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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編5
221/400

夕日

洸祈(こうき)は夕暮れに目を細めて腕の中の少女を抱き直す。

「綺麗な夕日だよ……琉雨(るう)

「……はぅ…………」

焦げ茶の髪を栗色に染めて、琉雨は洸祈の胸に丸めた両手を触れて眠っていた。




「世界はこんなにも綺麗なのにヒトは汚い……」

枕を縁側に置き、頭を乗せて高台に位置するこの家の庭から夕日を見る。オレンジは眩しく、色は温かいのに、体は温かくならない。寧ろ、春の終わりで肌寒くなる。

「ヒトは汚い」

夕日の影は濃く……闇へ。

着飾った体と腐りゆく心。

「けれども、この世界を美しいと感じることができるのも人間だけですよ」

投げ出した手に触れる布。

人の温もりが髪から伝わってくる。

アタタカイ。

「洸祈君がいるから、この世界のこの時間のこの街の夕日は美しくなるのです」

湯田(ゆた)ばあちゃんさんにはこの夕日はどう見えますか?」

洸祈は頬に降りた彼女の手をそっと掴むと、その手を動かして自分の視界を塞いだ。しかし、彼の眼前に闇は訪れずに肌を透かして夕日が入ってくる。

オレンジと赤、黄色、白。

「私にはおじいさんが見えますよ」

「おじいさんって、湯田ばあちゃんさんの……」

「ふふふ。私のカレシですよ」

「カレシ……」

夕日みたいなカレシ。

「おじいさんは周囲の人にはとても冷たく見えていました。私にも」

「……夕日の影」

「ええ。だけど、おじいさんは自分にも他人にも半端は許せないだけ。おじいさんはね、頑張っている人を見ると心の中で『頑張れ』って応援しているの」

頑張れ。

洸祈の耳に小さな応援が聞こえた気がした。

「頑張るだけですか?」

「私はその頑張りに拍手をしますよ。この夕日が世界を平和に導いてくれるわけではないけれど、私の心は温かくなるから」

「俺は……」

「今日はお使いありがとう、洸祈君」

洸祈の指から離れた湯田の手が洸祈の髪を再び撫でる。1回……2回…………。

「湯田ばあちゃんさん……俺……頑張りたいよ」

瞼が下りてきた。

夕日が隠れていく。

影が大きくなる。



嗚呼……まだ汚い。







コンコン。

カタカタ。

「ほへ……」

琉雨は瞼を上げた。

見えるのは薄暗い室内。

背中、足に柔らかな布の感触。お腹に確かな温度。

布団が掛けられていた。

寝ていた?

多分、寝てしまった。

頼まれたお使いの帰りだった。

抱っこしてくれた主の胸が温かく、太陽も温かくてついうとうとと……。

「旦那様……?」

「起きたの?」

ベージュのエプロンをした彼女。

慈愛に満ちた目と仄かな笑みが絶えない口、すっきりと纏めた髪。

とても美しい人だ。

しかし、それらは彼女の美しさの一部でしかなく、大半の美しさは胸の中にある。

そう、教えられた。

「あの……旦那様は……」

「縁側で寝ちゃって。お布団沢山掛けてあげたけど。そろそろ夕飯だから、起こしましょうか」

「あ、あの、ルーが!」

「そう?頼むわね、琉雨ちゃん」

琉雨はこくりと頷くと、手早く布団を畳んで居間を出た。



ルーはよく人見知りをします。するんじゃなくて、してしまう。

本能……のような。

ルーは知らない人の前に立つと、胸が痛くなる。

ルーは知らない人に話し掛けられると、顔が上がらなくなる。

人間が恐い……人間を恐れてしまう。

昔は人間にはルーの姿は見えなかった。でも、旦那様から命を貰い、ルーは存在を得た。

“琉雨”

ルーの存在を固定する大切なルーの名前。

琉雨。琉雨ちゃん。

ルーだけのものなんだ。

でも……―


「旦那様」

旦那様が縁側で寝ていた。

縁側と庭を隔てるガラス張りの扉は閉じられ、旦那様は毛布の中で丸まっていた。

微かに聞こえてくる旦那様の寝息。

「風邪引いちゃいますよ」

ルーは起こしに来たつもりなのだが、なんとなく忍び足になってしまう。

そっと……起こさないように……。

「……氷羽(ひわ)…………」

ルーの名前じゃない。

ルーの知らない人の名前……。

旦那様が知らない人の名前を呼んだ。


ああ……ルーの知らない人の名前を呼ばないで。



どうか、ルーの名前を呼んでください……。









「おやまぁ」

起こしに行った琉雨が一向に帰ってこないと、湯田が見に行くと、縁側に二人はいた。

青年と並んで眠る少女。

「琉雨ちゃん……」

「はう……旦那様…………」

細く小さな指が洸祈の胸のシャツを握る。

強く。

固く。

「ルーを……一人にしないで」

震える手のひら。

湯田は琉雨の髪を撫で、毛布を肩まで上げる。

「大丈夫よ、琉雨ちゃん」

苦痛に歪んだ少女の顔。

湯田は眠る洸祈の頬を撫でる。

「あなたは洸祈君の夕日だから」

洸祈は唸ると、湯田の手に摺り寄り、顔を胸元の琉雨の髪に埋めた。

「……琉雨…………」

布団の中で彼は琉雨を抱き締め、もっと丸くなる。丸く……どこまでも。

やがて、卵形にまで小さくなると、洸祈は肩の力を抜くように息を吐いた。

胸には少女。彼女もまた、丸まっている。

胎児のような二人。


「嗚呼……綺麗ねぇ」


湯田は足音を消して歩くと、縁側の電気を消す。

月明かりが子供達を照らしていた。

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