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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
感じる意味。謝る理由。 【R15】
178/400

感じる意味。謝る理由。

(れん)が最後に彼の頭を撫でると、彼はフッと意識を飛ばして蓮の腕に凭れた。





千歳(ちとせ)ぇ!!!!!!!!!!」

叫ぶ。

歌姫にあるまじき行為だ。

どたどたという音は近付き、千歳と董子(とうこ)が現れた。

「蓮様!」

部屋に駆け込んだ董子は蓮に抱き付く。蓮はそんな彼女に外傷がないのを確認すると、陽季(はるき)洸祈(こうき)を眺める千歳を見上げた。

「千歳、今すぐ二人を遠くに連れて行きたい」

「はいはい。既に準備はオッケーだよ」

近くのハッチを開けた千歳は待機していたレイヴンの背中に二人を乗せると、「落としたら承知しないぞ」と鴉に声を掛けた。


「蓮、抱っこ」

この事態に蓮は渋ることなく千歳に抱っこされる。

「董子ちゃん、すまないけど車椅子を頼めるかい?」

「はい」



(きり)の貸し切り済み飛行機には「千歳様」の執事にメイドがいた。


「薬飲ませた。話が纏まらなかった時も考えて……。怒るかな」

蓮は洸祈の髪を鋤いて呟く。

「バレたらな。でー?何処行きたいわけ?」

「大阪」

蓮の即答。

「大阪?たこ焼きか?」

神影(みかげ)君がいるから。ちょっと野暮用に。それに何より、この子達の相談相手になってくれそうな人がこっちにはいるから」

「はいよ。じゃ、大阪に向けてしゅっぱーつ!」







「はろ~、神影く―」

「帰れ」

ばたん。

彼らの目の前で扉は勢いよく閉まった。

「挨拶の前に帰れとはね」

「いいんですか?野暮用は……」

「いいよいいよ。彼は科学者として僕の頼みごとは無理だと判断しただけだよ。出来ないことは出来ないとは言わずに、それを相手が察することないように断る。これぞ科学者だ」

くすり。

嘲笑いのように聞こえるのは董子だけだろうか…。

『そんな見え透いた挑発に乗るかよ。ばーか』

扉のすぐ向こうから神影のくぐもった声。

「わぁ、まだそこにいたんだ」

「蓮様……」

「神影君って可愛いよね」

愉しくて堪らないといった蓮の囁き声。董子は苦笑する。

『聞こえてんだよ、蓮!!!!』

「お子ちゃまだねぇ。ねーえー、入れてよ。入れてくれなきゃ神影君が6歳のまだ初々しい時の写真をせっちゃんにあげちゃうよ?向日葵と背比べなんて」

ばたん!

「入れよバカ野郎!!!!」

神影は牙を剥いたのだった。



「せっちゃん!!」

「はにゅあぁ~蓮やないけぇ!」

両腕を広げた蓮。ぶかぶかの白衣を着た少年は満面の笑みを浮かべて、がばっと蓮に抱き付いた。

「また見いひん内に大きなったなぁ」

小さな少年は蓮の腹に顔を強く埋める。

「せっちゃんは変わらないね」

「これでも約0.3ミリは伸びたんで?」

「お、成長期?」

「そーなぁ。多分せーちょーきぃやっちゃ」

にこにこと柔らかい笑顔が二人の間で飛び交う。

「うーん。せっちゃんは天使だねぇ」

「蓮も愛らしいで」

そんな中で、普段、満面笑顔を貰えない董子は残念顔、神影はイライラ顔だった。

「おい!用件はなんだ!!」

痺れを切らした神影は腕を組み、仁王立ちで声を荒げる。蓮はごめんねぇと少年を下ろすと神影に向き直り、ポケットからペンを取り出した。

「これ、調べて」

「ただのボールペンだろ?」

「そう思う?」

神影は徐にノックをし、ペン先が…―

「へぇ。凝ってんなぁ」

先からは注射針が覗いていた。

「ほんとは明日にでも送り付けようかと思ってたんだけど。びっくり玉手箱でね」

ばーん。両手を広げて蓮はいじわるく笑む。

「つくづく嫌な奴だな。“無駄”に時間を賭けてないか?」

カチャカチャとボールペンを分解する神影はもう飽きたと言わんばかりにだるそうな気を放つ。それを蓮は手で払う仕草をすると車椅子に肘を突いて欠伸をした。

「無駄があっての美と僕は主張するかな」

「そーや。神影はお堅いのぉ。一度は我の手伝いなどええんやないかぁ?」

蓮の膝が定位置の少年は自分の宝物を語る子供のようにきらきらと目を輝かせる。

「機械弄りの何処に美が?雪癒(せつゆ)、早くあのがらくたを片付けてくれないか?」

「聞いたん?神影は神影の美の場を与えとる我から我の少ない美の場を奪う。自分勝手やのぉ。傲慢やのぉ。いっつもそうや」

…………………………………。

「俺が悪かったよ」

あっさり。

雪癒の力は強かった。雪癒はふふんと鼻を鳴らすと蓮の膝上で丸まる。蓮はそんな彼の黒髪を鼻唄を唄いながら結わえていた。


「で?どう?」

「ん~…一種の催眠剤だな」

「ふーん」

「日本じゃ手に入らない代物が使われている」

「ふーん」

…………………………………。

「頼んどいてその薄い反応はムカつくの度を超すな」


ふーん。


がたっ。神影は眉間に皺を寄せて立ち上がりかけて止まる。それは、蓮の表情が暗かったからだ。

「……どうしたんだよ」

「それ、僕の知人が刺されかけたものなんだ。インターホンが鳴って、何かと訊ねたら予防注射のボランティア」

「は?ボランティア?気持ち悪っ」

神影がしかめっ面をすると蓮もうんうんと深く頷いた。

「知人は当然、怪しいから断ろうとしたんだけどしつこくって、パンフレットだけでもって言うからドアを開けたんだ。そしたら襲い掛かってきて。無理矢理注射しようとしたから暴れて、彼、護身術できるから逆に組み臥せて。警察に突き出そうとしたら、その怪しい人、彼のスキを突いて逃げてったんだ」

「…………その知人まずいだろ」

「政府やないんけ?そーやろ?神影ぇ」

「カトラスコーク、ガトラスコーク。どれもその悪質さから日本への持ち込みを禁止したものだ。お前の知人、下手したら死ぬぞ?日本で唯一これらがあるのは政府の中央だけだ」

そーなんだよねぇ。蓮は溜め息を吐く。

「監視だけじゃ無理あるかな……ねぇ、董子ちゃん」

そして、蓮は突然話を思わぬ人物へ振った。

「はいっ!?」

神影の隠れ家の住居人の神影本人を含めた3人目、シアンと隅でお茶していた董子は顔を勢いよく上げた。

「えーっと…………何でしょう?」

にこにこ顔のシアンと打って変わる焦り顔の董子。彼女は赤い頬を蓮に向ける。そんな彼女を見て無表情に微かに不穏な空気を漂わせた蓮は、一瞬で涼しい笑みを見せる。

「詳しい解析は任せるから、僕達は行こうか」

「あ、はい。分かりました」

車椅子のレバーを握った董子を蓮の膝から見上げた雪癒は命知らずだ。

「あんたはシアンが好みなんかぁ?もっと激しいやっちゃが好みかとばっかり思てたわ」

…………………………………。

冷えきった空気。


がさがさっ。


妙に響くビニールの音。

「あ、忘れてたよ。せっちゃん…はい、お土産」

蓮はポケットから包まれたラムネを取り出し、雪癒が受け取る。少年は包みを剥がすと幸せそうに頬を片方膨らませた。

「きぃきくなぁ。蓮、いつもあんがとやぁ」

「どーいたしまして。ねぇ、神影くん」

ジロッ。

神影は何を言うか分かる気がして白衣を脱ぎ捨てると伸びをして寝室に向かおうと…―

「“好い”教育には好い指導かな」

蓮の含みのあるそれに神影はほんわかを飛ばすシアンを睨んだ。

「シアン、辺り構わずチャラついてるとリトラに言い付けんぞ。馬鹿」

シアンが密かに想い続けている同級生の名前をあげた神影が舌打ちをする。

「チャラついて……えー!?一体僕が何したって言うんですか!僕は彼女が…―」

夜明けの瞳は澄みきり、董子を見詰めた。

董子は…―

「だめー!!…ですよ……ね?」

はぐらかす董子に蓮が不機嫌顔しかできないのは彼が不器用過ぎるからだろう。

「……後々訊かせてもらうよ。じゃあ、僕らは帰らせてもらう。一応、家のことは友達が見てくれてるけど」

蓮は神影に「ありがとう」と手を振り、

「東京帰るん?」

雪癒が蓮に力強くへばりついて離れなかった。

「友達のとこに何の説明もせずに置いてきてしまった大きな荷物を回収しようかどうか訊いたら東京に帰るよ」

「なら、そこまで案内したるぅ!」

傍にいたくて堪らない。そんな風に子供の瞳は揺れていた。

「せっちゃん小さいでしょ?僕、誘拐犯は間違われたくないよ。それにメインストリートを真っ直ぐの和菓子屋だからきっと分かるよ」

すると、華やぐ雪癒の顔。

司野(しの)の坊ややろ?ゆうちゃん来てるんか?なぁ、我もええやろ?さいちゃんとは酒飲み仲間なんや。今宵の満月、さいちゃんと飲みたいん」

見た目子供は「お酒ぇ…」と頭をブンブン振る。蓮は呆れるとコートを雪癒に掛けた。

「せっちゃん、これ着て顔隠してついてくるならいいよ」

雪癒には神影が作ったいくつかのルールがある。

その中の2つに、「夜中の外出禁止」と「外では見た目通りの子供らしく振る舞う」がある。これも神影が保護者として雪癒と夜の散歩をしていたら職務質問をされたからだ。お巡りさんには神影を雪癒の保護者だとは信じられなかったらしい。

「蓮がいるなら丸やな。神影、シアン、行ってくんけぇ」

「行ってらっしゃい、雪癒君」

シアンが手を振る。

「気を付けろよ。ま、職質されたら大声で誘拐されたって言え」

神影は彼なりの見送りをした。





「蓮、東京の話を肴に盛り上がろーなぁ」



車椅子を押す董子の裾に掴まった子供のシルエット。

「顔隠してもバレバレだな」

「ですね」

「にしても、雪癒には“善い”教育が必要だな」

「子供の常識からじゃないですか?子供は『お酒と騒がない』とか」

「子供は『蓮の憎たらしさを本能的に察知する』とかな」

「神影さんって案外蓮さんが好きですよね」

「頭は切れる」

「性格は…―」

「最悪。あいつは好きか嫌いしかない。俺は“嫌い”だな」

「好きだと思いますよ?僕は好き嫌い以前のヒトですから羨ましいです」

「そうか?ヒトの方がいい。あいつは口を開けば憎まれ口しかない」

「優しいのに。好きだからからかいたいのでしょうか?」

「そんなかことあってたまるか。気持ち悪い。どうせ罪滅ぼしかなにかだろう」

「罪滅ぼし?」

「あいつの好きは危険だ。寧ろ、嫌いの方がマシかもな」

「ワケわかりません」

「残酷な奴なんだ。雪癒みたいに心を持たない奴はあいつの好きに入っても被害は受けない。持ってる奴はあいつの好きに入ったら絶望しかない。だから嫌いの方がマシなんだよ」

「董子さんは?」

「知るか」

「よく話に出てくる洸祈君は?」

「知るか。寝る」

「はい。あ、ユウリさんが近い内に会いに来るそうです」

「あっそ。お前が相手しろ。馴染みだろ?」

「だけど切羽詰まっているようでした」

「一体何?離婚話か?ないか。あの夫婦に」

「ないですよ。なんせ奥さんはカーテさんですから。それで……また大きく動いたと」

「へぇ。……リク」

「僕は……まだ信じられません。リクさんが裏切ったなんて。……だって必死に行方を探しているリトラさんが可哀想じゃないですか!」

「アリアスに会うしかないさ。アリアスのくそったれにな」

「口悪いです」

「おやすみ」

「おやすみなさい、神影さん」

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