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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
谷の子供達
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言葉

葵の花弁は風に舞い上がる。



(しん)

鮮やかな金髪を揺らした彼女は彼の肩に手を置いた。

「…千鶴(ちづる)

振り返り、顔上げた慎に、千鶴は翡翠の瞳を細めた。

(りん)は葵が大好きよね」

慎の隣にしゃがんだ彼女の長髪に花弁が触れる。

「ああ」

彼は花束を抱き締め直して言った。


「林、久し振り」

白い指先は刻まれた名前をゆっくりとなぞる。


…―崇弥(たかや)林―…


「親友を置いて先にとは…意地悪ね」

「本当に」

苦笑いをした慎は葵を墓石の前に置いた。

千里(せんり)は元気にしてる?」

「してるよ。千鶴、会ってあげたらどう?」

「駄目。私は監視されてるんだから。千里を危険に晒せない。慎こそどうなの?会ってあげたら?一度でいいから」

真奈(まな)に聞いたのか」

「……皆、意地悪ね」

千鶴は腰を下ろすと、曲げた膝に顎を乗せて前を見詰める。

慎も腰を下ろすと、曲げた膝に顎を乗せて前を向いた。

「もう一緒にお墓参りは無理かしら」

「これから柚里(ゆり)に会いに行こうと思うんだけど」

「私は行ってきました。もう会わないことを誓って」

「何処へ?」

微かに瞳を見開くと、慎は千鶴に訊く。

「千里をお願いね」

「千鶴!何処へ―」

「早くに憧れの父親を亡くして、母親には何一つ、母親らしきことをしてもらえず…愛情も注がれなかった。使えないと言われ、それでも、放棄と言う名の自由は与えられなかった。ねぇ、慎…」

千鶴は慎の唇に人差し指を当てると、涙を浮かべた。白い肌に透明な筋。

慎は黙る。

「私は日々、千里がヒトから離れて行くのを見ることしかできなかった。笑うことも、泣くことすら忘れて行くあの子を見ることしか……慎のお陰よ。あの子、笑うようになった」

「俺じゃない。洸祈(こうき)(あおい)だよ」

「そうね。でも、連れ出してくれたのは慎。私、故郷に帰るの」

ふわりと立ち上がった千鶴は、慎に手を貸して立ち上がらせてやる。

「谷に?」

「谷に。私の家はもうないけど、林の実家に。(はる)君のお手伝い」

(なつ)(あき)(ふゆ)は?」

「夏君は寮生活。秋君と冬さんは都会に出たって」

「一人寂しいな」

「夏君と秋君は長期休みには帰ってくるわよ」

「そっか」

慎の柔らかい笑み。

千鶴はそれを暫く楽しそうに眺めると、慎の手を握ってゆっくりと二人で丘を下った。

「逃げられない…か」

「真奈さんのお願いだもの」



「慎、脱け出し厳禁だと言ってる―」

「いいだろう?最期くらい―」

べしっ。

晴滋(せいじ)は無言で慎の頭を叩いた。

「何だい?晴滋」

「こっちの台詞だ。慎」

二人の間に険悪な雰囲気が漂う。一触即発だ。

と、

「悪かった」

慎が謝った。

「…多分」

と、付け足して。

「それじゃあ、慎、晴滋さん、私はこれで」

「千鶴…」

呆れる晴滋の横で、慎は千鶴を呼ぶ。

「どうかした?」

「千里が泣いたんだ」

「…………」

「本気で」

「…………」

「嬉し泣きを」

「…………あの子は…」

今度は千鶴は嬉し泣きをする。そして、

「ありがとう…慎…本当にありがとう…」

「千里は二人の支えでもあるんだ。お互い様。こちらこそ、ありがとう」

慎は千鶴の頭を優しく撫でて笑みを溢した。





本当に童顔だ。

彼は枯草色の髪を揺らして、ベンチに腰を下ろしていた。手元には分厚い本。

璃央(りおう)に話を聞いた時からお会いしたいと思っていました。初めまして、司野由宇麻(しのゆうま)さん」

本を閉じて立ち上がり、深々と頭を下げた由宇麻に、慎は手を差し出したのだった。

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