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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編5
225/400

ここにいるよ

変な髪!

化け物の髪だ!


変な目!

化け物の目だ!




僕は思った。


そんなことを言うお前らが化け物だ。






「にー?」

遊杏(ゆあん)のくりくりした瞳が僕を見下ろしていた。

えー……っと、昨夜は目が痛くなったから新薬の調合を中断し、11時にはベッドに入って寝た。

だから、今は多分朝だ。

遊杏が僕を起こしに来たのだ。

「ご飯だね」

「うん。でも、魘されてたよ。だいじょーぶ?」

嗚呼……僕は昔の夢に唸っていたのか。

だから遊杏が心配そうにしているのか。

「大丈夫だよ。今は僕には大切な家族がいるからね」

夢の中では過去と同じように僕は独りだから過去に呑まれてしまうけど、今は家族がいる。僕は現実で過去に負ける気はしない。

寧ろ、鼻にもかけない。

「ボクチャンはにーの家族1号だもんね!」

『僕は2号!』

『僕も2号!』

セイとスイも遊杏の両肩で鳴いた。

ほら、こんな心優しい家族がいるから、僕は他人の暴言なんて無視できる。

「あ!リュウ君もにーの家族だもんね!」

遊杏の背後でクゥンと鳴いたゴールデンレトリバーはベッドに乗らない言いつけを守って尻尾をふさふささせていた。


こうして今日も僕の日常は始まる。





「あ……ヤバい。在庫がない」

折角、董子(とうこ)ちゃんが休みに入る前に地下の薬草を全部部屋に運んで貰ったのに、3・4点ほどの薬草が足りない。

顧客に渡す期日までに完成させるには今日中に薬草を磨り潰すところはやっときたいというのにだ。

平日の今日は遊杏は当然学校だし……。

「くそっ……仕入れるか……」

タクシーを呼んで仕入れに行くしかないようだ。



これだからタクシーは嫌いなのだ。運転手はチラチラ僕を見るし、僕は僕で車椅子専用席に座らされてるし。

僕は見世物でも何でもない。ただの……一応、人間だ。

「あの、何か?」

「え!?」

「僕のことさっきから見てくるので、僕に用かと」

僕の不愉快が通じたのか、運転手はそれ以降、運転に集中してくれた。

こういう大人な対応は好きだ。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

親切な運転手は心中で僕と通じ合い、彼は丁寧に車椅子を降ろしてくれた。アメリカならチップを弾みたいところだ。

二之宮(にのみや)

僕が運転手の背に頭を下げたところで、店内から出てきた店主が僕の背に話し掛けてきた。

久し振りの声だ。

この前、かなり買い込んだ以来だろうか。

堂本(どうもと)。フェリはある?」

「運がいいね。1ヵ月ぐらい前に大量にフェリの注文入って、需要高くなったのかなって思って、沢山入荷してあるよ」

「フェリの需要がねぇ」

「惚れ薬の時代が到来だ。まさか、例に漏れず二之宮も?」

「僕はただの傷薬をね。フェリには速効性しか求めてないよ」

堂本ひろ。

見た目は19才。

身長168cm、体重48kg。

髪は茶。耳を隠すぐらいのストレート。

目は黒。大体眠そうにしている。

つまり、彼は見た目は顔の整った可愛い系の少年だ。

しかし、腹黒い。

今日は黒の無地エプロンでビーチサンダルに端を折ったジーンズ、白いTシャツ姿で店先の看板を動かしていた。

黒のボードには白線で『ファンタジーフィアンセ入荷!』と書かれている。

ファンタジーフィアンセなどと聞けば可愛らしい花を想像するが、実際は軽く触るだけで皮膚炎を起こさせる小さな黄色い花を咲かすのだ。ファンタジーというよりデンジャラス。

しかし、この花は綺麗で栄養豊富な土と澄んだ地下水が十分なくては生えない貴重種だ。かつ、乾燥してお茶にでも入れれば酷い不眠症も治せる優れた花でもある。

「それ、良く手に入ったね」

「素晴らしき助手が鼻を利かせてくれたんだ」

子ブタがガラス張りの店内から堂本を見詰めていた。その黒い獣こそ、堂本の助手である。

「普通、トリュフでしょ」

「トリュフよりフィアンセの方がロマンがあるよ」

そうかなぁ。

「二之宮、いらっしゃいませー」

堂本がドアの留め金を外し、大きく開けた。そして、僕を招く。

フワリと甘い匂いが僕の鼻腔を擽り、僕が店内に入ると、待ってましたと言わんばかりに僕の膝にダイブする子ブタの御手洗団子(みたらしだんご)

僕の周りはいい奴ばっかりだ。


「シンシリと水鳥草、フェリをそれぞれ10束ずつ。あと、ココチを250gだね」

「うん」

紙袋に紙に包んだ草花を入れ、ビニールにココチを入れたものもしまう。その間も御手洗団子は鼻息を発てて堂本が本来座る店主席で寝ていた。

「あ、それ……」

ふと、紙袋に堂本が見知らぬ包装済みのものを入れていた。

「サービス。サッチの種だよ」

「夜明け色の花を咲かすんだっけ?」

「暗い色でしょ?人気なくて。僕は綺麗だと思うけど。月夜の下で咲くから月夜草とも言われてるし、スッゴク綺麗なのに」

口先を尖らす堂本。

「12月の極寒に固くなった土の表面から5cm掘ったとこに入れて、土を優しく掛けて放置。翌年の春には咲いてるよ。水は別にやらなくても大丈夫。一応、日向にね」

サッチは頑丈と言うか、タフ過ぎないだろうか。

太陽さえあれば枯れた土地でも咲くとか、ある意味で空気の読めない花だ。

「御手洗団子、二之宮が帰るぞ」

ブヒ。

小さな耳をピクピクさせて、御手洗団子がよたよたと立ち上がる。そして、椅子から作業台、作業台から僕の膝に飛び乗った。

「御手洗団子め。僕より二之宮になついてる」

僕が滑らかな背中を撫でると、御手洗団子は喜び、眠る。

「堂本を信頼してるから、僕の膝に来てくれるんだよ」

「ふーん」

照れ屋の子ブタは僕の腹に鼻を押し付けていた。

御手洗団子が可愛い。

「寝たふりしてるしね」

堂本は堂本でじっと御手洗団子を見詰めるとむっつりとしてそっぽを向いた。

堂本が可愛い。




僕は電気屋に寄ることにした。

新しいUSBメモリが欲しくなったのだ。

だけど……駄目だ。

堂本や御手洗団子に会って少し浮かれていたら、電気屋の混み具合を見ただけで冷めた。入りたくない。

「馬鹿したなぁ……タクシー行っちゃったし」

堂本が呼んでくれたタクシーはもういない。

大通り脇の歩道は僕の車椅子で3分の2は塞がっていた。

家までは全速力かつ近道で15分ぐらい。しかし、平日と言えど、車椅子は通行人にはかなり邪魔くさいだろう。

「遠回りするか……」

髪と目に向けられる奇異の視線から逃れたくて、道を逸れた。



公園の中を通っていた時だった。

僕は凝った肩を休めようと木陰にいた。

その僕の右斜め後ろ。

子供達がいた。4人。

多分中学生。サッカーボールで遊んでいたようだ。

彼らが僕を見ていた。

その時、何となく、僕を見て笑う彼らがそっと僕に近付く理由が分かった。

そうじゃない。

確信があった。

あの感じは…………怖い。

僕はレバーを握って車椅子を発進させた。最初はさも普通に。

だけど、段差のある道は通れない僕の行き先を見込んで、彼らが先回りするのを感じると、僕は最大速度にしていた。

しかし、必死こいて逃げても車椅子は遅く、子供の走る速さには敵わない。

僕はただの中学生に正面を塞がれた。

そして、咄嗟に方向転換した僕は後頭部に強い衝撃を受けた。

「!?」

方向転換しようとしていたバランスの悪さもあって、僕の体はあっさり車椅子から固い土に投げ出される。

なんと言うか、無様に。

「った……」

車椅子が僕の足元で倒れていた。そして、遠くにはさっきのサッカーボール。

あれが僕の頭に直撃したようだ。


キャハハハ。


いやらしい笑い声が聞こえた。

ちょうど5メートルを空けて、中学生が僕の周囲を囲む。

攻撃しやすく、反撃を受けにくく、逃げやすい位置に彼らは立っていた。

そして、笑う。


だが、僕はその手の挑発には乗らない。


奴等は悪知恵しか働かないクズだ。僕は餓鬼であってもクズじゃない。

僕は無視して車椅子のグリップを握った。

そして、車椅子を起こし、家に帰るのだ。

しかし、


ガシャン!


ボールがぶつかり、立ちかけた車椅子が倒れた。


キャハハハ。


僕は車椅子を立てる。

そして、しがみついて車椅子に這い上がるのだ。


「っ!?」


肩にまたサッカーボールがぶつかった。

ぶつかったと言うより、ぶつけられた。


キャハハハ。



昔、二之宮家の養子となって中学校に通うことになった僕はクラスメイトに殴られたことがある。

原因は僕の容姿。

キモいと言われ、殴られたのだ。

そして、何の怨みか、僕は教師によって僕が養子だとバラされ、イジメは過激になった。

色んなものがなくなった。

意味もなく蹴られた。

見知らぬ他人に陰口をたたかれる。


だから、僕はついに教室を半壊させた。


窓ガラスを全て割り、男女関係なく、笑った全ての人間にガラスを降らせた。

笑い声は悲鳴に。

理不尽に廊下立たされていた僕は、教室のドアに鍵を掛けたまま、彼らの叫び声を聞いていた。


いい気味だ。


証拠もないのに難を逃れた僕を捕まえることはできず、僕は中学3年の3学期を他クラスで過ごした。

それから、僕をいじめる者は消えた。


結局、窓ガラスが突然割れた理由は不明となり、僕が魔法使いだということも気付かれなかった。



今、あの時の悪夢が蘇っている。

あからさまな悪意。

僕は背中にボールを受け、頭にボールを受け、地に逆戻り。

嫌だな。嫌だな。嫌だな。

『変な髪!化け物の髪だ!』

嫌だな。嫌だな。嫌だな。

『変な目!化け物の目だ!』

嫌だな。嫌だな。嫌だな。


『化け物だろ!』


煩いな。


僕は頭の中で僕の真正面を塞いだ中学生の髪の毛を掴み、引っ張った。


「ぎゃあああああ!」


公園に響く悲鳴。

3人の仲間が何事かと周囲を見渡す。


しかし、僕は次に頭の中で、サッカーボールを持つ男の頭をボールのように蹴った。


「うわぁあああ!!」


僕は転がった頭を踏み潰す。


残り二人の内の1人が僕を見た。

そして、目を見開いた。


どうせ、僕の目が青く光っているからだ。


「ま、魔法使い!?」


不正解であり正解だ。


僕は彼を睨み、集中した。

「何だよ!これは!?」

クズ野郎を僕は宙に浮かばせる。

浮かんでいない無傷のもう1人が腰を抜かしていた。

「降ろせよ!」

知るか。

あと50メートルぐらい上げたら降ろしてやるよ。

命綱なしの命懸けバンジージャンプ。

その醜い顔がどこまで原型を留めているだろうか。






嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼……壊れてしまえ。







(れん)様!!」


彼女が僕を強く抱き締めていた。

「蓮様、降ろしてあげてください!」

涙を目尻に蓄えて、僕に懇願する。

何で?

悪いのはあそこのクズだ。

「止めてください!蓮様まで悪者になってしまいます!蓮様まであの子達と同じになってしまいます!だから!」


だから…………。


「僕は……あんな屑野郎にはなりたくない」

あんな醜い顔にはなりたくない。

「はい」


今日は疲れた。


僕は董子ちゃんの胸に凭れて目を閉じた。




多分、董子ちゃんがいないと、僕はクズになりそうだ。






僕の髪は父親譲りなんだ。

目は父と母譲りだが、見えなくなってしまった方の目を父が他の目と交換したから、僕の目は左右で色が違う。

しかし、その目も他人の目だから直ぐに機能を失い、今では殆ど見えていない。

そして、死んだ臓器の大半は機械でできている。

それらの機械の動力源が僕の魔力なんだ。


つまり、僕は父親の最高傑作であり、人間には程遠く、しかし、両親の遺伝子を持つオリジナル。


僕は化け物なのかもしれないね。





目を開けた僕の両脇には董子ちゃんと遊杏がいた。

二人とも僕を真ん中にしてすやすや眠っている。


「僕が起きれないじゃないか」


だから、僕は二度寝に挑戦することにした。


でも、寝れなかったから二人の手を握って寝顔を見ることにした。



こんな時間が僕は好きだ。

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