指切り(2)
「うっ…」
寒い。
凍えるほど寒い。
「ここは…」
青色のそれは炎。美しく、幻想的で触れようと手を伸ばす。
「死にたいの?」
その炎から出てきた声の主は知っているヒト。
「こ…き…」
洸祈。
「触ると一瞬で灰になるよ」
一瞬で灰になる。
恐くなって後退りをした。洸祈からじゃない。炎からだ。
すると、
「…………………」
洸祈の緋の瞳が細くなった。
「俺が恐い?」
そう問うてくる。
「違う。……火を消してくれ」
炎が恐いんだ。
第一、洸祈は火が嫌いなんだろ?
「消したくない」
「何故…」
「逃がさない為であり、邪魔をさせない為」
誰を逃がさず、誰が邪魔をするんだ?
「少し煩い。黙って」
ここは何処だ?
これは椅子だ。
「静かにしてよ」
一体…何が…―
「煩い」
痛い。
最大限まで背凭れを落とした椅子に洸祈は俺を仰向けにして背中を押さえ付けてきた。
「洸祈!」
何するんだ!
「黙ってって言ってるよね?」
もう片手で頭を強く押し付けられる。額と鼻が痛い。喋れない。
何が起きたんだ。何故洸祈は怒っているんだ。
いや…―
覚えがある。
俺は二之宮に不覚にもまた助けられ、飛行機に乗り込めた。乗客を無理矢理追い出してくれて静かになった機内で洸祈と知らない男の声が聞こえたから、俺は問答無用で男を機内から蹴り飛ばした。
そして、俺は洸祈に言いたかったことを全部ぶちまけたんだ。どんなに好きか伝えたくて。
だけど…………。
「思い出した?」
嗚呼……思い出した。
「陽季の嘘吐き」
耳を噛まれる。多分、血が出た。
「さっき、陽季からのプレゼント捨てた」
そうか。ごめん。
でも、ふらふらしてるお前も悪い。
「俺はね、怒ってる」
舌が首を這う。
「だからね、陽季の言う通りのヒトになるよ」
おかしいだろ。怒りたいのは俺の方だ。誰のせいで俺はコインなんて胸糞悪いもの作らなきゃいけないんだ?お前に言ったら怒るって分かってた。だから言えなかった。
結局、お前が曖昧だからだ。
『お前にとって俺も所詮客だったんだろ!』
俺はそんなことが言いたかったんだっけ?
「陽季、仕返しだ」
俺を引っくり返す。文句を言う前に俺は洸祈に何処から持って来たのか、布で口を塞がれた。
「陽季は俺にとってお客様なんでしょ?だからね、お客様が俺にしてきたことで仕返しをするね」
やめろ。
放せ。
「お客様はね、俺に言うの。可愛いねって。そしてね、俺を殴るんだ。腕を足を肩を胸を可愛いって言いながら」
洸祈は俺の腕を強く掴んだ。こいつの握力が馬鹿みたいに半端ないと気付かされる。
骨が軋む感触がする。
痛い。殺される。
「お客様はね、よく無理を言うんだ。このお薬を飲んでって。駄目なのにね。口を塞いで飲むまで放さない。飲むとね、胸が苦しくなったり、頭が痛くなったりするんだ」
前髪を引っ張られる。胸を押さえ付けられる。こんな暴力的な姿は初めてだ。
痛い。苦しい。
「お客様はね、勘違いが激しいんだよ。痛いのに気持ちいの?って痛みを酷くする。言ってもいないのにやりたいの?って脅して任意のをやらせる。陽季には絶対に言えない激しいやつ。気絶しても頬を叩かれ起こされ夜通し。熱で頬を赤くしてたら熱いの?って冷水を掛けられる。裸にさせられて窓枠に立たされて水掛けられて見せ物にされて笑われていやらしい目で見られて罵倒されて蹴られて晒されて殴られて辱しめられる」
厭だ。
それ以上言わないで。
「陽季はこんなこと俺にしたかったんだね」
違う。勘違いだ。
俺は聞きたくない……―
「聞きたくないなんて言わせない。痛かったんだから。苦しかったんだから。嘘吐き陽季。これは俺からの復讐だ」
俺はお前がただ好きなんだ。
どうしてそれが伝わらない。