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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
感じる意味。謝る理由。 【R15】
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感じる意味。謝る理由。(7)

陽季(はるき)君や!陽季君がわーるーい!」

「あ、桂取るとさっきの童顔さんだ」

「童顔!?30過ぎてんのやで!!」

「うわー、やめてくださいよ!俺、クラっときたのに!」

「きたん!?嬉しい……わけあるか!女装姿にクラクラやと!?キモいわ!崇弥(たかや)も……。あーもうっ!」



ぶつぶつと言う司野由宇麻(しのゆうま)は公園のベンチに座ってイライラを地に吐き捨てていた。

由宇麻の被っていたウイッグを弄る総一郎(そういちろう)は改めて桂一つで美少女に化ける由宇麻を見る。近くで見ると、益々、童顔。眼鏡が多少、年を上げるが、まだまだ若く感じられる。

「あの肉食系が……洸祈の……」

「肉食?ヒトは皆肉食やろ?あ、ベジタリアン?陽季君は肉好きやったはずやけど」

「陽季……銀髪…………陽季!?」

突然、目を見開く総一郎に由宇麻は首を傾げた。

「月華鈴の陽季!最高文化何とか賞貰ってた!大物俳優並の超有名人じゃん!」

「そんな有名人なん?せやけど、普通に歩いててもわーきゃー騒がれへんけど?」

「いや、あんな餓鬼には……。だって、授賞式の場面の真剣な顔の奴と目付き悪い不良と同一人物とは…………」

「なんや……いっつもあんなやん」

むすっとする由宇麻は「陽季君がぁ…?」と、人差し指と人差し指をぶつけていた。

「で、それが洸祈の何!?恋人とか言ってたよな!!」

ユウコこと由宇麻の説明ではハルコは洸祈の恋人だと説明されている。勿論、ハルコは男で、陽季だと言うことも。

「…………うん」

「マジかよ。…………愛の逃避行は……」

「愛……逃避行?」

「洸祈と駆け落ちしたヒト……」

「陽季君やな。それ」

長い長い溜め息を吐いた由宇麻はベンチの背もたれに凭れた。枯草色の髪が風にさらさら流れる。

「まさか!あそこは花街……え……っと…………有り得ない」

「ハルコは夢中になると、それだけを見る。崇弥だけに走って崇弥だけに嫉妬して崇弥だけに泣く。崇弥と駆け落ちしたのは陽季君や。陽季君は崇弥の昔の仕事も知ってる。総一郎君に都合が悪いんなら、この話はやめたるけど」

真っ直ぐな大きな瞳は総一郎から逸れることはなかった。

「もうしてるし。構わない……です。でも、琉雨(るう)って娘は……」

「娘がいるわけないやん。琉雨ちゃんは崇弥の護鳥……魔獣の一種らしいで。激愛振りはヤバいけど」

総一郎唖然。

総一郎のような魔法から離れた一般人の為の気遣いだったのか。はたまた、娘だとは2度は言わなかったのは、娘ではないが娘のように愛しているからか。

「陽季君は、崇弥は胸がでかけりゃいい。とか言ってさ、ホントに頑見してきて。崇弥、男なんやな」

何の膨らみもない自分の胸元をペタペタ触る由宇麻は「俺もパッド入れたら崇弥はメロメロになったんかな?」と残念がったが、総一郎は危険区域に進もうとする由宇麻に冗談でも答えることはできなかった。

「洸祈の好みは多分“母親”かと」

だから、胸がでかければいい……わけではないのかもしれない。

「館はそういう奴が多いから」と、総一郎は付け足した。

「いいん?それ」

不意に表情を引き締める由宇麻。

「俺はいいって。でも、俺の一人言だけど」

「分かった」

そして、頷いた彼は確かに姿勢を正した。



「館の売りの殆どは男。餓鬼ばっかで、暇と金を持て余した買いの殆ども男だった。かといって、女がいないわけじゃない。だけど、受けが相手する女は痛め付けが趣味とか、ろくなのがいなかった」

ウイッグで遊ぶ総一郎は地面を這う蟻を視界の隅で捉えていた。

「受けの沢山の売り子の中で一番、指名数が多い奴は花梨とかって呼ぶけど、館の最奥、籠の間の小鳥……(せい)は断トツの指名数で花梨だった。男だけじゃなくて女も確実に常連を持っていた」

甘えん坊で誰よりも幼い清は未熟で華奢な四肢も合わせて、一気に館で売り上げ1となった。しかしそれはつまり、誰よりも清は客の歪な愛も受け止めていたということであった。

「酷かったのは、真冬に窓枠に立たされて客の女に鞭打たれていたことがあった。それが発覚した時には打撲傷とか凍傷とかで、館唯一の医者があたふたしてた」

総一郎はその日最後の客の相手をして自部屋に帰ろうとした時、清達の部屋の前で(ろう)の唸りに似た叫びが聞こえた。冷静沈着な狼が何事かと慌てて部屋に入れば、清が……死んでいるのかと思った。

包帯でぐるぐる巻き。

顔だけは皮肉にも無事で、清はぐったりと布団の上に寝かされていた。狼が「畜生…畜生!」と繰り返して泣いていたのを今も覚えている。

「館で一番の売り子を殺し掛けたってことで女が問い詰められたんだけど、女はただ「清が私をお母さんと呼んだから」って、廊下の俺にまで聞こえるくらい怒り狂って叫んでた。それから、清がお母さんと呼んでいた女が複数いたことが分かった」

その女達には共通点があった。

「皆、胸がでかくて、激しい気性だろうがドSだろうがなんだろうが、一度でも一瞬でも清を甘やかし優しくしたことがあった。そういう女を、清は“お母さん”と呼んでいた」

それが洸祈の理想の母親像であり、もっというと“母親”だったのだ。

洸祈の好きな女は胸の大きい自分に特別優しいお母さん。お母さんみたいなお母さん。

そんな想いを総一郎も(さく)として感じたことがなかったわけではない。けれど、“お母さん”ではなく“こういう人をお母さんと言うのかな”程度だ。吉田(よしだ)家に引き取られて養母だけれど母親を持ってやっと“お母さん”を知った。

それに比べて、洸祈は母親―母親っぽいもの―であればなんでもいいかのような。いや、彼は母親という存在が一つでも増えればより安心するようだった。

「男と言うより、崇弥は昔と変わらず人付き合いが餓鬼やったんやな」

「まぁ、今は少しは男になったと思いますよ。小さな女の子にやらしい目付きしてるし」

「そんな犯罪まっしぐらな傾向でええわけないやろ!公園のベンチで遊んでる子供をニヤニヤしながら見てるんならともかく、ハーメルンの笛吹のごとく「お菓子あげるからついておいで」なんてしたら誘拐や!立派な誘拐犯や!」

しかし、ベンチでニヤニヤも、実害はないが通報されるだろう。

「兎に角、崇弥はハルコに騙されたとかやなくて…………すまんな。崇弥の友達やて聞いた時、俺達……主に陽季君やけど、新しい男やないんかとか疑ってたんや。本当にすまん」

「洸祈の宿泊先探してたんで、そちらから見付けて貰えてよかった。それに、洸祈はたこ焼きを食べられたようだし」

「だからといって、女装男子の偽乳にフラフラついてくなんて心配だよ」

(れん)君!?」

董子(とうこ)の押す車椅子に座る蓮は由宇麻に手を振った。

「蓮……って、狼!」

(さく)、だね」

顔を輝かせる総一郎に、過去を思い出してか、微かに眉を曲げてそれでも再会に笑顔を浮かべた蓮。

総一郎は動けない蓮に駆け寄ると強く抱き締めた。

「わわ。錯、公園と言えどモラルが……」

「生きてて良かった!お前なら清の傍にいるって。洸祈を一人ぼっちにはしないって思ってた」

「…………うん。僕も君が生きてて良かった。火事があって、僕は施設に送られて、優しい夫婦の養子になった。他の皆は火事の騒ぎの間にどこかへ。それ以来、僕は彼らの行方は分からない。君が火事に捲き込まれなくて良かった。君が生きてて……」

「ありがとう。ありがとう……狼」

蓮は自分への言い訳にしたモラルを放棄して総一郎の背中に腕を回した。




「ところで、雪癒(せつゆ)君は?」

「せっちゃんは神影(みかげ)君……知り合いに呼ばれてね。僕もちょうどいいから由宇麻君に会わせたい人がいるんだ」

「俺に?でも蓮君、団地の公園なのによう俺を見付けたな」

「そりゃあ……」

由宇麻の襟首から……漆黒の蝶が現れた。総一郎が真冬の蝶に目を丸める。

「何やこれ?」

「僕の可愛い盗撮兼盗聴機」

「盗撮兼……盗聴機ぃい!?可愛くあらへん!犯罪や!犯罪者や!」

「犯罪だなんてやめてよ。ちょっぴり専門的な人間観察だよ」

「蓮君に限ってそんな苦しい言い逃れ……いっそ、清々しい言い逃れなんてあらへんと思てたのに!」

肩を怒らせる由宇麻。しかし、彼の真っ当な理由からの怒りは指に止まって羽を休める蝶を愛でる蓮には届いてなかった。

「……もうええわ。言い合いは俺が負けるやけやし」

「僕としては張り合いがないけど、賢明な判断だと思うよ」

「張り合いって……蓮君に勝てる奴居るん?」

「ふふふ。手強いのは僕の父親かな。それ以外なら董子ちゃん」

榊原(さかきばら)董子さん?」

キョトンとした董子は蓮の発言に由宇麻と総一郎の視線を受ける。それに気付いた彼女は蓮の背中に隠れるようにしゃがんだ。

「ちょっ……蓮様、いい加減なことは言わないでくださいよぉ」

「僕は乙女の泣き落としには弱いよ」

「蓮君は男なんやな」

「崇弥と大違い」と溜め息を吐く由宇麻。父親以前に一友好を深める隣人として洸祈の将来が危ぶまれてならない。

「女なわけないでしょ。女々しい嫉妬ぶりの陽季君と一緒にしないでよ。ほら、崇弥も見付かったし、僕の用事もいい?」

「うーん」

由宇麻は眉をしかめる。

「うーんって、何か用事でもあるの?」

「いや、陽季君がな……迷子にならんのかな……とか」

「……………」

蓮沈黙。

「……………」

総一郎沈黙。

「……………わ、私は陽季さんなら大丈夫だと……」

董子フォロー。

「陽季君って崇弥以上の方向音痴でしょ。迷子確定だね」

蓮フォロー粉砕。

「連絡……携帯電話は?」

総一郎文明人的提案。

「崇弥は持ってへんし、陽季君は?」

由宇麻質問。

「崇弥は確か、携帯は落としたら個人情報流出して死ぬとか大袈裟に騒いでたけど、陽季君はどうなんだろうねぇ」

全てのフォルダにパスワードを掛け、登録者以外からの着信は拒否し、他者からの連絡のみに使われるプリペイド式携帯を持つ蓮は遠い目をした。

「陽季さんが持っていたとして、携帯の番号かメールアドレス……知っている人いるんですか?」

董子が真っ当な疑問を提示すると、

「知ってる?由宇麻君」

蓮は由宇麻に振る。

「俺?知るわけないやん。蓮君こそどうなん?」

由宇麻は蓮に振る。

「知ってたら聞かないよ。それに、崇弥の恋人と言えど、いや、認めたくないけど、憎々しい陽季君のことなんてプライベート以上のことまでは知りたくないね」

「蓮君にプライベートの壁は通用せーへんやろ」

「やだなぁ。的を射た発言だこと」

「認めるんやな……」

慎重派の蓮の図々しいまでの豪快さに言葉を濁す由宇麻。

「でもま、もう十分楽しめたし……」

「蓮君?」

「この子が由宇麻君だけにと?」

この子―美しき羽を揺らめかせて蓮の手に乗る蝶は触覚を動かして蓮の指を撫でた。

「まさか……」

「そのまさかだよ。嫌いな人間の居場所は常に把握し、いつ出会しても隙を与えないようにしないと」

片耳のイヤホンを外した蓮はにこりと冷笑し、耳に掛けていた髪を整える。そして、涼しい表情でどんよりと曇り始めた空を見上げた。

「さてと、しょうがないからホテルでばか騒ぎしている子供達を回収するとしますか」

「あいよ。俺の出番ね」

蓮の独白に応答するようにたこ焼きを食しながら赤毛のポニーテールにイヤリング、メタリックのネックレスとグラサン姿で登場した男。コートの首回りからは派手な色のシャツが覗く。

そして、男の悪戯な笑みの先には「千歳(ちとせ)坊っちゃま、東京へはいつお帰りになられるのですか?」と、不安と不満ばかりの彼が幼少期からの千歳付きの苦労性な執事がいた。

(みやび)の妥協で選びに選び抜かれたレンタカーで出発だ」



彼、(きり)千歳はこの場の誰よりも言い訳を重ねて大阪休暇を楽しんでいた。

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