感じる意味。謝る理由。(3.5)
結局、『庶民の敵』と命名された二之宮は、緒希や菖蒲にも言われて泊まらせてもらうことにした。そして、董子を除いたお泊まりの男達は由宇麻の部屋で仲良く雑魚寝をすることになった。
ベッドは脚のことも考慮して二之宮が陣取る。
床には洸祈、陽季、由宇麻、雪癒の4人だ。
しかし、現在、由宇麻は緒希達から隠れて酒をたしなんでいるだろう雪癒に呼ばれて部屋にはいなかった。
「暇ぁ」
彼は猫なで声で囁くが、
「崇弥、煩い」
「洸祈、ちょっと煩い」
年上二人は冷たかった。
「ねーえー、遊ぼうよ。ねーえー陽季ぃ。陽季は寝たろ?」
「疲れたんだよ……」
陽季は洸祈に背を向けた。
遊び相手がいない。
むぅっと頬を膨らました洸祈は陽季の布団に潜り込むと、胸をまさぐり当てて刺激を与える。
「うわっ!!」
陽季は当然飛び起きた。
「何するんだよ!?」
目をしょぼしょぼさせながら洸祈の手を払い、捲れた服を下ろす。
「二人とも煩い」
二之宮の布団を巻き付ける音がして、気に食わない相手に怒られた陽季は洸祈を睨んだ。しかし、陽季の腹に狙いを定めていた洸祈は抱き付く。
「ちょっ、洸祈!はーなーれーろ!」
「やだ!エロ!エロいことしようよ!」
陽季の太ももを撫で、指がズボンに侵入する前に、陽季は洸祈を放り投げた。投げられた彼は自らに割り当てられた布団に戻ってしまう。
「うー。ケチ!遊ぼうよぉ!!」
「今日はもう寝たいんだ!エロいことは明日な」
乗ってきそうな陽季が乗ってこない。
陽季は再び背を向け、寝息を発て始める。
「二之宮ぁ」
「僕は睡眠中だ」
と、睡眠中の二之宮は言った。
…………………………。
「もう俺、迷子になるから」
洸祈は部屋を脱け出すと、夜の大阪へスニーカーを向けた。
「なぁなぁ、二人とも。なぁ蓮君、陽季君」
ゆさゆさと揺り動かされて二之宮は目を開けた。
「童顔君……騒々しい。安眠妨害で訴えるよ」
「……煩い」
二之宮は欠伸を繰り返し、洸祈の恋人の陽季は布団に潜って小山にする。
「崇弥はどうしたん?」
「陽季君とえろいことしてた」
…………………未遂だけど。
「そんで、何処行ったん?」
「迷子になる…………とか」
ぱたり。
二之宮は眠りこけた。
「過保護な癖にいいんかいな」
由宇麻はコートを着込むと、残されたままの洸祈のコートを胸に抱いて階下へと降りる。そして、夜の大阪に出た。
「放すけぇ!我は大人や!!お前より何百倍も長生きしとる!」
あれは……知り合いか。
「子供のくせに生意気やな!靴履いてないし!家は何処!?パパやママは!?」
「決まった家などあらへん!我は一人やけぇ!!この誘拐犯!!」
「警官だ、ぼけぇ!」
「いっ!殴ったあ!!暴力反対!暴力漢!暴漢!」
「なんやて!!くそ生意気な餓鬼!!」
「餓鬼はどっちや!我の10分の1も生きてない分際で!!」
名前は…………えっと…あぁ…―
「雪癒。少し目を離した隙に。靴も履かずに……駄目だよ、離れちゃあ。口悪くてすみません、お巡りさん」
「っ…………ちゃんと見といてください。第一、子供を連れてこんな遅くに出歩かんでくださいよ」
「お通夜で……退屈させたようです。以後気を付けます」
「少年、もう離れるんやないで」
「ふんっ。少年ちゃうわ」
「雪癒。帰ろうか」
今日は少し面白いものが見れたな。
「何の用や?」
雪癒は握られた手のひらを振り払って訊いた。
『助けただけ』
横目に見送る警官を見、懲りずに握り直した女性はただただ歩く。
「助けてもらんでええ。我はあんなひよっこより大人や」
諦めた雪癒もただただ歩く。
『へぇ。サイジュはどうしたの?』
ぴたり。
「楽兎って我を呼んだ挙げ句に馬鹿を言いおった」
止まった雪癒は俯き、地に呟く。
『雪癒は気難し過ぎ』
道を変え、土手に腰を下ろした二人。雪癒は手近な草をむしっては川に投げ入れる。それを彼女は眺めていた。
「………我は雪が嫌いや…………大っ嫌いや…」
『そのくせ“雪癒”だよね』
雪を癒す名の彼は言う。
雪が嫌いだと。
「氷羽が勝手に付けたんや」
『それを律儀に使ってる。彩樹に怒ってまで』
「あーもう!お前は痛いとこ突いて楽しむのが好きやのぉ!!」
『痛いとこなんだ』
クスクス。
「うっさいわ!シュヴァルツにでも捕まって痛いとこ吐かされてしまえ!」
黒の瞳が輝いた。女性はおっと仰け反るとわしゃわしゃと雪癒の頭を強く掻き回す。
『やだなぁ。捕まらないよ』
何を根拠にするでもなく言うのに雪癒はそう思ってしまう。それほどに彼女が強いと言えば強かった。
「リクを引き入れたとのぉ」
『引き入れた?違うよ。リクの方から勝手に手伝うって』
「リトラが傷付いとる」
『彼女には悪いけど私に嘘は吐けないよ。ま、雪癒がいいようにしちゃうんでしょ?』
そして、女は真っ赤なマニキュアの付いた指でぷにぷにと雪癒の頬を突いて遊ぶ。彼女は「若々しいね」と笑い、 『憎たらしい』とにやける。
「我は訊かれんと答えへん。リトラが訊けば事実を我は伝えるまでや。ま、お前は信用できんからのぉ」
『雪癒、長い旅をして、沢山の経験をして、君の心は酷く狭くなった。確かに見送り続けた君は堅くなってもおかしくないのかもしれない。けれど、人間より悲しみが多い分、君は人間より多くの喜びを得たんじゃないか?』
「布教か?我も引き込もうってやけぇ?」
雪癒はつまらなそうに立ち上がると女に背を向けて土手を上がり始めた。
『再びこの世界は終わる。戦争が起きるよ。政府は数で。軍は力で。次は人が災厄を起こすんだ』
「我は止めない。絶対にや。傍観者であり続けるんや。昔のように」
『楽兎であり続けると。分かったよ。ならば、私達の邪魔はしないでくれよ』
と…―
足を止めた雪癒。困ったような、何か言いたげな顔で振り返る。
『どうしたんだい?』
「復讐は嫌いや。我は傍観者やけど、フローラが愛した世界を壊す奴はお前でも容赦しないけぇ」
『雪癒は私達の敵なのかい?』
「敵やない。フローラの愛した世界は我らの家。我は彼女がとてつもない時間を掛けて作った家を護りたい。それだけや。無意味な干渉だけはしないでくれと言うとるだけや」
分かるやろ。
雪癒は今度こそ前を向いてゆっくりと歩きだした。