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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
感じる意味。謝る理由。 【R15】
174/400

指切り

想定される最悪の事態も兼ねて、“エンジントラブル”に“かなり危険な状態”を付け足して強引に乗客その他をフロアーの一角から避難させた(れん)は、正直、金にものをいわせた。

そして、恋人を奪われ、奪い返しに行けば営業妨害で警察行きになりかけていた陽季(はるき)をギリギリのところで空港に着いた彼が助けたのは少し前だ。




「れーんっ」

「愛しのハニー!」という言葉と共に抱き締められる。

千歳(ちとせ)

蓮はそれを退けることなくされるがままだ。

「蓮様って千歳さんには優しいですよね」

(きり)千歳。スポンサーにはいい顔しなきゃ。僕自身はしたくないけどね」

「蓮、本人の前でマイナスな本音を言うんじゃありませんっ」

千歳の指導が入った。

肩に大黒鴉、レイヴンを乗せた赤銅色の髪の男(30弱)は、蓮のスポンサーにして情報に関する仕事仲間の桐千歳だ。政府にも軍にもつかない中立の長である彼からしばしば名前を借りる蓮だが、それでお礼をすることはないし、千歳側もお礼を要求はしない。千歳の方も蓮の技術には助かっているからだ。

「千歳、助かった」

蓮が頭を下げる。

金にものをいわせても限度があったが、千歳の名前と顔がかなり効いた。

そして、千歳はというと、

「蓮には随分と世話になってるからな」

いーのいーの。と、ひらひらと振られた手が蓮の頭を撫でる。

「そうそう。ウンディーネの美声を聞きたく、ファンの一人として早い復帰を願ってる」

「ああ。悲劇のヒロインなんてね。いや、そんなこと言ったら崇弥(たかや)に怒られるか」

「にしても、蓮は洸祈一筋だな」

「可愛い可愛い僕の弟だから」

「ふーん」

妬けるねぇ。と…千歳は蓮を無理矢理抱っこした。

「お、おい!?放せ!千歳!!!!」

「蓮、俺の世話になったんだから大人しく抱っこされてよ」

「僕は千歳に抱っこされるような年じゃない。董子ちゃん、僕を下ろして」

「いいじゃないですか」

董子はにやける。

「11時にしてくれたら下ろしてもいいですよ」

………………………。

「使用人さん、給料下げるよ。あーあ。彼氏へのプレゼント買えないねぇ」

………………………。

「蓮様、デリカシー無さすぎです!彼氏いないの知ってて!いいですか?このお茶目で可愛い榊原(さかきばら)董子は病弱な母のために」

「亡くなったお母さんが可哀想だ。董子ちゃん、バレバレの嘘吐かなくていいんだよ?」

董子の表情が固まった。千歳は何だ?と首を傾げる。すると、蓮は「下ろして、千歳」と千歳に囁いた。

車椅子に座った蓮は自分で回転させると唖然とする董子に向き直る。

「そんな…蓮様……知ってて…」

董子はツインテールを揺らして、ずりっと後退った。その手を蓮が掴む。

「董子ちゃん――」

「放してください!蓮様…知ってて…心の中で嘲笑ってたんでしょ!!憐れ憐れって!!!!」

「董子ちゃん!」

「やめて!蓮様は全部知ってて雇ったんでしょ!?」

「董子ちゃん、聞きなさい」

腕を引かれた董子は蓮の腕に収まっていた。真っ赤な顔をした彼女は蓮の胸を押して離れようとするが、蓮は抱き締めて放さない。

「れん…さ…ま…」

「董子ちゃん、確かに僕は知ってて雇った。君のお母さんは亡くなっていて、志望理由は病弱なお母さんの為じゃなくて、僕が出した給料で君のお客から薬を買う為だと」

「ならなんでですか…」

董子の悲鳴に近い呟き。

「僕は確認した。本当だね…と…君は、はい。と涙ぐんで答えた。君は嘘を吐いた」

膝から力が抜けて蓮に凭れる董子は耳を塞いだ。

「でもさ、考えてよ。何で僕は君のことを知っていたんだい?名前を訊いた時、僕の手元には何もなかった。パソコンがあったなら別だけど。僕の家に来たとき、直で僕の部屋に来てもらった。僕の脳内に都民全員の詳細が詰め込まれているならともかく、あの場で僕に君の素性を知る機会なんてなかった。でも僕は知っていた。何故だと思う?」

ぴくっ。

俯きながら考える。

何故だろうと…―

分からない。

「……分かりません…」

やっぱりからかって…―

「答えは……君が来ると分かっていたから。君が使用人募集を知って僕のところへ来ると分かっていたからだよ」

事前に調べていたから分かっていた。

「何で…」

「『私の友人の狼が言っていたのだけど、ある金持ちが使用人を探しているそうよ。衣食住ありで、別に高いお給料。その金持ちは車椅子の若い青年で妹と二人暮らし。どう?良くない?』って言われなかった?」

「オーナー…に……」

物凄い好条件の職場。男は車椅子の不自由な生活。妹もいる。一生に一度逢えるか逢えないかの仕事。

「特別に正解を教えてあげよう」と、蓮は体を傾けると董子の耳許に囁いた。

「僕の歌、いつも一番後ろの左端に座って聞いていただろう?目を瞑って僕の歌を聞いてくれていた。違う?」

それは董子の日課だ。1日の終わりには歌姫のいる劇場へ赴く。

「蓮様は…気付いて……」

「舞台を終え、静まり返った劇場に君は一人残っていた。カーディガン……覚えてる?」

あれは黒髪の青年で…。

「仲間に借りた桂にカラーコンタクトだから分からなかっただろうね」

「……オンデ君?」

「“オンディーヌ”。別名は“ウンディーネ”」


魔性の歌姫“ウンディーネ”。


「だから劇場の人に訊いてもいないって……」

「足のこともあって劇場には暫くいなかったしね。……董子ちゃん、回りくどく言うのはもうやめるよ」

蓮の指先が董子の首筋に触れ、



「僕ね、董子ちゃんが好きだよ」



抱き締め、背中に回した手で董子の髪を解いた。

「好きだから僕は君が使用人の募集に乗ってくるよう仕向けたんだ。好きだから今、僕は君の嘘を知っていたことを明かし、その客との縁を切るよう説得しようとしてる。僕は最低な奴さ」

…………………………。

「最低なわけない……です。でも私は……悪いことを…」

「狼は僕の昔の名。董子ちゃんの『無花果』と同じ」

無花果(いちじく)の髪は綺麗だね。

沢山の客がそう呼んだ。

「嘘……ですよね?」

有り得ないと言う風に見開かれる董子の瞳。蓮はじっと見詰め返す。

「嘘じゃない。本当だよ。最初は君に同情してた。でもね、今は違う。君が好き」

満更でもないと言う風に蓮は董子のスカートのポケットから白い錠剤の入ったビニールを取り出した。

「駄目です!」

伸ばされた手は空を切る。

「僕は君の食事にこの薬の中和剤を入れていたんだ。こっそりごめんね」

「だから最近は……」

減った。必要としなかった。

「麻薬は一時の快楽しかもたらさない。あとは絶望だ」

分かってる。

だけど…。

「董子ちゃん、じっくり考えて答えて――」


君はやめたい?


董子の眼前で揺れるそれ。蓮は指で摘まみ、簡単に取れるようにする。選択を迫る。

やめる意志はあるか。

「そのっ……」

取ろうと上がりかける右手。

体が欲する。

欲しい…欲しい…欲しい……―


だけど、このままの自分は絶対に心から好きになれない。


「…………………やめたいです…」


董子はきつく唇を噛むと自らの右手を左手で押さえ込んだ。

「うん。完全に脱け出すには董子ちゃんの堅い意志が必要不可欠。僕の精一杯の努力だけじゃ絶対に治らない。僕と一緒に頑張ろう、董子ちゃん」

頬を撫でる蓮の手のひら。

「蓮様…蓮様…」と繰り返す董子は蓮に抱き付いた。

「私も蓮様が大好きです」


唇を重ね……………………た。



「へ?は?え?はい!?え!!!?」


と、蓮。

…………………………。

「何でこれ!!!?」

と、蓮。

「あの…“これ”って“キス”ですか?」

と、董子。

…………………………。

「蓮、もしやこれは女の子からのファーストキッスじゃないか」

千歳の笑い声。董子は仕出かしたことに手で口を塞いで後退った。

「ファーストキス……え!?蓮様、女の子とはこれが初めて…―」

「蓮のファンの女の子は皆蓮を女として尊敬してるしなぁ。俺は男として蓮がす…っぐ」

べちんと容赦のない手のひらが千歳の発言を強制終了させる。董子からは見えない位置から蓮の鋭い視線を浴びた彼はウインクだけで謝った。

「ごごごめんなさい!」

ファーストキスという重要度の高い取り返しのつかないことをあっさり、それも雇い主にやってしまった董子は鋭角に腰を折る。

「…………………董子ちゃん」

俯いた蓮の深層は分からない。

「………………………は…い」

怒っているのでは?と、みるみる青くなる董子。

「さっきのは……」

「………………………は…い」

「そーゆー仲になってもいいってこと?」

「………………………はい?」

それを“イエス”と取った人がここにいる。

「僕からもキス……していい?」

蓮だ。

青から赤へと狼狽える顔をこれでもかと見詰める蓮に、董子は全身から湯気が出ているかのようだった。

「蓮…様と……キ…スを……」





「嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き!!!!」





突如、3人の背後を炎が埋め尽くした。それは想定される最悪の事態。



洸祈の暴走。






「陽季の嘘吐き!!!!!!」


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