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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
妖精と恋した悪魔
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妖精と恋した悪魔

ちょっぴり休憩です。

薄汚れた布を纏ったそれは細い枯れ木のような足を覗かせてずるずると体を引き摺るように街灯の下を進む。ゆらゆらと揺れてはがくりと傾く。そして、進む。

『生きなきゃ…』

それは音を発した。

それが愛し憎んだ故郷の言葉で自らの呪いを繰り返す。

『生きなきゃ…』

それは今にも握り潰したい小さな光を背負いながら歩いている。


『生きなきゃ…』

それは闇に溶ける黒を虚ろにして雑踏をまた一歩進んだ。






琉雨(るう)、どうした?」

洸祈(こうき)はショーケースの前で神妙な顔をして佇む琉雨を振り返った。

「旦那様…」

「?」

洸祈もショーケースを覗く。

「ウエディングドレスがどうかしたか?」

「……………かいます」

「買います?」

すると、ドレスを見詰めた琉雨は洸祈をじっと見上げた。緋がただ見る。

「本気か?お前にはまだ早いぞ?」

「え?でも……―」

そこに鳴る車のクラクション。

「―かいます!旦那様!」

琉雨が必死の形相でショーケースを指差した。洸祈はその顔を見ると、次には財布を取り出し、中身を調べる。

そして、店内…へ。

「はひ?旦那様!?」

琉雨のポンチョから伸びた両手が洸祈の片腕を掴んだ。

「買う。そんで、俺は新郎だ」

「しんろう?そんなことより、飼ってどうするんですか!」

「結婚しよう!琉雨!」

「はひーっ!!!?」

ブンブンと頭を振る琉雨は必死に洸祈を止める。

「違います!違うぅ!!!!」

「違う!?結婚は?『崇弥(たかや)琉雨』は?」

「ほへ?ルーは結婚無理です!年齢が足りないし、ルーはヒトじゃなく……じゃなくて何かが!何かいます!」

“なにかいます(・・・・)

「何か?」

琉雨がショーケースを強く指すが、ショーケース内にはドレスだけ。洸祈はドレスだけでなくケースの空間にも目を凝らすが、何も変なところはない。

「ガラスです!映ってる!」

「ガラス……!?」

何かいる。

「後ろだ!」

ただの反射だ。

洸祈は路地裏へと移動するものを振り返った。それは異様だった。汚れ縒れた布を被った何かがゆらゆらと進む。

「………ヒ…ト?」

琉雨はびくびくしながらそれを見詰めて呟いた時、それはぐにゃりと形を崩して停止した。





赤い…髪だ。

「………………」

「……………………」

「………俺、崇弥洸祈」

「…………ナノルナナドアリマセン」

「いや、“クレハ”だろ?」

「な!?……ナノルナナド…―」

「リングに名前書いてある。“Kureha”って」

「……………“クレハ”は死にました。クレハと名付けた人は死んでしまったから。だから僕はクレハじゃない」

「……………クレ」

「?」

「クレって一応、呼んどく」

一応……呼ばれておくべきなのかな?

「クレ、お腹空いてるんじゃないか?」

ぐぅ…………。

「お腹空きました」

一応、呼ばれておくことにする。




かなりお腹が空いていたらしい。がつがつがつがつと遠慮なく口に掻き込んでいた。

朝の残りとは言え、4杯程の昼にチャーハンになるはずだったそれらはお茶漬けになって彼の胃へ5分足らずで消えた。あたふたする琉雨に代わってホットプレートで特大のお好み焼きを焼くと、作ったそばからがっつく。4枚作ったところでようやく、俺と琉雨も昼食となった。

「満腹満腹。ありがとうございます。食べ物のご恩、一生忘れません」

ぺこり。

クレはティッシュで口を拭うと席を立つ。そして、ぽけっとしている琉雨の横を通ってリビングを出た…―

「逃がすか!」

食べたら直ぐさま帰るとか、明らかに感謝の言葉だけで済まそうとしてるとしか思えない。俺がすかさずその小さな体を摘まみ上げると、クレはぷらぷらとしていた。

「ナ、ナンデスカ…ボク、オセジハシタノニ」

「“お世辞”を片言で言うな!」

言語だけ付けたロボットのように無表情のクレは正直、何も分からない。

年齢は多分餓鬼。

性別は多分男。

性格は多分真面目かド阿呆のどちらか。けれども、遠慮がないのは確かだ。

しかし、不意に表情に真剣さを見せたクレは唇を舐めると、黒目を俺に真っ直ぐ向けてくる。

俺はそれに圧倒された。

「僕に関わらない方がいい。僕はただ生きているモノに過ぎないから」

ただ生きている“モノ”。

何でか分からないけど、彼の内に感謝と懺悔を見た。

だから、俺は彼を抱き締め、ぶつかってきた何かにバランスを崩して階段を転げ落ちた。

「旦那様!何か大きな音が!」

「琉雨、リビングだけでいいから今すぐ結界を張れ!」

「ほへ!は、はひ!!」

階段の下で無様だと思いつつ、琉雨の安全確保が最重要だと俺は叫ぶ。魔力が琉雨に使われるのを感じながら俺は腕の中でモゾモゾするそれを更に小さく丸めた。

「いたっ…」

ああそうか。痛いか。

「我慢しろ」

死にたくなきゃな。



無差別な魔法攻撃は政府の依頼以外では初めてだった。洸祈の魔力で作った結界は厚く、何より再生が早い。

琉雨は窓から向かいの司野由宇麻宅を見詰めていた。


「クレ。お前、悪魔か」

先程背中に喰らったのは確かに悪魔退治用だった。

「………………かれこれ8世紀ほどは生きてます」

「…………お、おじいちゃん?」

「悪魔の中ではまだまだ若いです。人でいう10歳くらい」

つまり、見た目と同じか。

「それより、あなた大丈夫ですか?」

「背中?」

「はい」

「ん~…右腕が動かない」

痺れてピクリともしない。さっきの魔法の後遺症だろう。人間にこれだけ影響するなら、悪魔に当たれば一撃だ。

「お前のことは全力で守るから安心しろよ」

「………………」

クレがむすっとする。ぼろぼろの布切れは脱がして葵の衣服を着せたが、彼は一階の倉庫の中で不服そうにしていた。

「あなた、何故僕を助けるんですか?」

「助けるのに理由なんて必要か?って言うのは俺が言いたいだけで、本当は昔の俺みたいだったから」

「僕が?」

「お腹空いて食い物にがっつく奴は“モノ”じゃないぞ」

「もう少しで消滅でしたよ」

死ぬとかじゃなくて消滅なのか。

クレはふるふると頭を振ると、小さく欠伸して倉庫の床の上で丸まった。

「クレ?」

「少々、この店の守りを弄らせて貰います」

守り―この店全体に施してある結界だ。俺の魔力を媒介に大型の魔法陣で琉雨が作ったもの。複雑なそれはあまり手を付けたくない。しかし、熱心に床に何やらするクレは陣がここで作られたことを知っていて本気なのだろう。

「僕の魔法は空間転移です。あらゆる物質を他の場所へ転移する。この結界を使えば魔法も転移できるはずです」

「へぇ、凄いな」

「あの小さいお姉さんが凄いんですよ。こんなの普通は思い付かない。不思議ですね。こういう複雑怪奇なものは僕が20歳くらいの時……あ、1年1歳と考えてです。それくらいの時までの魔法ですよ。今ではどこまでも簡素になっている。簡素な分、弱く脆い。でも、人殺しには十分ですけど」

彼は簡素に簡単に“人殺し”と言った。クレは約800歳だ。ならば、戦争もいさかいも数えきれないくらい見てきたのだろう。だから彼はこうも言葉を崩さずに言えてしまうのかもしれない。

「魔法って言うのは僕が現れるずっと前から存在していました。だけど、生存の為の神からの恵みが他人を傷付けるものとなったのはつい最近です。知っていますか?魔法使いって魔法使いじゃないヒトより極僅かながら、でも確実に寿命が短くなってきています。けれども、魔法使いの出生確率は変わっていない。つまり、神は“魔法”ではなく“魔法使い”に呆れたんですよ。魔法を使う人間に呆れたんですよ」

クレが築きだした魔法陣は赤い光を放っていた。血の色みたいにまとわりつく赤。

「この世界には生物と魔獣。悪魔とカミサマがいるんです」

どうしてここでカミサマ(氷羽)なんだ。

「カミサマは最初に神から恵みを頂いた方達とでも言いましょうか。所謂、“太古の魔法”を頂いたヒト。人間です。彼らは不老不死だそうです。約100世紀で死ぬ僕ら悪魔と大違い。僕ら悪魔はヒトの負から生まれた魔法の塊だからなんですかね。あ、驚いてる。僕らはファンタジーの悪役じゃなくてヒトの負の思考が大地の限度を越えた時生まれる。嗚呼、一つ大きな戦争があると、その焦土に一つの小さな生命が生まれるんです。喉を震わせて叫び、呼吸をする生命が」

ヒトの灰の中から生まれる命。なんて皮肉だ。

「生まれたばかりの悪魔は自らが何者であるかを知らずにただ泣き、そして、開けた目で沢山の光を見ます。妖精ですよ。ヒトの理不尽な死の数だけ妖精は生まれる。つまり、極端に短命な妖精の群れと悪魔の誕生は必然的に同じ場所で発生する。その光を見た悪魔はその新たな悪魔を弟子として育てます。僕も弟子なんですよ。師匠がいます。今は家出中なのです」

なのです、と可愛らしく言われても家出中だったのか。クレが小さく何かを囁き、細くて幼い足がぶかぶかのズボンから覗いた。

「僕はダメダメな弟子なので悪いお兄さんに捕まって、料理されそうだったから逃げてたんです」

「悪魔の血肉を食べると不老不死になると聞くが?」

「イヤだなぁ、食べたら内からぐちゃぐちゃって音がして皮膚が膨張、四肢が崩れ眼球が溶け落ちますよ」

ピーだピー!

放送禁止のあれが必要だ!

「……………」

「悪魔の血肉で不老不死とか、妄想に幻想に願望です。ヒトの負からできた僕らですよ?ヒトが食べたら正になるとか有り得ない」

何だろう、この色。この会話の後には赤い光が重たく感じる。

「あなた、これはあまり見ない方がいいです。悪魔の魔法は負です。ヒトの負です。それとも変なことしないか不安ですか?」

「琉雨に負担を掛けたくない」

「なら、これで終わりです。根幹には触れてませんので」

外の音が一切消えた。何も聞こえない。風の音もなにもかも。

『旦那様ぁ、大丈夫ですかー?』

琉雨の声がドアの向こうから微かに聞こえた。




「何か不思議な感じです」

不思議だ。

「平然と抱っこされている琉雨さんも不思議です」

「ほへ?」

「お前は一々言葉が多い!」

そして、僕の手首を掴んで引き寄せた洸祈さんは僕の耳に囁く。

(琉雨といちゃつくのは俺の特権なの!)

(“なの”って……琉雨さんが他の人にも知らずに抱っこされちゃいますよ)

(そんな奴は俺が木っ端微塵にする)

嗚呼、この人……目が本気だ。

(あなた、変態ですね)

(琉雨のことにだけは変態って言われていいさ。だけどその代わり、琉雨を立派な乙女に育てるのは俺だ)

(うわあ……開き直りが早いようで)

琉雨さんが知ったらどうなるのだろうか……。

洸祈さんは琉雨さんを膝に乗せてきゃいきゃいしている。脇から腕を入れてお菓子を琉雨さんの口に入れてあげるのは正直、おぞましい。

琉雨さんは見た目、11か12の少女。

多分、魔獣。

のわりに表情豊か。

しかし、妖精特有の匂いもない。寧ろ……カミサマ似?

まあ、学校には行ったことないだろう。琉雨さんの世界は洸祈さん中心のはず。

このままだと……―

「洸祈さんの思うがままですか!!」

「何が?」

「あ……いえ。ちゃっかり居座ってすみません」

右手はまだだらりと下がったままだし。琉雨さんの唇を摘まんで遊ぶ洸祈さんは僕を見た。

「で、何に追われてる?お前の言う悪いお兄さんってどっち?」

どっちかと聞かれたら……―

「政府か?軍か?」

「売人です」

洸祈さんはほんの微かに笑った。それはもう愉しそうに。




「正義の味方ごっこを始めようか」

彼の目は血に飢えているようだった。

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