きみのこと(2)
「秋!」
「秋君!」
冬に抱き抱えられ、ぐったりとした秋を見て、春と千鶴が走り寄った。
「熱がある…」
咳をし、青白い秋の額は熱い。冬は千鶴が直ぐ様用意したベッドに秋を寝かした。
「修一郎と二人で雪の上に寝転んで星を見てたと」
「うそ…」
激しく咳をする彼は病人なのだ。こんな寒い中で雪の上でなど有り得ない。
千鶴は冷却シートを貼りながら言う。
「―…と、修一郎が言っていた。言えない何かを修一郎がしたんだろう」
「何か?」
「秋、体を拭くぞ」
訊いた千鶴の前で冬は秋のシャツの釦を外そうとしたが、秋がその手を防いで縮こまった。
「秋、風邪引く。てか、酷くなる。パジャマに着替えるんだ」
「…………」
「秋!」
「………………ち…づる…姉さんは……」
秋の視線に気付いて、千鶴は冬に目配せをして部屋を出る。
「千鶴さん、秋は…」
「今は冬さんが」
「先生が来てくれるそうです」
頷いた春はそれだけドアの向こうの冬に言うと、素直に踵を返した。
「千鶴さん、秋の為にミルクを作りましょうか」
「ええ」
「秋、これは修一郎がか?」
肩口から腹にかけて付く痕。
「兄貴には…関係ない」
冬に体を拭かせている秋は俯いて言った。
「お前の風邪を悪化させて、指先霜焼けにさせた原因は兄として、長男として知る必要がある」
「なくていい!」
ほっといてくれと言うように叫ぶ。しかし、その言葉とは裏腹に、秋はとても淋しそうな顔をしたように見えた。
「お前…」
「もう、うんざりなんだよ!何もかもうんざりなんだよ!」
今、少しずつ4兄弟が離れていく気がした。
それはきっと誰でもない一人一人全員のせいだ。
「だが、俺がほっといたとして、お前は修一郎に向き合えるのか?」
冬は強い語調で秋に言う。
「もう…あいつは学校さ。だから、会わない…―」
ぺちっ。
秋は目を見開いた。
「秋、お前は狡いな」
弱く触れるように秋の頬を叩いた冬はその目をじっと見る。
「お前は知らんだろうが、俺は千鶴ちゃんにプロポーズした。そして、彼女に振られたよ。今は無理です。と、ハッキリとな」
「兄貴…マジで言って…」
「ああ、そうだ。言ったさ。俺と結婚してくださいってな」
「そんなのフラれるに決まってんじゃん」
「だけど、自分の口で言いたかったんだ。修一郎にもなんか言われたんだろう?お前はそれに千鶴ちゃんのようにハッキリ答えたのか?」
秋は何も言わない。
「言えてないからこうなったんだろう?本当の被害者は修一郎だ」
ぎりっと歯軋りが聞こえた気がした。
冬は秋に新しいパジャマを着せて額に冷却シートを貼るとその場を立って部屋を出た。
「先生、夜分にすみません」
冬は息を切らして現れた北村に頭を下げた。
「秋君は?」
冬の後ろに付いて秋の部屋に向けて階段を駆け上がる。
「熱は自業自得なんですが、咳が。それに時々、気を失って」
ベッドで寝転んでいるのは秋だ。千鶴と春がシートを取り替えたりと秋を心配そうに見やる。
「薬は?」
秋の頬に触れ、聴診器を準備する北村は訊いた。
「飲ませました。それに、手足の震えが」
「震え?」
北村が布団を持ち上げると、隠れていた秋の手が見えるようになる。確かに秋の手が小さく震えていた。
「秋君、もう寝てしまったかい?」
「…お…きてる」
秋がその震える手で北村の白衣を掴みかけてベッドに落ちる。
「寒いかい?熱いかい?」
「どっち…も…………せんせ…」
「ん?」
「…むね…が…くる…し……」
胸を押さえて秋は訴える。北村は分かったよ。と、清潔な布に純水を染み込ませたものを彼の口許に当てて言った。
「少しずつ、お飲みなさい。春君、頼めるかい?」
「はい」
北村に呼ばれて春が代わる。
「冬君、話を」
そして、冬を見上げた。
冬が何かを察して先生にドアを開ける。その時、冬のぴんと張った背筋が微かに曲がったように千鶴は見えたのだった。
「千鶴ちゃん」
北村が廊下へ出、冬が続こうとし、彼は千鶴を手招きする。千鶴が向かうと、廊下へと背中に回された冬の手で押された。
「冬さん…」
「君も聞いてくれ。君も俺達の家族で母親のような存在だ。多分…俺には…支えきれないかもしれないから」
つまり、それは冬の逃げであり、臆病な自身をさらけ出すことであった。千鶴は目を臥せると、ゆっくりと部屋を出る。
その腕には白い艶やかな毛を持つ猫がいた。