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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
父さん
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沈黙(3)

「ふあぁぁ…あれ?洸祈(こうき)?」

一緒に寝ていたはずの洸祈がいない。

「湯たんぽが消えたせいか…」

どうりで眠りが浅い気がするわけか…

(しん)は眠い目を擦ると体を起こした。周囲を一二度見回すと、することなく敷いた布団に横になる。

「あー湯たんぽ…」

そう呟いて目を閉じた。

最近、異様に目が疲れる。

真奈(まな)ー?晴滋(せいじ)ー?」

なんとなく二人が恋しくなり呼んでみた。

「慎?どうかしたの?」

「うおっ!真奈!!」

静かだったのでてっきりいないかと思っていた。

「私の声だけで驚かれると正直悲しいわ。それも慎だと尚更」

うっうっと着物の裾を目尻に当てて泣き真似をする。

と思っていいのか…

真奈の泣く姿は真似なのか真似じゃないのか分からない。今この瞬間も哀しい雰囲気を周囲に漂わせている。

「真奈?嘘泣きだろう?」

……うっ……うっ……うっ……。

「マジなのか!?」

謝るしかない。

謝って赦してもらうしかない。慎は布団を蹴り上げると畳に額を擦り付けて土下座した。

「真奈!本当にすまない!誰もいないと思ったんだ!だけど…なんか…こう…湯たんぽが…そう!湯たんぽが消えて!…肌寒くて…寒さをまぎらわすために一人トークをな?…驚いたんだ!!」


ふふふ。


「ま…な?」

「慎、嘘泣きだろう?と訊かれて嘘泣きです。と答えたら嘘泣きではなくなるじゃない」

つまり嘘泣きだと…

「はぁ~。一人トークなんて人には言えないこといっちゃったじゃないか」

真奈はあら。と口許を押さえて目を丸くした。

「一人トーク、本当のことだったの?」

「まぁ…あいつがいないから」

あいつが…


『慎君?』

(りん)の横顔…好きだよ』

『ありがと。暇ならそう言ってくれればいいのに』

『バレたか』

『慎君のことは何でも分かっちゃうわ。だって愛してるもの』

『林、愛してる』

『慎君、愛してる』


あいつが…

もういない。

「ごめんなさい、慎」

真奈は慎の心情を察してか表情を曇らせる。

「いいや。俺には林との子供がいるしな」

「洸祈君、慎が連れてきた時は幼かったのに今では皆のお兄ちゃんよ」


俺は最後の命令をした。

洸祈は全てを忘れた。

名を忘れて…

言葉を忘れて…

歩み方を忘れて…

本当に全てを忘れて…

生まれたての赤ん坊へと…


「再出発だな」

「そうね。今は洸祈君より(あおい)君と千里(せんり)君が大変よ」

「葵と千里が?」

真奈は今日の出来事を慎に話した。

慎は可笑しそうに笑うと布団に再び寝転がる。

「子供達の成長。親としてこれ程面白いものはないな」

「もう」

「面白い。柚里(ゆり)、お前もそう思うだろう?」

もういない友へ向ける報告。

慎の視線の先、綺麗な夕暮れに真奈も瞳を向けた。


……た……た……た……た……。

「真奈、お客さんだから下がってくれ」

「そんなだらしない格好で?」

まぁ。と真奈は寝癖のついた慎の髪を撫でる。慎はそれに対していいんだよ。と真奈の手を取った。

「葵だ。どうやら男同士の会話がしたいようだ」

足音を聞いてくすりと笑った慎を見て、真奈は立ち上がる。

「慎、無理は禁物よ」

「してない…いや…しないよ」

「よろしい」

一度慎の髪に指を絡ませると真奈は奥の襖から出ていった。



空き部屋だが慎の昼寝所になっている部屋。

「…父さん?」

葵は襖をそっと開ける。

甚平の前をだらしなく開けたままの慎が布団の上でごろごろしていた。

「おーどうした?」

彼は葵を見上げて笑う。

「何にも聞いてないの?」

「どう思う?ほら、おいで」

先程の喧嘩が伝わっていると思った葵は慎に奇妙な返し方をされて戸惑いながらも布団に潜り込んだ。体の向きを変えると葵は胸の前で手を丸めて慎を見上げる。

「温かいなぁ。あー湯たんぽゲットだ。で?どうした?好きな女の子でも見付けたのか?」

「好きな子はいるもん」

だいっきらいだけど…。

「葵が選ぶ女の子はさぞやべっぴんさんなんだろうなぁ」

「べっぴんさん?」

「美人さんってことさ」

お前達の母さんみたいに。

小さな声で付け足された言葉。

葵は聞き取れずに首を傾げた。

「美人じゃないよ。泣き虫で自分勝手で今日だって…」

そこで慎は目を真ん丸にして葵を見下げる。慎はまさかなぁと独白を述べて葵の頭を思いっきり撫でた。

「それで?恋じゃなければどうしたんだ?」

「俺って意地悪?大人気ない?第一、俺って大人?」

「お前はどう思う?」

「俺は意地悪じゃないし、大人気なくない」

だけど、

「とっても酷いこと言ったのは自覚してる…」

「酷いこと?」

慎が聞き返してくる。

「父さん…どうしよ…」

「葵?」

涙が…

涙が溢れてくる…

葵は慎の甚平をひっ掴むと目を擦り付けた。ごしごしと目を擦る。

「止まらない…痛いよ」

「痛い!?葵、どうした!?お腹痛いのか!?」

子煩悩の慎はお腹痛いのか?と訊きながら葵の背中を必死に擦る。

葵は沸き上がる正体不明の感情に体をただただ震わせた。

「…どうしよう…」

痛いよ…

「どこが痛いんだ!!?」

「…ここらへん」

重ねた手を更に強く胸に押し付けた。

「真奈!晴滋!どうしよう!!」

何だか本人よりも必死な慎。

「どうしたの?こっちもどうしようなのに」

「だって葵が!!痛いって!胸の辺りが痛いって!お父さんどうすればいいんだ!?」

子供のように喚く慎に真奈は呆れることなく葵の体を抱き上げた。

「葵君、どんな風に痛いの?」

「分かんないよ…千里に酷いこと言っちゃったって思ったら…急に……痛いよ…」

「あら…慎、恋の病よ。ほら、貴方の出番」

「え?」とあたふたする慎の腕の中に葵が収まる。葵は「痛いよ」と瞳を潤ませて慎を見上げた。

「葵…千里が好き…なのか?」

「………………だいっきらい……………でも、大好き…」

あらまぁ。

「真奈…」

「千里君はいい子よ。なんたってあの子達の息子だもの」

「知ってるよ。俺…なんて返そう…娘をよろしく頼んだ?…ふつつかものですが息子をよろしく頼む?」

「慎、まだ子供。出会いはこれからよ」

「でも…俺…お似合いとか思ったんだけど…」

「もうっ。葵君の痛み、取り除いてあげなさい」

「酷いこと言っちゃったことは謝ったのか?」

葵に向き直り、慎は訊く。

「まだ…でも…あいつが謝んなきゃ俺は謝らない」

くいっと顔を上げて葵は言い切った。慎はぽけっとした表情で葵を見る。

「どうして?」

「一度は自分がどんなに我が儘で自分勝手なのか分からなきゃいけないんだ!そうじゃないと…」

「そうじゃないと?」

「あいつが心配で心配で…」

心配で堪らない。

「世間に出たらあいつ…喰われちゃうよ…あいつ…体弱いから恐い人に殴られちゃうよ…」

「葵…」

「あろうことかセックスなんて強制されて―」

「ま、ま、ま待って!」

慎は反応高らかに葵を強く抱き締めた。

そして、慎の肩越しに見える真奈の表情は固まっている。寧ろ黒いオーラが…

「慎?貴方が教え込んだの?」

「そんなわけないだろ!俺は“男女交際は健全に”を家訓に入れているつもりだ…男子交際だけど…」

「葵君?そうね、あなたの言う通りだわ。千里君は我が儘で自分勝手かもしれない。でもね、千里君は分かっているのよ。自分が我が儘で自分勝手って」

「…………謝ったら…俺は土下座して謝る…」

「それでね。千里君、葵君に謝るって外に行っちゃったの」

“外に”

「外に?」

葵は状況理解に努め、

「え?葵はここにいるのに!?」

慎は頭上にクエスチョンマークを出す。

「洸祈君と晴滋が捜しに行ったわ。千里君、きっと葵君を見付けて謝るまで帰ってこないだろうから」

つまり、葵が外に出たと勘違いした千里は謝りに外に捜しに行き、葵が家にいることに気付いた洸祈と晴滋は知らずに外を必死に捜している千里を捜しに行ったと…

「俺…捜してくる!」

「葵、夏蜜柑(なつみかん)を連れていきなさい。まだ通信が出来ないお前も千里が見付かったのに気付かずに捜して、行方不明になっても困るからな」

慎が言い終わらない内に布団からもぞっと紺の毛並みの犬らしきものが顔を出し、立ち上がった葵の脚に鼻を擦り付けた。

「夏、行こっ」

ぐるっ

喉を鳴らす夏蜜柑。


葵は部屋をバタバタと出ていった。



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