妖精と恋した悪魔(2)
彼女は悪魔の僕を助けてくださいました。
そして、
彼女は僕に名前をくださいました。
彼女は僕に居場所をくださいました。
彼女は僕に心をくださいました。
そして、
彼女は殺されました。
彼女に愛された自然の中で。
彼女に愛された仲間の前で。
彼女を愛していた僕の前で。
彼女が愛していた人間によって。
私は何の因果か、あの悪魔に遭遇した。
パーティーの悪魔に。
「なん……で」
「?」
「なんで……また…………お前が……」
ブラックリストの上位5人に入る化け物。
組織の敵。
崇弥洸祈。
「あ……あんた確か、パーティーで会った?」
お前に刃物突き付けられた奴だよ。
「えっと………そうだ、タナカさんだ!タナカ家長男のタナカイチローさん!」
と、物凄く嬉しそうに言われてもだ。
長男だが“タナカイチローさん”どころか“タナカさん”ですらない。
第一、恐怖で細部まで覚えているが、私は絶対に名乗ってない。
「タナカさん、まだ退職届出してなかったの?」
“退職届”を言うということは、人違いをしているわけじゃないようだ。
「出すヒマがない早さでお前が現れたんだよ。てか、私はスズキさんだ」
「スズキさん?あ、日本で一番ポピュラーな苗字でしたか。ポピュラーな顔にポピュラーな体格にポピュラーな性格だから苗字ぐらいせめてポピュラーじゃないと思っていたら……間違えてしまいました」
素直に当てずっぽうと言えばいいのに、ポピュラーを哀れむ目付きで……!
ポピュラーで悪いか!?
こいつは普通にムカつく男だ。けれど、イチローは見事言い当てているから何も言い返せない。それに、力の差を知るからこそ、ヘタに機嫌を損ねて死にたくない。
この男は餓鬼みたいに残酷でコロコロ気変わりするからだ。
お茶をしていた。
アールグレイを飲みながら同僚と一緒にティータイムを楽しんでいた。
『先輩が悪魔追ってたらしいんだけどさー』
『貴族に売る商品だっけ?』
『そーそー。んで、民家に逃げた悪魔をこれは好都合と、雇ってた魔法使いに周囲に結界張らせて対悪魔用魔法でそこに一斉攻撃したら、失敗したんだと』
『凄い脈絡のないつまんない話だな』
と、私は紅茶をひとすすり。
とりとめない会話をしながら、数十設置された監視カメラからの映像を眺め、欠伸を噛み殺してぼーっとしていた私と同僚。
私は映像の端にチラチラと赤い光を見ながら、疲れているのかと眉間を揉んだ。同僚も別にぽけっとただ画面を見ている。
そして、ティータイムはまだまだ続いていた。
『って報告を本部が受けたら、それ以来報告はばったり来なくなった』
『お、ホラーに持ってくのか?』
『数日後、本部宛に一報が入った』
『なんだよ。ホラーじゃないじゃん』
『それが「あんたらの仲間は東京湾で出荷され待ち」ってやつでさ』
『え!?出荷ってヤバくね!?』
『マジになるなよ。先輩が失敗だけでなく出荷?魔法使いもいんだぞ?悪魔はもうぼろぼろで死にかけてたんだし』
たがしかし、出荷されてもいいような状態になったことならある。
簡単に終わるはずだったとある金持ち貴族のお誕生日パーティーへの奇襲だ。あれは、たった一人の私と同郷の雇われボディーガードによって阻止、寧ろ奇襲を食らったと言うのが正しい。
豪勢なパーティー会場をもその範囲に取り込んだ超大型魔法。それによって、会場にいた仲間全員が地べたでぐーすかと丸々一夜眠っていた。
あれは、無防備に眠りこけた私達は出荷どころかそのまま「眠るように」ご昇天していたかもしれなかったのだ。
ま、人の縁なんて人生一度きり。良い縁も悪い縁も平等に一期一会……のはず。
警察犬でもない限り、私達と再び出くわすことなどないはずだ。
『けど、帰ってこないし、一応ってことで他の部隊が用事がてらに見てくることになったけど。あれが3日前だから、見に行った部隊からの報告がくるのももうすぐじゃないか?』
訊かれても知らない。
報告を受けるのは通信機の前で待機している他の仲間だ。
あっちもこの時間はティータイムだろうか。
と、私がケーキにフォークを突き立てた時、既に通信機から出荷され待ちになっていたという報告が流れていた。その報告が組織の上層部のいる部屋へ駆ける一人によって伝えられようとしていた時、私は暇潰しのようにさっきの話から推理を展開していた。
『なぁ、悪魔って死にかけだったんだろ?』
『ああ。瞬間移動するっぽくって、捕まえられずにいたけど、それしかできないくらい弱ってたってさ』
『…………………』
『イチロー?』
『ならどうして失敗するんだ?』
『へ?瞬間移動だろ?』
『その為の結界だろ?』
『あ、そっか。なんでだ?』
『誰かの手助けがあった……とか?』
『あの「東京湾で出荷され待ち」の報告の人?』
『悪魔じゃない……魔法使いに攻撃し、勝てる奴…………魔法使いとか?』
『…………まさかぁ。悪魔の味方なんてする奴いないだろ。でも、見た目は餓鬼って聞いたな……ま、もうすぐ来る報告を待てばいいじゃん。悪戯かもしれないし』
あの恐怖の一日を思い出した後では最悪のシチュエーションを心の隅で考えてしまい、紅茶から嫌な苦味を舌に感じた。
『けれど、通信してきたってことは、ここの場所を報告してきた奴は知ってるよな?餓鬼悪魔に同情して復讐とか考えたらいつ頃ここに来る?』
『日本との距離からすると昨日か今日か明日ぐらいだけど……。でも普通は警察に連絡とかだって。復讐なんて、お前、よく思い付くな?』
もしあの凄腕ボディーガードだったら、
気紛れとか、それこそ暇潰しにここに襲撃してくる。
もしあの男が穏和で平和な日本にいたとしたら、
退屈しのぎに現れた悪魔を助け、その悪魔を追ってきた私達の上司と魔法使いを返り討ちにし、東京湾に並ぶコンテナに積み荷してから……―
侵入者だ!侵入者が……ザザ……―
全体放送だ。
一瞬だが、確かに“侵入者”と聞こえた。
『ま、まさかなぁ……』
私と仲間は監視カメラの映像から侵入者を慌てて探し、
私は緋色の髪の化け物が監視カメラに向かって……私に向かって笑いかけてくるのを見た。
ドキリと痛いくらい跳ねた心臓を押さえて脇の受話器をひっ掴み、全体放送の番号を押す。
『侵入者は現在、8階中央廊下!右階段付近!』
監視室にも放送からの私の声が響いていた。
ここ、8階中央廊下の右階段付近にある監視室にも。
バンと乱暴に扉が開く音がして、「こっちは侵入者の居場所把握に集中してるんだから煩くするな!」と怒鳴ろうと後ろを振り返った時、
私はパーティーの悪魔に再び出くわした。
などと回想しても、
「洸祈は“使えない人”をゲットした」
「私を“パンクズ”とか“ゴミ”みたいな売るのも面倒なアイテムみたいに言うな!」
「あれだよね。攻撃だけちょっと秀でてるだけで、回復ワザもさして特技もなく、HPも防御もイマイチなくせにレギュラーでパーティーから外したくても外せないキャラだよねー」
「1Gにすらならない捨てられもしないって、私はゴミ以下か!?」
「平々凡々な人間じゃ売れないし、かといって、“斬る”なんてコマンドはないしね」
あったら私は斬られるわけだ。
現在、私と崇弥と言う男はティータイム中だ。
同僚は気絶させられて部屋の角に縛られたまま置かれている。
私もああなりたい。
Mとかじゃなくて、組織がこの男に破壊されようが、知らんぷりしたい。どうせ、退職届は近い内に出すつもりだったのだから。
けれど、情報漏洩を防ぐため暗殺者に殺されたなんてことになるのも(なるのか分からないけど)厭だ。
そうなると、これは好都合なのかもしれない。
「お、悶々と考えてるね。タナカさんのそーゆーとこ、好きだな」
それはどうも。だけど、スズキさんだって。
「紅茶の味とか分かんないけど、何か市販のお徳用パックと違う」
「アールグレイだからな。私はオレンジペコ派だ」
「オレンジ味の紅茶?それ美味しそうだ」
崇弥は紅茶を啜っては同僚がまだ手を付けていなかったケーキを食す。
「お、殆ど中央広場行った?」
脅された私は言われた通り、侵入者は広場に向かったと放送してある。
崇弥は偽の放送に従って侵入者排除に広場に向かう私の仲間達を監視カメラの映像を眺めながら嘲笑った。
「ここ楽しいな。呼べばこうも簡単に集まってくれるし」
「集めてどうするんだ?まさか……広場に何か細工を……」
上層部を除いた見張りの殆どは広場にいる。あそこに前回みたいなトラップを仕掛けていたら……。
私は思わず画面から目線を逸らした。
「細工?広場一面火の海にするとか?やだな、タナカさん。グロいよ」
弾を容赦なく降らせてきた男に言われたくない。そこの同僚は片足を撃たれた一人だったりする。
「なら集めてどうするんだ?また眠らすのか?」
「さぁ」
「“さぁ”?」
「集めて欲しいって言うから俺は一ヶ所に集められるだけ集めただけ」
「侵入者は……お前だけじゃ……」
だけじゃなければ……!?
監視カメラの映像に子供が映っていた。
広場で仲間達と対峙するように少年が。
「何で子供が!?」
「あれ?知らないんだ。追ってたろ?」
「追う?………………あれが悪魔!!!?」
私が叫ぶと同時に画面が黒く塗り潰されたようになった。
故障じゃない。
映像が黒いのだ。広場が黒いのだ。
「一体何が!?」
「……その悪魔には助けてくれた恩人がいた」
唐突に語りだす崇弥。
「いつしか恩人は好きな人へと変わり、悪魔はずっと傍にいたいと思った」
彼は私の質問には答えずに一方的にその物語を語る。
「けれど、悪魔は昔から忌み嫌われてきた存在。一国の皇女の彼女も悪魔と知りながら一緒にいたいと思っても、周囲が許さなかった」
私も小さい頃から、悪魔は災いをもたらすと言われてきた。
悪魔は悪いもの、怖いもの。
「そこで、自然を動物を悪魔を……人を愛する彼女が苦しむのは見たくないと、悪魔は彼女のもとを去ることを決めた」
「悪魔が去る?そんなこと……」
悪魔は災いの源。
悪魔は欲に任せて奪うだけなんだ。
「違うよ。タナカさんの考える悪魔ってのは俺みたいなのを言うんだよ」
悪魔は私に微笑んだ。
これが『悪魔』なのか。
「悪魔は彼女のもとを去った。これで丸く収まるはずだったんだ。だけど、運悪く、それから直ぐに伝染性の病が発生してしまった」
続きはよくある話だった。
民は伝染病は彼女が悪魔を助けたせいだと言い始めたのだ。
「国王もその病で倒れ、人間は城もろとも彼女を殺す……いや、神に捧げる生け贄にしようとした」
病床の父の隣で泣く彼女。そんな彼女に、昔助けられた動物達が、今夜、城に人間が火を付けると報せた。
「男手ひとつで娘を育ててきた国王は逃げるよう言った。お前が助けたのなら、その悪魔のせいではない。と言って」
けれど、彼女は逃げなかった。
王女となった彼女は、彼女の優しさを知り、間違いだと残っていた使用人達に城にある財産を全て分け、逃げるよう命令して……。
「父親の亡骸の横で彼女は城と運命を共にした」
彼女は殺されました。
彼女を愛していた悪魔の前で。
彼女が愛していた人間によって。
「俺、調べたんだけど……昔、伝染病で蔓延して生け贄として民に城を燃やされた国があった。その伝染病がその国で確認される前から、周辺国では広まってたんだ」
「それは逆に、その国だけが伝染病から免れてた?」
「穢れは穢れを嫌う。つまり、悪魔だ。悪魔がいたからこそ、病はその国だけ避けていた」
それでは本当の災いの源は……。
「人間が病を引き入れた……のか?」
「その国はそれから1週間以内に滅んだ」
「伝染病で?」
「大規模な水害で作物が全部だめになった。家畜は既に逃げ出していて、森には野うさぎ一羽いやしない。周辺国も伝染病で助けを求めようにもできない。民は皆、伝染病か飢え死にした」
神への生け贄は神の怒りを買った。
自然も動物も怒った。
「その悪魔が……」
「その悪魔は今、人間に復讐しようとしている」
「復讐!?全員死んだって!一体誰に復讐するんだ!」
「人間。ヒトだって」
ヒト?
それはとんだ迷惑な括りじゃないか。
「私もか!?おかしいだろ!」
「おかしくないと思うけど?悪魔は悪魔。災いをもたらす。そうだろう?人間には違いがあって悪魔にはない?彼女はあいつに名前をあげてたんだぞ?」
フォークの先には画面に映る悪魔。
人間に復讐したい悪魔。
「彼女を殺したのは人間。だから人間に復讐するんだ」
くすくすと笑う『悪魔』はケーキを綺麗に完食すると、カップに残っていた紅茶を機器に掛け、カップを投げ捨てた手を制御板の心臓部に当てた。
「悪魔って人間みたいだろ?」
彼が触れた場所からカバーや配線がドロリと溶け、音もなく機械は停止した。