感じる意味。謝る理由。(5)
今回、陽季がアホです。いつものことですが……。
「なにいぃい!!!!?」
「ちょっと、流石にここで君が怒鳴るのはみっともないよ」
「んだよ、二之宮!」
「僕は言い返せばいいだけだけど……―」
「“なに”とはなんやああ!!俺は起こしたやろ!!!!」
朝から寝間着にパーカーを引っ掛けた由宇麻は、洸祈を見付けられずに一夜が過ぎ、陽季に怒鳴られて逆ギレして泣き出した。
「馬鹿あ!!俺ゆうたやんか!ゆうた!絶対ゆうた!!」
「うっ…………っと……」
「僕は、起こしてくれた童顔君を無視して恋人放置したままぐーすか寝て、挙げ句に朝まで崇弥探して疲れて玄関で眠っていた童顔君を怒鳴り散らした陽季君は即謝るべきだと思うよ」
ドアの開いたリビングの椅子に座った蓮は、丁度よく見える玄関先でわーわーと泣き叫ぶ由宇麻に狼狽える陽季に言った。
「馬鹿あ!馬鹿陽季君!これで崇弥に何かあったら恨んでやるう!!」
「なっ!!!!…………っ…くそ!ごめん!ごめんなーさーいっ!!!!」
ガチガチと歯を鳴らせた陽季は彼等の寝室から顔を出した緒希と菖蒲を見付けて謝る。しかし、不貞腐れてしまった由宇麻はプライドの高い陽季の謝罪でも治まらず、蓮に駆け寄って抱き付いていた。
「悪いのは陽季君や!俺やない!」
「うんうん。そうだね。陽季君が悪い。寝坊助の陽季君が超悪い!」
「お前に言われる筋合いはねぇ!二之宮!」
額に青筋を浮かべる陽季。
蓮はクックッと喉を鳴らして愉しんでいた。
「若いっていいもんやな」
「そうやねぇ」
それから暫く続いた歪み合い(ほぼ陽季のみ)の中で堅い絆で結ばれている夫婦は微笑んでいた。
「昨日今日でまた迷子。もしかして迷子って崇弥の習慣?……あ、今朝のは崇弥は「迷子になる」とか言ってたっけ」
「それ聞いてて寝てたのかよ。洸祈が迷子なの二之宮せいだ」
「うわ、やめてよ。「エロいことは明日な」なんて言って眠りこけた日夜“エロ”と“睡眠”しか考えていない陽季君に言われたくない」
「『“エロ”と“睡眠”』だけって、どんだけ単細胞で変態なんだよ!」
「それだけ単細胞で変態なんでしょ?陽季君が」
「二之宮ぁあああ!!」
「蓮様、先程のは酷いですよ。昨日の陽季さんの奮闘、陽季さんは単細胞だけでも変態だけでもありません」
「つまり、少しは陽季君は単細胞で変態だと董子ちゃんは思うわけだ」
「いえ、そんなことでは……」
あーもうっ!
「エロでも単細胞でも馬鹿でもアホでもええから、ちゃんと探してや!」
「僕は陽季君との会話はおまけ程度にして崇弥探しに集中してるよ」
「お前は一々ウザいんだよ!俺だって二之宮との会話なんて寄り付く蚊を払ってる程度にして洸祈探してるし!」
「陽季君、久々にムカつくこと言ってくれるね」
「ふんっ。お前に構ってる暇ないから」
「あっそ」
一体なんなん!?この二人!
「なあなあ、ゆうちゃん。二手に分かれた方がええんやないけぇ?」
「分かれるべきやな」
未来予知ができなくても分かることがある。
この二人は一緒にいてはいけない。捗る以前に効率が悪すぎる。
近所迷惑だし、はっきり言って……―
「邪魔や!」
あ、つい大声で……。
「は?」
陽季君がヤンキーみたいや。
「え、何?」
蓮君が怒れる鬼みたいや。
「せ……せやから……」
「二手に分かれへん?」
雪癒君の有無を言わせない物腰が俺を救った。
まぁ、こうなるとは思っていた。
「雪癒君と陽季君は何か恐ろしいもん。せやかて……」
「何、文句あんの?」
何でこんな口悪いん?
「文句はあらへん……です」
俺は俺で、何で敬語使わなあかんの?
渡瀬さん達に一緒に年を越さないかと誘われてやってきた大阪。懐かしのじっちゃんの家は昔と変わっていなくて、安心したし、ちょっぴり淋しくなった。
じっちゃんは脚の動かなくなった俺を俺より細く骨ばった腕で抱き上げてベッドまで連れて行ってくれた。我が儘を言ってみたら、狭いだろうに、俺と一緒に寝てくれた。
眠れない時はじっちゃんが作った和菓子をくれた。それがまた食べたくて新作を作るじっちゃんの傍で夜更かししていたら、いつの間にか厨房の隅で本を読んでいたはずが、リビングのソファーに寝かされていた。そして、起きたら、皿に乗った「由宇麻スペシャル」と書かれたカード付きのケーキみたいな和菓子と、テーブルに突っ伏したまま眠るじっちゃんがいた。
そんなじっちゃんはいつもより老けていて、じっちゃんが逃げてしまわないように床を這ってじっちゃんの足にしがみついて再び眠ってしまった記憶がある。
『時雨』にいるとじっちゃんを思い出してしまう。
「―……のさん!司野さん!」
「…………へ?なんや?」
「“なんや”じゃなくて探してよ。ぼーっとしてさ、散々俺に言ったくせに」
「……せやった。すまんすまん」
今は崇弥を探すのだ。
迷子の迷子の…………。
「…………発見したんとちゃう?」
俺達の歩く歩道の反対側。昨日と柄が違うが、パーカーにジーンズにあの赤みがかった茶は崇弥だ。身長も見た目、記憶と当たっている。
「え?本当!?……こう……―」
陽季君は街中で堂々と叫び、手を振ろうとしたところで言葉が途絶えた。
「どないしたん?崇弥やろ?」
振り返って陽季君を見上げれば、真面目な……真剣なようで恐い顔だ。俺は視線を戻して誰かと歩く崇弥を……………?
『誰か』って誰?
「隣にいるの誰や?」
「……………男」
ドスの効いた声音。
じとっとした目で陽季君は崇弥達を睨んでいた。ここは何か仕出かす前に俺が陽季君の気を落ち着かせなきゃいけないと思ったが、話掛けようとして路地裏に引っ張られる。
「ちょっ、陽季君?」
「俺、約束したんだ。洸祈はできるだけ他人と寝ないって」
“できるだけ”でいいんかいな。
「だから、寝てほしくなかったらできるだけ俺に傍にいてほしいって」
「せやけど、エロ未遂やろ?」
「“エロ未遂”とかやめてよ。なんかキモい。じゃなくて、昨日、約束したばっかりだよ?有り得なくない?」
「エロ断った陽季君が悪いんとちゃう?」
「悪いんとちゃうの!昨日は眠かった。エロより睡眠。エロは明日。それで纏まってた!」
それで纏める陽季君は単細胞だか変態だと思った。
「エロエロやめてや!はずいやろ!!」
さっきから裏路地と言えど通行人の視線が痛い。痛すぎる。
「煩い!エロは大事なんだ!だけど、洸祈とのエロは慎重にしなきゃいけないの!裸エプロンはまだダメなの!」
5人だ。5人が目線逸らしてそさくさと逃げていった。
俺も逃げたい。
けど、逃げたらこの『エロ』しか言えない阿呆まで迷子になる。それは面倒臭い。
「結局、何言いたいん!?」
「司野さんの思い出の部屋でことに及ばなかった俺は正しい判断だった。と、言いたい」
「及んでたら二人とも店の裏の川に捨ててたわ!」
「でだ。洸祈は約束してまだ24時間も経ってないのに早速、破った。どうしようか」
何するん!?
縛り首!?
殺人!?
崇弥が殺される!?
「イヤや!殺さんといてや!」
「…………はい?突然何?」
「崇弥にはエロが大事やったんや。せやから、陽季君に断られて悲しかったんや。だから……殺さんといてや!」
「洸祈にはエロが大事……あ、そうなの。エロか。そうだな……エロだ」
……………?
陽季君の笑顔は不気味だった。