指切り(1.5)
「董子ちゃん!!!!」
蓮は董子の頭を守るように胸に抱くと爆風に堪える。冷たい空気が二人の頬を強く撫でた。千歳がそんな二人を全身で覆う。
「二人とも大丈夫か?」
乱れた髪を軽く整えた千歳は蓮の額に掛かった前髪を上げた。彼は耳が痛いと呟き、金と紺の瞳で千歳を見上げる。
「なんとか……董子ちゃんは?」
「だいひょうふです」
蓮の弛められた腕から顔を出した董子は辺りを見回した。
「何が……!?これは……火?」
炎だ。
「火事ですか!?」
「燃えてはいないよ」
「?」
蓮の言葉に首を傾げる董子。良く見てと炎の奥を蓮は指差す。
一時的に買い取ったこのフロアのものは何も燃えてはいなかった。火はただその場にある。床や椅子を舐めるだけだ。
「本当だ…燃えてない。でも…これは一体」
董子は炎に手を伸ばす。
「触るんじゃない!!」
触れるまさにその瞬間、蓮が怒鳴った。びくりと董子は手を引っ込める。
「燃えていないのは無生物。生物は分からない。なんせ、魔法の炎だからね」
「蓮、どうする?」
千歳はレイヴンに結界を発動させて訊いた。
「決まってるだろう?止める」
「冗談?死ぬぞ」
「このままだと結界は破壊され僕らはここで蒸し焼きさ」
真剣に蓮は言う。
「駄目です!蓮様、きっと誰かが助けて――」
「誰か?この冷たい炎は洸祈のだ。その魔力の膨大さに政府にも軍にも危険視されている人間のだ。助けてくれる誰かなんていない。無闇にやって来て死なれたら迷惑だ。だから僕が止める」
「駄目です!!」
董子は蓮に抱き付いて絶対に放さない。
「こうなったのは僕の責任でもあるんだ」
「だからって…厭です!」
溢れる董子の涙を蓮は指で拭うと抱き締め返した。
「僕だって死ぬのは厭さ。だけどね、それ以上に君が死ぬのは厭。千歳に借りを作るのは厭。何より今は、陽季君を死なせたくない。死なせるわけにはいかない。洸祈の恩人が折角守った命だから。それに……案外僕は陽季君好きだしさ」
厭です。と駄々を捏ねる董子に対して千歳は見た目は冷静だ。
「蓮、止めない代わりに死ぬなよ。葬式の借りを作ったら俺の仕事を一生手伝って返してもらうから。勿論無償で」
「はいはい。董子ちゃんを頼んだよ、相棒さん」
ぎゅっとくっつく董子を蓮はいとも簡単に離すと、千歳が肩を掴んで手を伸ばす彼女を抑える。
「董子ちゃん、僕は絶対に死なない。約束だ」
「嘘吐き」
白い雪のような頬。
さらさらと流れるような銀髪。
「嘘吐きは嫌われるよ」
さぁ、これをどう壊そうか。
「寒い」
炎の中だというのに凍える。
「はぁ…僕のせいだ…」
まだ洸祈に言えてないことがある。
「僕は怖いんだ…」
醜い自分は見せたくない。特に洸祈には…。
僕はいつまでも洸祈の兄でいなくてはいけない。友人にはなれない。恋人ですら――何故なら洸祈の友人は一人しかいないから。友人になれないのなら家族でないと僕は洸祈との繋がりを失う。それは厭だ。
僕には洸祈が必要だから…。
「だけど……」
僕の責任でもあるが、これは絶対に赦せない。
好きと…―
愛してると…―
言っといて陽季君を傷付けていたら僕は容赦なんかしない。
たとえ弟でもだ。