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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
感じる意味。謝る理由。 【R15】
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指切り(3)

嘘吐きは嫌い。





洸祈(こうき)、やめなさい」

予想外……というわけでもない。

陽季(はるき)君から離れるんだ」

「厭だと言ったら?」

あーあー。

車椅子が通らないからって腕で這ってくるとは。滑稽だ。

「随分と挑発的だね、洸祈」

その格好で言われてもね。

(れん)こそ図々しいね。俺と陽季の問題に首突っ込まないでよ」

「君の魔法で僕の友人達が蒸し焼きにされかけている。今すぐ魔法を止めろ」

命令形かよ。

ほんとっ図々しい奴。その軟弱な身体でさ。這ったままだし。

「蓮がそのお友達と一緒にすぐここから去るならね」

邪魔をするな。

「政府に捕まるよ。軍もただじゃおかないと思うし」

「ああ。もうどうでもいい」

鎖はもう切れている。あとは時期だけ。それに守らないといけないものもまた1つ減った。

ね、陽季。

「一旦話はストップだ」

「蓮から始めて蓮から終わる。次の始まりは俺だね。いいよ、ストップだ」

蓮の伸ばされた手を掴んで引き上げる。だらりと垂れた両足は、人間の作った最高傑作品が人並みの寿命を得た代償。



「歩けないって辛いよね」

俺にも歩けず車椅子で生活をした時があった。

「押してくれる人がいるから辛いけど辛くないよ」

優しく……でも力強く抱き締めてくる蓮は俺の耳許で言う。

「蓮が押してくれた」

ふふふ。

笑う蓮は大人びている。

俺とは違う。

「蓮は……」

「なんだい?」

「蓮は淋しくならない?虚しくならない?」

気絶する陽季の隣の椅子に蓮を腰掛けさせた。蓮はちらと陽季を見ると「何で?」と俺を見上げてくる。

「俺は淋しいし虚しい。俺、本当は何をしたいんだろう……」

陽季と喧嘩したかったのかな。


「洸祈」

おいで。

心地好い蓮の声が炎に溶ける。俺は蓮の隣にしゃがむと、添えられた手の誘導に従って彼の膝に頭を乗せた。耳に温かい手が触れてくる。

「僕には遊杏(ゆあん)董子(とうこ)ちゃん、セイやスイ、最近なついてきたリュウ君がいる。それに洸祈も。用心屋の皆、多くの人がいる。すれ違いもあるし哀しいこともある。だけど、それ以上に笑ったりはしゃいだりする。だから僕は淋しくないし、虚しくないんだ」

「分からないよ。多くの人がいても俺は満たされることがない。いつも何処か物足りない。胸はふとしたとき疼く。酷く疼く」

俺はおかしいんだ。

男の俺が好きな陽季もおかしいし、それを拒まない俺はもっとおかしい。あるべき道順から外れて平然と男と交わって。

俺のことなのに理解できない。

俺は変人だ。

頭がおかしい。

優しい男なら誰でもいいと考えたりして。

だから淋しくて満たされない。何でもいいと投げやりになってしまう心は常に飢えてしまう。

何が欲しい?

何をしたい?


俺の望みは何?


蓮の頬に添えられた手を胸に持ってくると蓮はゆっくりと優しく胸を撫でてくる。

「あのね、洸祈」

「んー?」

「こんなこと言ったら、君は怒るかもしれない……。洸祈は……―」

あ、分かる。

「きっと俺はセックスでしか満たされないよ」

それも男と。

俺は最低な人間だ。

「あの時の快感と苦痛が全てを忘れさせる。蓮、キスして。激しいの頂戴」

見開かれ、悲しみの色を浮かべる蓮の瞳。体を起こした俺は肘掛けに手を突いて蓮に迫った。

近くで見る蓮は綺麗だ。伏し目がちの紺の瞳が炎に揺れる。

「蓮……蓮………」

「……分かった」

濡れた唇の隙間から吐息を溢した蓮は俺の唇に触れた。そして、俺達は激しいキスをずっとする。

陽季の横で舌を絡ませ、息を詰める。

もっとと食い付き、互いに触れる。

「もっと…頂戴」

「洸祈……忘れないで。僕らは慰め合いしかできない」

忘れてない。

だけど、今は慰め合いでいい。

「蓮は嘘吐かないから。俺を絶対に縛らない」

「陽季君は嘘吐き?」

嘘吐き。

今の今まで俺を騙すくらい。

「嘘吐きは嫌い」

陽季は最高のペテン師だ。

「言ったのに。俺を幸せに……自由にしてくれるって」

言ったのに。

言ったはずなのに。

「陽季はコインを作っていた」

蓮の手が止まった。

これはまさか………―

「……………蓮まで共犯者?」


「僕は知っていたよ」


ああ、そうなるんだ。

「だけど僕は君には嘘を吐かないと誓ってるから」

「じゃあさ、陽季が持っているはずのコインはどこ?」

陽季は持っていなかった。ジャンパーのポケットもズボンのポケットも調べたけれどなかった。

「どこにあるか知ってる?」

「洸祈が壊しても役所に申請すれば陽季君は新しいコインを手に入れられる」

「ならどうしろと?」

本当は蓮に訊くまでもないんだ。

どうすればいいかなんて知っている。

簡単だ。

陽季を殺しさえすればいい。

契約が誰かの手に渡る前に陽季の命を止めればいい。

この炎で一瞬にして灰にするとか。

首を絞めて散々苦しむ顔を見てから殺すとか。

俺に嘘を吐いた罰に。


「嘘吐きだね」


え?蓮?


「洸祈の嘘吐き。嘘吐きは僕は嫌い」


『嘘吐きは嫌い』


「何……言って…………」


嘘吐きは……―


「洸祈」


蓮は俺を呼ぶ。

ぺちん。

平手打ち……だった。

その動きに流れた鈍い金髪が蓮の表情を隠す。

「い…………たい」

痛いよ、蓮。

「僕は君に嘘は吐かない。だからこそ、君に嘘を吐かれるとムカつく。嘘吐き。嘘吐き洸祈」

『嘘吐き陽季』

「俺がいつ嘘吐いたんだよ」

「いつも。あれから何年?10年くらい?」

あれ…………ね。

「だから?それが何?悪い?」

館が何?

「洸祈は醜いね。僕もだけど」

俺は醜いよ。でも、仕事だったし。

「陽季君には醜い姿は見せたくないって言ったね。でもさ、見せてる」

なら蓮は、陽季なら大丈夫だと言ったよ。

「襟から首の痕がよく見えてたよ。そんな日は、昨日もしてたんだって思ってた」

「………………寝ちゃだめって言いたいわけ?」

「それだ」

何?「寝るな」と?

「洸祈は幸せになりたいんでしょ?陽季君と幸せになりたかったんでしょ?」

“なりたい”し、“なりたかった”。

「なら何で?陽季君は仕事。洸祈だって仕事。離れることが多い。洸祈の身体は自慰じゃ足りないことだって知ってる。だから、埋め合わせに寝るのは仕方がないかもしれない。だけどさ、何で隠しもしないわけ?」

『隠す』って……それじゃあ、まるで…………。

「洸祈は最低だよね。男とセックスしないと満たされない?それで言い訳になると?円満な夫婦の陰に妻の花屋のアルバイト君との浮気が成り立ってるように、浮気だろうがセックスだろうがはちょっとした刺激なだけなんだよ」

蓮の指が俺の唇を撫でる。そして、微かに濡れたそれを蓮は舐めた。

「素敵な家庭に大事なのは隠すこと。嫌なことやあってはいけないことは隠すこと」

恋愛に大事なのは隠すこと。

幻を見ること。

「それがバレたら離婚話なんて淡々とトントン拍子に進む。本当は夫だって若い娘の胸の谷間を盗み見ていたとしても。本当は一緒にいたかったとしても。終わりは呆気ないんだよ」

「本当は……」

一緒にいたかった?

「洸祈は?隠すつもりなんて真っ平でしょ?」

首にキスマークが付けられていたことは知っていた。だけど、俺は…………隠すつもりなんて沸かなかった。

「幸せになりたいんじゃないの?恋人が毎度会う度に首に他人の痕付けて、隠しもしないんじゃあ、破局して当然だよ。洸祈は陽季君に一体何の努力してるの?」

俺の努力は何?

「女じゃなくて男に花束買ってきたのは誰?」

『俺の好きなお前の目と同じ緋色の花だよ』

陽季は高そうな特大の花束をくれた。

「男同士であることに本気で悩んで一生懸命なのは誰?」

『男でごめん。でも、後悔はしてない』

陽季は綺麗な手のひらで俺の頭を撫でた。


「洸祈を誰よりも大事に愛しているのは誰?」

蓮?


違う。

誰よりも大事に愛してくれているのは……―


「泣いてるね」

そう?俺、泣いてるんだ……。

「今日は陽季君からにっくき僕のところまでやって来て、君の居場所を探して欲しいって」

陽季はいつだってこんな俺のために奔走してくれる。

「洸祈は嘘吐きだよ。陽季君と幸せになりたいなら洸祈もそれに見合うだけの努力をしなきゃ。それとも、洸祈は陽季君とじゃなくても幸せになれるの?」

なれるかどうかじゃなくて、

「……陽季と幸せになりたい」

「陽季君も洸祈と幸せになりたい。だけど、洸祈は努力が足りない。陽季君との初体験は断って、月華鈴の双灯(そうひ)さんとそのすぐ後に同じホテルで寝る。『何で?』そう思わずにはいられないよ。洸祈の癖が浮気なら、陽季君のコインも似たようなものだ。けどね、陽季君のコインは陽季君の満足じゃない。洸祈の為にだよ?隠しもしない浮気症の洸祈が、それでも好きだから。一緒にいたいから」

「でも陽季は俺のこと嫌いって言った。それに、コインは……嫌だ」

どんな理由だろうとコインは嫌なものは嫌だ。鎖でしかない。

「洸祈!」

蓮が久々に大きな声を出した。

「洸祈は自分勝手だよ!普通、あんなに洸祈が好きなのに洸祈に裏切られてコイン作るだけなんて有り得ないよ!陽季君があのコインで洸祈の記憶を全部なくすとかしたら、奴隷にすることだってできるんだ!だけど、陽季君はそんなことしない。洸祈のことを想ってこそだよ?じゃなきゃ、今頃、陽季君はコイン使って、僕が彼を事故死に見せかけて殺してるよ!」

1つだけ、陽季に対してはっきりしていたことがあった。

陽季は一度たりともコインを使ってない。

「陽季君は我慢強いんじゃない!陽季君は洸祈が好きなだけなんだよ?好きだから傷付けたくない。傷付くのは自分だけでいい。こうやって洸祈に痛め付けられても自分が傷付いて洸祈の気が治まるなら、洸祈の痛みがなくなるならそれでいいって考えてるんだよ!?浮気しまくってる洸祈にムカついたって洸祈が傷付かない言い方しかできない!僕が言わないと洸祈に『嫌い』すら言えないんだ!」

陽季は俺に甘い。

甘過ぎて好きなのは俺自身よりも体なんじゃないかって思ったり。だけど、実際に言われたら胸が痛くて。混乱して。

陽季に嫌われたくない。

「陽季君はとんだ馬鹿で阿呆で救いようもないドMの糞野郎だよ!」

蓮が泣いていた。

俺の馬鹿のせいで。

苛々のせいで。

陽季の馬鹿のせいで。

「糞野郎!洸祈と陽季君の糞野郎!」

ポロポロと水滴を膝に落とす蓮。

「蓮…………ごめん」

「泣きながら謝ったって知るか!馬鹿!」

「ごめん……ごめん………………ありがとう」

「………………ぐすっ」

俺、糞野郎で馬鹿でごめん。


蓮、ありがとう。




陽季……ありがとう。


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