一般論(2)
「こーくんっ」
擽ったいよ。
「あのねあのね」
うん。どうしたの?
「きみに裏切られたの」
え?
「だからきみの大事なものを奪うよ」
まずは―……
「うわあぁぁあ!!!!!!!」
「えっ!!!!?」
「ひゃっ!!!!?」
葵は布団をはね除けて飛び起きた。千里も同時に飛び起きる。
「何!?」
周囲をくるくると見回すと、葵は床に転がる一人の姿を見付けた。洸祈は天井を向いて荒い呼吸を繰り返す。
「どうしたの?」
葵が洸祈を起こした。
「っ…はぁ…はぁ……大丈夫」
「大丈夫じゃないよ」
千里が洸祈の顔を隠した手を取る。「顔色悪いよ」と彼は洸祈の顔を覗き込んだ。
「悪夢?」
洸祈の額に浮いた汗を箪笥からだしたタオルで拭く葵は訊く。
「……………あぁ」
渋ったように答える洸祈。
「寝る?」
というツッコミ満載な言葉に、
「あお、悪夢は寝ると見るものだけど」
千里はツッコミをいれた。
「あ、ごめん。洸祈、濡れた服着替えたら?」
「あ……そうだな…」
服を脱ぐ洸祈。
「葵、タオルくれ」
「はい」
太陽がなんだか眩しい。
「朝御飯…いや…もう昼飯か」
「そうです!ご飯です!」
琉雨がむすっとして腰に手をやり、エプロン姿でドアのところに立っていた。
「はい、千里さんと葵さんは早くリビングに来てください!」
「朝寝坊するから一緒に朝御飯食べられなかったじゃないですか」と、ご機嫌斜めだ。
「旦那様も旦那様です!お客様をルーに任せて、お二人を起こしたら直ぐ戻るって言ったのに全然帰って来ないし。あと3時間後にまた来ていただくことになりました!」
膨れっ面の彼女の手は水仕事をしていたのか、赤くなっていた。
「ごめんな」
額を押さえた洸祈は指の間から目で謝る。
と、
「いいんです……それより旦那様、ルーが拭きます」
へ?
部屋を出かけた二人の目の前で、琉雨は洸祈からタオルを取るとそれで剥き出しの背中を優しく撫でる。
「いや、いいよ。俺一人でできるから」
「旦那様、空間幻影魔法は使わせません。いいですね?」
「…………」
あらら。仲良しだねー。
覗きは野暮。
気になるくせに。
ほら行くぞ。
むー。夢のあおは素直を通り越してたのに…。
夢の?
ううん、何でも。
…………千里の変態魔。
じゃあ教えてあげるよ。夢の中のあおは僕の「――って言って」や「――って言って」って言ったらちゃーんと言ってくれたよ。それも際どい誘うような体勢でね。
――に――って何だよ!馬鹿っ!!さっさと歩け!!!!
はいはい。
「旦那様、凄い悲鳴でしたよ」
「驚かせたな」
「心配しました」
「なぁ、琉雨。兎になってくれないか」
「ほへ?」
「ほら早く」
青白い光に包み込まれた琉雨は瞬く間に白兎にその身を変えた。洸祈はそんな琉雨の背中を撫でると胸に抱く。
「ふわふわ」
気持ち良さそうに笑う洸祈。
「はひ」
琉雨は嬉しそうな洸祈に喜ぶ。
「なー。俺が結婚したら、お前はどうする?」
「空穏さんとですか?」
琉雨は目をぱちくり。
「銀の舞妓……って言ったら?」
「……は…るきさん?」
「そ。身内だけで」
「ほへ……はう………」
彼女には理解不能のようだ。
「ま、置いといて。拭いてくれてありがとうな。琉雨のふわふわも貰ったし、着替えるから先行ってってくれるか?」
「あ、はい」
元の姿に戻った琉雨はタオルを持って部屋を出ようとして止まった。
琉雨の意識じゃない。
掴まれて……―
「旦那様?」
「あ、いや…何でもない」
「ホントですか?あ、お熱あるんじゃありませんか?」
伸ばされる幼子の手を洸祈は優しく握って微笑んだ。
「ないよ。ちょっと怖い夢見ただけだから」
そう言われたら引き下がるしかないのが琉雨だ。
けれども、彼女は少しだけ悪あがきをした。
「旦那様、怖い夢を見ないおまじないしてあげます」
洸祈の両手を取り、祈るように掲げて自らの額に当てる。
「……琉雨?」
「旦那様の怖い夢はルーが消しました」
にこっ。
琉雨は洸祈の頭をよしよしと撫でると部屋を出た。
暫く洸祈は惚けていた。