表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編5
222/400

海の見える家

電車内では、彼は窓の外を眺めたまま口を閉じていた。

窓枠に頬杖を突いて雪の舞う夜空をじっと……。



洸祈(こうき)?」


じっと陽季(はるき)の横顔を見ていたら、陽季が外の闇と中の眩しさに鏡となった窓ガラス越しに俺の顔を見詰め返していた。

俺の名前を呼び、俺に向き直る。

「どうかした?」

「えっと……」

どうしたの?は俺の台詞で……それを俺に訊かれると困るというか……。

「……やっぱり、懐かしい?」

「うーんと、懐かしいっちゃあ、懐かしいよ。この雪景色は何となく、懐かしくなる。ほら、あんま記憶ないし」

俺達は陽季の故郷、青森県に向かっている。

しかし、小さい時に事故に遭って東京の児童養護施設に連れて来られた陽季には、“故郷”はぼんやりとしたものでしかない。

“雪景色”ぐらいしか分からないのだ。

本当は陽季は一人で青森の実家に行く予定だった。そこに俺は無理矢理同行を言い出したわけだ。

陽季が消えないかと……心配になった。馬鹿らしいかもだけど。

あと、

「懐かしいという感情が湧くんだね。良かった」

陽季の担当精神科医、松野(まつの)さんも同行。

俺は陽季のこと抱き締められないし、松野さんと陽季に挟まれた俺。

何とも言えない。

松野さんはすらっとした優男だ。ちょっと白髪混じってるけど、司野(しの)と同い年かそれ以下。

俺好み……は、嘘だ。

優しければいいとか、それは昔の俺だ。

「『良かった』……いい兆候ですか?」

困り顔っぽい陽季が松野さんを見た。

松野さんはKYだと思う。

陽季を困らせるな!

()()郎!

「私はね、陽季君がこの景色に辛いとかあったら、次の駅で降りて帰らせる気だった。支援会の人達との約束だし、施設の院長先生との約束でもあるから」

だから新幹線待ちの俺達の前に唐突に現れたのか。

ストーカーかと思っていた。

「いいんですか?俺にそんなことバラしちゃって」

「私は君はもう大丈夫だと思っていたから。それに、私は君を信用してるよ。少しでも辛くなったら言ってくれ」

「……脅しですか?」

「救急車呼ぶのって高いんだよ?税金がガバガバ使われるんだよ?」

これは脅しだな。

陽季は怒ることもなく、微笑して分かりました。と、俺の肩に凭れて松野さんから隠れた。

俺は隠れ蓑か。

でも、陽季が俺を頼っているということだし、俺は陽季の温もりを感じれるからいい。


やがて、陽季が寝息をたて始めた。

終電の為、俺達の車両に他の人はいない。

隣の松野さんは読書。



静かだ。



「洸祈君、君のことも頼まれていたりするんだよね」

松野さんが俺を見ていた。

松野さんの目尻のしわが見えたり。

白川(しらかわ)さん?」

白川さんはつい最近に俺がお世話になった精神科医。

てか、医者の守秘義務はどうしたんだか。

「そ。正確には政府の依頼でね」

ああ、政府か。

政府は俺の人権保護にはとことん消極的だからな。俺には文句言えないって分かってるし。

俺はまるで実験用マウスだ。

「それ、俺に言っちゃダメでしょ」

「私は陽季君の担当を降りたい。陽季君はあと一歩なんだ。その一歩を進めたら、私は役目を降りれる。君は陽季君の大切な人だ。だから、彼の一歩を奪わないようにしてほしい」

そんなこと……―

「言われずとも、俺はキレたりしません。最近は調子いいし」

陽季や皆のお陰で。

俺は陽季に沢山会えるし、陽季と沢山話せるから。

「陽季君は私も全力で守るから、どうか、君は堪えてくれよ」

どっちが松野さんの患者なのか分からないな。

だけど、松野さんの心配は分かる。

邪魔者は俺だったのかもしれない。

陽季の傍にいたいだけじゃダメなんだ。

でも、これは終電で、帰れない。



しくじったなぁ……。






「っ……あ…………陽季っ……」

陽季は部屋に入ると同時に俺をベッドに押し倒し、抱く。

少し乱暴だ。

でも、松野さん登場に2重も3重も疲労した俺は、その乱暴さが心地良かったりもした。

陽季は俺を求めてくれてる。

だから、一緒にいてもいいよね。

俺は多分、かなり女々しい人間なのかもしれない。


陽季が鼻息を荒くして俺の唇を奪う。

嗚呼……前髪で陽季の表情が見えない。

右手がパーカーの隙間から入る。

「…………んっ……」

陽季の手にぞわぞわしながら、微弱な刺激に俺は興奮する。

「ふぁ……」

左手の指が俺の口に滑り込んだ。

息苦しいかも。

「は……はる…………」

「舐めて」

俺が噎せる直前に指を抜きかけ、俺の舌と遊ぶ。

ヤバい……エロい気分になりそう。

右手と左手が気持ち良すぎる。

「あう……陽季……聞いてっ」

「何?」

俺の唾液の付いた指を引き抜いて、舌で舐めた陽季は俺を見下ろしていた。

天井の明かりを陽季の背中が遮っている。

重力に従って垂れた白銀の髪はキラキラしていた。

と、陽季のかっこいい面が俺の視界から消えた。

「陽季?」

消えたんじゃなくて、陽季は俺の足元にいた。

既に俺は〈上半身裸+ジーンズ〉状態なのだが、陽季は俺のジーンズも脱がしに掛かる。

現在時刻、午前1時32分。

「陽季……今日は……」

長い乗車で胃がムカムカしてるし……。

「洸祈を気持ちよくさせるだけだから。それで?俺に聞いて欲しいことって?」

カチャカチャとチャックを下ろされ……今は脱衣のことは考えないようにしよう。

「あのさ……明日は陽季の……」

「俺のって言うより、上林さんのかな」

上林さんは陽季が両親といた家を管理してくれている陽季の親戚だ。

「そこ行ったらどうする?泊まらせてくれるかな?」

陽季が暮らしていた家はかなり山奥で、ここからバスやら徒歩やらで3時間はかかるらしい。

「無理だよ。上林さんとは……あんまり……ね。行って、ちょっと見て、ここに帰るつもり。疲れるだろうし、洸祈はホテルで待ってるか、観光してていいよ」

俺のズボンを脱がして丁寧に畳む陽季。俺の彼氏はきちんとしている。

「俺も陽季と行く。歩ける」

俺はお嬢様でもお坊ちゃんでもない。ただ、俺は怠け者なだけだ。

それに、陽季と離れたくない。

「厭な思いするかも……」

いつになく萎れ声だ。

「俺より陽季の方が辛いのに。俺が陽季を勝手に守るから」

俺なら他人の上林さんに文句を言える。相手の事情を知らないからこそ、俺は上林さんの敵になれるし、陽季だけの盾になれる。

「無茶しないでよ。俺はお前を守りたいんだから」

陽季は俺の素足に舌を這わせた。

「んっ…………」

太ももを丹念に舐められる。

くすぐったい。

「陽季……」

「ん?」

「陽季の住んでた家で陽季の思い出話聞きたい。できればだけど」

俺の二の腕にキスマークを付けていた陽季は驚いたように目を見開いた。

そして、俺を抱き締めた。

俺の肩に顔を隠して、唸る。

「……イヤ……だよね」

俺が無口を貫いているのに、陽季の過去を聞きたいなんて最低だ。

でも、そしたら陽季は解放されるんじゃないかって……。

「ううん。ありがとう。俺、話したら、背負わせちゃうとか考えてさ。だけど、誰かに母さんや父さんのこと言いたかった」

なんだ。そうだったんだ。

「なら、お酒持ってって酒盛りを……」

ぺちん。

陽季が俺の太ももを叩いた。軽くだが、俺の太ももを主張の道具にしないでほしい。

「酒盛りなんてしたら帰りはフラフラだ。それに、松野さんに怒鳴られるよ」

松野さんのタイミングの悪さが嫌がらせかと思えてきた。つくづく、医者と健康はワンセットで、いつも眠たげな加賀先生は珍しいのだ。

案外、医者の中では加賀先生が一番俺と気が合うかも。

本人は冗談じゃないだろうが。

「じゃあさ、陽季の家行って、帰りにバーで飲もう。俺達、成人してるし、文句言われる筋合いないし」

「いいよ。…………さ、感じて」

切り替えが早いけど、一瞬だけど笑みを見せてくれたから構わないんだ。

「陽季も脱いで」

「え……でも……」

「禁欲生活4日目なのに、陽季の手だけじゃ物足りない」

我ながら阿呆みたいなお誘いだけど、陽季は徐にTシャツを脱いでくれる。

「注文はある?」

いつもの陽季の質問だ。


注文は……―



「おもいっきり優しくして」



俺達は甘い夢を求めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ