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櫻(8.5)

まだまだ多分続く櫻編です。由宇麻、蓮、呉ときて、千里の過去は氷羽のこともあって大切にしたいので、もう少しお付き合いください(*・)σσσ(*゜Д゜*)。+゜☆゜+。★。+゜☆゜

千里(せんり)様」


眠っていた僕を呼ぶ声。


「千里様」


チリン……。


鈴の音が聞こえたと思うと、四肢が硬直した。

違う。

正確には、四肢が硬直した感じがした。感覚が麻痺したようで、だが、僕の意思とは勝手に体は動く。

僕は勝手に起き上がる。

僕は勝手に目を開ける。

僕は勝手に彼女を見る。


すると、

『メイドカフェ知ってるか?』

と言ってきた洸を思い出した。

『エロゲー?メイドは萎えるよ』

『エロゲーじゃない。琉雨(るう)にやらせたい』

『行き過ぎた愛情は「パパキライ!」のもとだよ?』

『PC使わないのにPC用品で送られちゃあ意味ないよな』

『あ、バレてた?』

(あおい)にハードプレイはやめた方がいいぞ』

『僕は時間を掛けるからいいの』

『いや、お前は「待て」が無理だろ』

『むぅ…………琉雨ちゃんにメイドいいんじゃない?洸の好きな萌えじゃない?』

『……葵と楽しめよ、ちぃ』

あの時の洸は単純だった。

だけど、僕も単純だった。

確か、僕達は互いにニヤニヤしていた。

洸の笑みはキモかったけど、多分、僕もキモかった。

その夜、僕はPC用品という名目のグッズをワインに酔う葵の前に並べた。「どれがいい?」と訊いて、意識混濁の葵に、さも同意の上で選んだかのようにしたかったのに……。

『選べるか!』

『あれ?素面?』

『何てもん持ってるんだ!』

『いーじゃん!僕が通販で買ったんだよ?』

洸祈(こうき)は!?荷物は先ず琉雨から洸祈だよな!?』

『それは同意済み』

『“それ”って…………俺はどれも嫌だからな!』

『………………僕……』

『……っ、泣くなよ!』

『泣いてないよ……でも…………僕……ただ……』

『何だよ……俺は……………………まだそういうの……無理って……』

『まだ……?』

『………………………………………………いつかは……許す』

『本当に?』

『…………………約束』

『分かった。許してくれるんだね』

「今年中に」と囁いて葵の首筋に舌を這わせたら「嗚呼……約束」と、ゆっくり呼吸をして僕に押し倒されたのだ。



さて、

僕の目の前には鉄格子を隔ててメイドがいた。

僕の体は勝手に動くので、暇潰しに僕は何となく思ったのだが、これは祖父の趣味だろうか。

祖父の趣味はメイド?

思うのは勝手なので、メイドカフェの片隅に座る祖父を想像した。

アホっぽいかも。

「千里様、ご主人様はあなた様にお怒りになられています」

そうなんだ。

つまり、お怒りになられていない時もあるのですかね?

とか、反論してみたくなったり。

でも、口がうまく動かない。

「千里様、どうか、(さくら)家御当主様とおなりください」

おなりできません。

僕には祖父が求める理想を持っていない。

僕は女性が苦手で、子供も苦手で、他人と交わるくらいなら死にたい。

もう束縛されるのは厭だ。

でも、それは……迷惑なことなんだ。

僕が逃げれば、崇弥(たかや)の皆は軍に何をされるか分からない。

晴滋(せいじ)さんも真奈(まな)さんも強いけど、数には叶わない。小学生の乃杜(のと)君や春鳴(しゅんめい)ちゃんも……紫紋(しもん)君も。

彼らは、偽物だけど僕の家族なんだ。


(しん)さんがくれた僕の家族。


だから、“選ぶ”なんて……。


「なんで……」

あれ?

なんでなんだろう?

「千里様?」

「なんで……僕は……」

おかしい。

氷羽(ひわ)と約束したはずだ。

僕を人にする約束をしたはずだ。

なのに何故、こうなっている?

「おかしい」

選びたくない分かれ道に立っている?

人なら、自由なら、僕は何故迷っている?

僕は相変わらず、縛られているんじゃないのか?


僕は最初から自由ではなかった?


何でもない時から、人になっても、友達が出来ても、エンディングは…………変わらない。

「はは…………ははは……」

コンクリートの壁に凭れた僕は込み上げる笑いを洩らさずにはいられなかった。

「千里様?何故笑っているのですか?」

分からないの?

決まっているじゃないか。

「僕は……道具だった」

リモコンとか箱とか……今ではガラクタだ。

なんて滑稽なんだ。

「千里様は道具などでは……」

「道具だよ。道具なんだ。そうでしょ?」

道具には選択肢はない。

「千里様は道具ではありません。千里様は人……」

「違う!!」

本当の人じゃない。

本当の人なら僕は選べたはずなんだ。

父も

母も

親友も

恋人も

僕は選べたはずなんだ。

家柄じゃない。

もっとかけがえのないものを選べたはずなんだ。

選べないのは、僕が道具だから。

死を手に入れ、死ぬ恐怖を得ても、人になる足掻きをしていただけ。

祖父の手のひらの上で……軍の手のひら上で、僕は人間ごっこをしていただけ。

「あんたも僕も道具なんだ!」

馬鹿だ。

馬鹿過ぎる。

祖父から逃げたつもりで、

親友を作ったつもりで、


葵と恋をしていたつもりで、


僕という道具のメモリに一つの情報として記憶されていただけ。


だけど、選べない選択肢があっても、それでも僕には選びたい未来があるんだ。


なら、自分は人だと信じていたロボットが、本当の自分を知って絶望……自滅行為をするみたいに……―


選ばなければいい。


「氷羽……起きてる?」

『起きてる……何?』

「僕を道具に戻して」

『………………』

その時だった。

氷羽が僕を押し退けようとした。ぐらりと意識が遠退き始める。

しかし、そんなことは予想してたから、僕は唇を噛んで耐えた。

譲れば僕は氷羽に出してもらえなくなる。

氷羽はいい奴だから。

『千里!』

久方ぶりに氷羽が怒った。

友達の約束しておいて裏切った時以来だろうか。

でも、駄目だ。

「もう厭なんだ。考えるのは厭なんだ」

頭がパンクするんだ。


僕は選べない。

だから、選ばない。


本当の自由を選べず、鎖にがんじがらめにされて生きるしかないなら、選ばずに全てをなくして……。

誰も何も僕を救いはしないのだから。

「千里様、何を……」

「お願いだよ。氷羽、僕のお願い遂行して?」

『……………………それが千里の……願い?』


うん。




だから、

「僕の記憶を消して」





「千里様っ!!!!」

メイドの叫びが聞こえた気がしたが、もう遅い。




僕の心は壊れた。









(さくら)君は――」

柚里(ゆり)。櫻じゃなくて、オレは柚里だよ」

一瞬でも、見せた真剣な眼差しにはハッとさせられた。

「それに、からかう邪魔者達はいないしね」

そう付け足したのは彼の優しい気遣いだ。

「…………ごめんなさい。柚里君」

「うん。何?」

寮館が並ぶエリアから外れ、芝生と木々だけの落ち着きのある空間。その開けた場所に巧くハンモックやインテリアテーブル、椅子を用意した彼は、敷いた絨毯に寝ていた。

ハンモックは崇弥君達が寝ている。

「卒業したらどうするのかなって」

聞いてから、自分はどれだけ無神経なんだろうと思った。

彼は櫻だ。

選べる道は少ないかもしれない。いや、選べるのかも分からない。

でも、今更聞かないとかは、もっと失礼かもしれないと思った。

「オレは……」

読んでいた文庫本を脇に起き、彼は空を見上げる。視線を併せないように窺った彼の表情をいつも通りだった。


暫く、眠くなる青空を一緒に眺め、彼が隣で体を起こす気配がした。少しだけ緊張する。

肩と肩が触れるか触れないか。


触れた。


「……千鶴(ちづる)ちゃんと愛の逃避行したいんだけど」

そう言って私の髪を一房手に取って口付けする姿は色っぽい。女の私よりも。

けれど、それが彼には似合っていた。

「柚里君……柚里、逃避行したいね」


そんなあなたと共に生きたい。


「……そうだね」

親友達がハンモックですやすや眠っているのを見計らって、彼は私にキスをした。

ファーストキスのように初々しい、軽く啄むキス。

「千鶴、好き」

「私も」




私も柚里が好きだよ。

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