屈になっていくんだ。


こんなだから、(くれ)の言葉通りなんだ。


すると、温かい手のひらに触れたかと思うと、湯田ばあちゃんさんが琉雨を掬っていた。

「湯田ばあちゃんさん……?」

「洸祈君、琉雨ちゃんはとても寂しがりですよ。それは洸祈君が思っているよりずっと。起きた時、洸祈君がいないと、琉雨ちゃんが泣いてしまいます。早く、迎えにきてあげてくださいね」

琉雨は泣き虫で、それはもう雨のように泣くんだ。俺のことにも他人のことにも、ほんの少しの感情の乱れでぼろぼろ泣くんだ。

「分かりました。直ぐに迎えに行きます」

俺はそんなお前を泣かせたくないよ。



真夜中の訪問も許してくれた湯田ばあちゃんさんのお陰で、店の安全を確認できた。そして、完全な安全確保のため、俺は琉雨を湯田ばあちゃんさんに預けて店に戻ることにした。

男の目的が知りたい……。

「…………ううう……寒い……」

もう春のはずなのに、皮膚がピリピリする。それに、背中にあったちびっこ琉雨の温もりもないし。

そして、俺が店への道を遠回りして歩いていた時だった。



「やっと見付けた」



不意の声。

「誰だッ!?」

さっきまでなかった気配だ。

背後に2つと、前方に4つ。

俺は一本道でまんまと挟み込まれていた。

櫻のロボメイドじゃないんだし、有り得ない。

だけど結局、目的は自分のようだ。

ならば、琉雨を預けてきて正解だった。もし預けていなかったら、俺は本気になれない。

「俺に何の用?」

黒服は店の前にいた奴と同じ。

政府か、軍か、はたまた……―

依頼の分だけ、敵を作っているから心当たりはありすぎる。

「お前には囮になってもらう」

ご丁寧な説明をありがとう。

しかし、一体誰の囮だ?

葵か?千里か?二之宮か?


でも、

「それは俺を捕まえられたらの話だよな」






「ちょっと見てくるか……」

「僕が行くよ」

パジャマを着替えようとリビングのドアを開けた時、既にフードを被った千里が玄関で靴を履いていた。

「え?千里?」

「あおは花粉で死んじゃうでしょ?僕が行ってくる。湯田さんのとこらへんまで行って、帰ってくるよ」

葵は微かに怪しむ素振りを見せたが、深くは追及せずに千里の背中に然り気無く触った。

「洸祈だから心配ないと思うけど…………仕事明けだからな……。千里、絶対に無闇に面倒に首を突っ込むな。言いたくないが、もし洸祈が面倒に巻き込まれてても――」

「僕達は洸の足手まといだ。だから、僕達は洸の邪魔はしないこと。だよね!」

「あ、ああ……そうだ」

「行ってくる!」

千里の潔い返答に葵は困惑しつつも、彼は千里とちゃっかり付いて行く伊予柑を見送る。

「千里……大丈夫だよな?」

マスク越しに吐息を漏らし、葵は閉まったドアの前で出遅れてしょんぼりする金柑を見下ろした。


くぅ……。






「伊予ちゃんって夏蜜柑の分身なんだよね。金ちゃんと2つに別れた。何で?双子に合わせて?」

くぅ?

「僕らはくっついたから、真逆だね」

くぅ?

「僕らは別々だったけど、くっついた。僕らは互いにないものを補う為に互いを利用する契約を交わした」

くぅ。


「…………僕の一番は葵だよ」


コンクリートの道路で立ち止まった千里は空を見上げていた。

「洸祈じゃないんだ」

星は見えない。

「葵はスッゴく頭がいいんだよ。でもね、どんなに頭が良くても、葵にあるのは知識だけ。他人が作った偉いって言われた知識だけ。葵には知識を作る側にはなれない」

空想ができない子供。

空想を拒否する子供。

「僕の知らない葵のちっちゃい時の作文を読んだんだ」

その作文には一切の嘘がない。

葵の為のお誕生日会の作文はただの事実の羅列だった。

『12月28日、自分の為のお誕生日会があった』

そして、素直な悪態。

『洸祈も誕生日なのに洸祈の誕生日はお祝いしなかった』

『洸祈がいない』

『つまらない』

その作文には教師のサインがあるだけだった。

「それに対して洸祈は?……洸祈は馬鹿だ。何も知らない。だけど、洸祈には知識を作る側になれる」

センス。リーダーシップ。カリスマ。

「才能があるんだ。沢山の人を惹き付ける」

無条件で力を貸してくれる友がいる。

嗚呼、なんて……―


「不平等だ」


手をだらんと垂らし、彼は唇を歪めた。

「葵には知識しかないのに、洸祈には才能も……力もある。その上、葵は病気だ。葵、寝てる時、いっつも苦しそうにしてる。何で?神様は最低だ。二人は別々の人間なのに、二人くっつけてでしか平等になれない」

おかしい。

伊予柑や金柑みたいに、一つのものから別れたわけじゃないのに、葵と洸祈は別々の人間なのに、くっつけてでしか平等になれない。

「神様は葵にばっか意地悪するんだ!」

葵には何もくれないどころか、病を授けた。自分を護るために知識を身に付けた葵から健康を奪った。


「洸祈が病気になれば……良かった」


キツく目を瞑り、千里は息を止めて掠れ声で囁く。

親友に酷いことを言っていると分かっていても、洸祈の家族である葵を裏切っていると分かっていても、彼は口に出さずにはいられなかった。

しかし、何かが胸を突いた。

「…………っぅ」

静まった住宅街の中心で仕出かしたことに、千里は口を手で押さえて駆け出す。

ひたすら真っ直ぐ走る。

「僕は……最低だ」

伊予柑は千里を追っては来なかった。






くぅ。

「俺が病気になれば良かった……か」

洸祈は伊予柑の頭を撫でる。

「なぁ、伊予。俺って最低だな」

くぅ?

「俺、よく分かんないけど、葵から沢山奪って生まれたような気がする。葵の居場所を半分奪って俺は生まれた。そんな気がするんだ」

「そう?俺は洸祈が手を繋いでくれたから生まれてこれたと思ってるよ」

葵が洸祈の隣まで歩く。

「母さんは体弱かっただろう?赤ちゃんを産むのも、赤ちゃんが無事成長するのも無理かもしれなかった。双子なら尚更だ。だけど、母さんが頑張ってくれて、洸祈が俺を引っ張ってくれたから俺は今ここにいる」

「俺、葵と手を繋いで生まれたんだっけ?」

「そう。感動的なアクロバティックかましてたって父さんは言ってた」

「なんだよそれ」

くぅ。

くぅ。

葵に付いてきたらしい金柑が伊予柑に額を擦り付ける。

くるくると喉を鳴らし、伊予柑に被さる金柑。頭を振った伊予柑は金柑を弾き、逆にその白い体に金柑を敷いた。

「葵、ごめん」

洸祈は俯いたまま謝る。

「だから、俺は洸祈のお陰で――」

「千里を泣かした。ごめん」

「謝らなくていいんだ。千里は泣きたい時に泣けるようになったんだから。俺が慰めてくるよ」

「気をつけてな」

「洸祈も気をつけて」

洸祈が店へと爪先を向けたのに合わせて伊予柑は金柑を解放し、彼の背後を追って行った。






「ありがと……伊予」

くぅ。

刺された脇腹を押さえ、洸祈は伊予の背中に凭れる。

月夜の白き狼が尻尾を揺らしていた。

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