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好き。


君が好き。



だから、僕は行かなきゃ。




ごめん。








「ここからは、喩え、崇弥(たかや)家の御当主様でも御通しすることは……」

「何でだよ!親友に会わせろって言ってるだけだろ!」

洸祈(こうき)っ!」

門番に拳を上げかけた洸祈の腕を、(あおい)が掴んだ。

「葵!」

「駄目。絶対に駄目だよ」

葵の真摯な目。しかし、直ぐに青い瞳は瞼に隠される。

「けど……」

「お願いだから」

千里(せんり)だってそんなこと望まないから。

誰よりも辛いはずの彼は唇を噛んで洸祈に懇願した。



崇弥家とは比べものにならない巨大な家。豪邸と呼ぶに相応しいそこはかつての面影はなく、西洋式の家屋となっていた。

「変わったな」

「うん……変わった」

短くも千里が両親と過ごした家はもうない。

「千里……」

力ない葵の手のひらを洸祈はぎゅっと握り締めた。




「葵さん……」

「葵兄ちゃん……」

葵の部屋の前で、少年と少女は途方に暮れていた。

風呂から上がった洸祈は彼らを見付けて、近付いて二人の頭を撫でると、琉雨(るう)の手から夕食を手に取る。

「旦那様、葵さんが……」

「俺に任せろ。な?」

「はい」

「お願いします、洸兄ちゃん」



「葵、入るぞ」

薄暗い。

灯りも付けずに、葵はただぼんやりとベッドに転がりながら天井を見ていた。

洸祈は足元に注意して電気を点けずに部屋に入る。

「飯、いるか?」

「いらない」

掠れた声だが、意識はあるようだ。

「倒れたいのか?」

「倒れてもいいように寝転がってる」

嘆息し、ベッドサイドのテーブルに盆を置くと、洸祈は葵の前髪をかき揚げて顔を覗き込む。

その時、洸祈が触れた葵の額は不自然に熱かった。


「ちぃが望んでんの?」

洸祈の問い掛けに虚ろな青が揺れる。

答えを探したのか……胸に何かがつっかえてしまったか。

「望んでない……と思う」

「なら、食べろよ」

洸祈は腰に添えた手で葵を支えて起こした。そして、顔色の悪い葵に肩を貸して彼の膝に盆を乗せた。

葵はスプーンを手に取り、ぼそぼそといただきますを言うと、そっとお粥を掬う。

一口、また一口と少しずつ。

もともと少な目に茶碗に半分ほどのお粥を、葵は半分ちょっと食してスプーンを置いた。

「ごめん……ごちそうさま」

「食べてくれただけ嬉しいさ。熱あるようだし、薬飲んで寝るんだ」

風邪薬を取って来ようと立つ洸祈。彼のパーカーの裾を葵が掴んだ。

「葵?」

「…………………なぁ、洸祈」

ポツリと溢す葵。

「うん。何?」

ベッドに腰掛けて聞き返す洸祈。

「あの時は千里は望まないなんて意地張ったけど…………千里が居なくて……俺……」

ぽっかりと空いた穴に葵が上体を崩して顔を両手で覆った。

「俺、守るって……約束したんだ」

なのに……―

千里にかかった魔法に気付かずに、流した涙の重さに気付かずに……―

「俺は千里を守れなかった!」

ポタリと葵の膝に涙が弾けた。


どんなに手を伸ばしてもあいつの何一つも掴めない。


縮こまった葵は持ってきていたらしい千里の毛布を強く抱き寄せる。

「寂しい……寂しいよ」

「葵……」

洸祈は毛布を雫で濡らす葵の背中を撫でてやる。葵は洸祈を見上げると、頭を彼の胸に強く押し付けた。

「千里……っ」










「千里様、お食事の時間です」

「………………」

朱色の布に金の華の刺繍の入ったソファー。そこに、千里はジーンズにパーカー姿でくたりと力を失ったように横たわっていた。

朱に白い千里の肌は異様に目立つ。そして、鮮やかな金髪はその装飾を増やしていた。

まるで、人でありながら宝石。


生きる宝石。



メイド服の女は、千里に近寄った。

そして、

「千里様にお涙はよろしくありませんね」

彼の目尻に溜まる涙を、彼女は薬指で拭う。

「千里様、夕食です。ご主人様がお待ちです」

千里にそっと声を掛けるが、反応がない。長い睫毛の下に美しい翡翠を隠して深く単調な呼吸を繰り返すだけだ。

すると、無表情の彼女は服の内に入れた首飾りを取り出し、千里の顔の前にぶら下げた。

「千里様、ご主人様がお待ちです」

「…………………」

すくっと立ち上がる千里。

「お召し物の交換を」

彼女の手を払うことなく、千里は衣服を脱がされていく。そして、女性は一本の柱に支えられた丸テーブルに置かれた上下の服を千里に着せた。

それらは丈夫な布ででき、儀式的なデザインで、胸には正五角形のバッジが付いていた。

そして、そのバッジは……―


五角を頂点とする星が彫刻され、星の中心には光を赤黒く反射する紅色の小さな丸い宝石――日本軍を象徴していた。


「では千里様、食卓へ」

「…………………………はい」

返事をする千里。




彼の瞳には輝きがなかった。

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