沈黙(6)
「身体中に…」
千里の痕…
あんな千里は見たことなかった
『好きだよ』
…―葵―…
痺れるような甘い囁き。
あのまま快楽に身を委ねてもよかった。
でもね…―
「怖かった」
得体の知れないあの感覚は俺を酷く不安にさせた。
「満たされるって…怖かった」
知らないから。
その先を知らないから。
「頭が狂いそうで…」
そんなのにはなりたくなかったから。
『葵』
洸祈?
ああ…服を取りに行ってくれてたんだっけ。
浴室のドアを開け、タオルの上に水滴を落とす。
タオルを巻いた俺は鍵を開けようと指を伸ばして…―
『………………………あお?』
せんり!?
「……っ!!!?」
体が強張る。
無意識に後退りし、洗濯機に踵をぶつけた。
扉の向こうから息の呑む気配がする。
多分、自分が後退ったのが分かったのだろう。
『葵、落ち着け』
落ち着けるわけがない。
千里の熱い吐息がフラッシュバックする。
…―愛してる―…
言葉と共に全身にかかる吐息。
…―愛してるよ、葵―…
怖い。
「な…んで…」
なんで千里がいるのさ。
好きだよ。
愛してる。
体に千里の歯が立つ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
『ごめんなさい』
そう、あの時もだ。
お菓子の取り合いで落ち込んでるのかと思ったのに案外、すやすやと寝てたから起きて突然謝ってきたのは驚いた。
ごめんなさい。
と、千里が涙を流して何度も謝った。
そして、飴玉を差し出して泣いた。
あの後、俺は…
「せん…り…」
『僕……月葉さんがあおは…僕が好きだって聞いて…。ううん、僕はあおを昔からずっと好きだった…』
俺だって好きだった。
昔からずっと。
『気分が高揚して…あおの部屋行ったらあおは…縛られて寝てたでしょ…』
ただ寝ていたはずなのに、いつの間にか縛られていた。
『大好きなあおの髪を撫でてたら…月葉さんの言葉であおの言葉じゃないって思って…』
だが、起きたら千里が俺に被さっていた。
そして、
千里は俺を…―
『もし、あおは僕のこと嫌いだったら?僕は…厭だった。僕は…あおが離れていくのは…厭だった』
告白するなら、俺だって千里を縛り付ける夢を見た。
だからこそ、怖かった。
本当の気持ちが知られることが。
本当の気持ちを知ることが。
…―愛されないならいっそこのままこの手に収めていたい―…
醜い望み。自分勝手な欲望だ。
『あおは僕のことどうとも思ってない…そう思って……止められなくなってた。この唇にキスをすれば…この四肢にキスをすれば…きっとあおは…僕から…離れないって…』
俺もだ。
考えると止まらなくなった。
『あおは厭って言った…僕はあおに失望されたし…嫌われた…そう思った…。あおが厭がることはしたくない…傷付けたくない…でも―』
「『愛されないなら…愛したかった』」
愛したかったよ、葵。
彼の哀しそうな声が聞こえた。
だからこそ、俺は鍵を開けていた。
内側へと開けば金の糸が緩やかにウェーブする。
隣には驚き、穏やかになる兄の表情。
ありがとう、洸祈。
ごめんな、千里。
早く素直になることが必要だった。
好きです。
大好きです。
千里、一歩踏み出して近づいてもいいよね。