痛み分け(4)
「僕、もう限界……。あお、1分あげるから……決めて。逃げたいなら逃げて……でも、逃げるならこの店にはいない方がいい。縛りあげても…いいよ…僕にマゾはないけど…怒らないから。…さぁ……早く」
59…58…57…56…55…54…53…―
ゆっくりと千里は時を刻む。
「千里っ……」
葵は不安そうに言葉を探していた。赤く火照った頬を激しく振動させて千里を見詰める。
52…51…50…49…48…47…46…―
葵の青い瞳を一瞬見て顔を歪めた千里は最後にと言わんばかりに優しく葵の唇に接吻をし、儚い笑顔を残して下に敷いていた葵を解放した。さらりと千里の母親譲りの髪が葵の肌を流れる。
「待て…話し合いを……―」
45…44…43…42…41…40…39…―
しかし、千里の時は止まらない。
「千里、俺は……」
38…37…36…35…34…33…32…―
「俺のせいか?襲われた俺のせいなのか?千里!」
31…30…29…28…27…26…25…―
「千里!」
24…23…22…21…20…19…18…―
葵は千里を揺するが、千里はなんの反応も示さない。ただ残酷に時を刻むだけだ。
17…16…15…14…13…12…11…―
「なぁ、千里!!」
葵が部屋で寝ている少年と少女を気にせず、誰よりも子供の千里に叫んだ。その反動で両手で顔を覆った千里は猫背になって後退る。
「っ!……葵、早く逃げてよ」
口早に言葉は紡がれ、数は確実に減少していた。
10…9…8…7…6…5…―
「1つだけ答えてくれ!俺はどうすれば良かったんだよ!!!!」
…4…3…2…1………………―
「…………………………ゼロ」
………………………時間切れ。
「んんっ!!!?」
熱く激しいキスだ。
葵をソファーのクッションを頭に敷かせて床に押し倒した千里は葵の唇に食い付いた。
「っぅ」
獣が獲物に容赦も同情もないように彼は歯を立て、痛みに葵が呻いた。そして、そこに囁かれるのは彼の貪欲さ。
「逃げれば良かったんだよ。君の魔法を駆使して」
その為に人の命を奪おうとも僕は許すよ。君が無事なら僕は全てを犠牲にするし、全てが犠牲になったって構わないんだ。
「ねぇ、葵」
千里が鼓動の乱れのない胸を擦り付けると、葵は息を呑んで身を捩る。
「せんっ…り」
「知らない奴に触られた時、気持ちいって感じたでしょ」
葵よりも細い手足が葵の全身に絡み付く。
「感じる…かよっ!」
「嘘だね。こんなとこ触れたら気持ち良くないとは感じないもん」
ぎゅっ。
「くっ!!!!」
「こんなに美味しそうな顔で何回やったわけ?」
「…………」
葵は答えない。
それを眺めた千里は小さく笑みを浮かべた。
「過ぎてしまったことはもうどうにもならない。そんなこと僕だって分かってるよ。葵が被害に遭ったことはもうどうにもならない。分かってる。だけどね、僕は知ってても文句を言うほど我が儘なんだよ」
僕は本当に我が儘だ。
「どうして逃げられなかったの?魔法を使えば?何で気持ちいと感じてしまったの?僕は分かってる。複数がかりで押さえ付けられてたこと。葵の魔法だと使うとしたら鎌鼬になって、それだと人を傷付けてしまうと渋ったこと。触られたら気持ちいし、でも、葵は屈辱を感じて血が出るほど唇を噛んでいたこと。みんな分かってる。葵が一瞬たりとも受け入れなかったって分かってる」
唇に切れて瘡蓋になったところがある。
分かってるんだ。
君のことならなんでも。
そうやって意地張る君が僕は好きなんだ。
「だけど我が儘だから言っちゃうの。どうして逃げられなかったの?どうして魔法を使わなかったの?どうして気持ちいって感じたの?って。本当に僕は最低さ」
いいよ。殺しちゃえばいい。
そんなことを平気で考えちゃうんだ。
「千里……」
「自分勝手に僕は君に怒ってるんだ」
嗚呼、痛いよ。
胸が痛いよ。
どうしたらこの痛みは消えるの?
「ねぇ、葵。僕の前から消えてよ。お願いだから」
僕は本当に自分勝手だね。
再び離れる体。
千里は濡れた指先を舐めると金髪を結い直してコートを着込んだ。
「コンビニ行ってくるから」
「千里……っ!」
「風邪引かないようにね」
ばたん。
ごめんなさい。
僕はまた過ちを繰り返します。




