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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
父さん
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沈黙(4)

陽が沈みかけた河原に小さな人影があった。

「ちぃ?」

洸祈(こうき)は上から千里(せんり)らしきそれに呼び掛ける。それはこちらを向くと坂を駆け上がって来た。

「洸っ」

やっぱり。

肘に擦り傷をつけた千里は涙で顔面を濡らして走る。

そして…

「ちぃ、危なっ―」

ズシャッ

すっ転げた。


「ひっく…うっ…うぁっ…」

洸祈は慌てて滑るように坂を降りると千里の口を塞いだ。

案の定、号泣。

ご近所迷惑。

隠った声で彼は泣き始める。

「ちぃ、落ち着けって」

「痛いよぉ!!うあぁっ!!!!」

膝を手で押さえた千里。

傷を見ようとして洸祈は千里の手を片手で無理矢理外した。

傷は浅いが出血が多い。

「ほら、傷診てやるから、静かにしろよ」

こくこくと頷く千里を見て口を離してやると彼はずずっと鼻を啜って洸祈の首にしがみついた。


「ちょっと滲みるかも」

「っ!」

傷口を川の水で濯いでやり、ハンカチを二つに裂いて膝に巻く。

一つ一つの動作に痛みを感じているようだが、嗚咽を漏らすだけで堪えた。

「洸、あおがいないよ…どこにもいないよ」

(あおい)な、家に帰ってたんだ。ちぃが知らずに捜し回っているんだろうなって思ってお前を捜しに来たんだ」

「そうなの?…良かったぁ」

安堵する千里。

「良かった?」

「あお、変な人に捕まったかと思って…」

「そっか。家に帰るか。その前に…」

晴滋さんに知らせないと…

深紅の鳥よ。

洸祈の開いた手のひらに小さな小鳥が現れる。緋を纏った小鳥。

「いいなぁ。あおの風も洸の火も綺麗なんだもん」

ぐずりながら洸祈の小鳥の頭を撫でた。

「僕の魔法は使えない」

小鳥が飛び立つ。

「ちぃ…」

「誰かを守ることもできない…自分しか守れない…最低な魔法だ…」

千里が自らの魔法にコンプレックスを感じているのは知っている。

千里の魔法は空間断絶魔法。

確かに自分しか守れない。しかし、それは“今の千里には”だ。空間断絶魔法は完全な会得が難しい。火系や風系のように五官で認識できるものと違い、空間は認識し辛いからだ。会得できれば断絶魔法の効果範囲は広がるし、応用もきく。

「最低な魔法じゃない」

最低な魔法なんかじゃない。

最も強く、最も美しい魔法だ。

空間からの全ての攻撃を流す。


…―誰も傷付けない魔法―…


「もっと魔法を上手に使いこなせるようになれば沢山の人を守れるようになる」

「でも…僕は…」

…―僕は要らないんだよ―…

ぼそりと付け加えられる言葉。

儚い横顔…

ツライ

カナシイ

サビシイ

クルシイ

そんな感情をごったに混ぜたような横顔。

「もっとって何?僕のお家はもっとなんてきいてくれない…僕の魔法は空間断絶魔法、使えない魔法、最低な魔法、それしかないんだ。そんなやつは要らないんだよ」

要らない。


…使えないやつは要らない…


澄んだ翡翠の瞳が淡い橙を残す西の空を見つめた。

「ちぃ…きいてくれ…」

洸祈は千里の前にしゃがむと手を後ろに出した。おんぶの合図だ。千里がゆっくりと首に腕を回すのを感じながら洸祈は続ける。

「櫻がどう思おうが……俺はお前の魔法が使えないなんて思わない」


くすっ


「千里?」

笑ったか?

「あおもそう言ってくれたよ。さすが双子だね」

鈴の弾むような声音で洸祈の耳許に囁く。

「こんな駄目な僕を気にかけてくれて僕は…二人に会えて本当に嬉しいよ」

この背中の温もり、重さ、全てが気を抜くと見失いそうで怖い。

「ちぃ……辛くなったら俺達に頼っていいんだからな。お前も崇弥の大事な家族なんだから。たとえお前が違うと思っても俺達はそう思ってるから」

「僕…我が儘だよ?」

「うん」

我が儘だ。

誰も見てくれなかったもんな

「自分勝手だよ?」

「うん」

自分勝手だ。

誰も叱ってくれなかったもんな


ぽたっ

肩に滴が落ちる。


「泣き虫…だよ?」

「うん」

泣き虫だ。

誰も止めてくれなかったもんな

「…意地悪だよ?」

「うん」

意地悪だ。

誰も教えてくれなかったもんな


―が…

「大好きだよ?」

「うん」


分かってるよ。


やがて眠りへと落ちていった千里を洸祈はそっとおぶり直した。



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