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きみのこと

「俺さ、晴れの日の線路好き」

「線路?」

線路わきの小路を二人は手を繋いで歩いていた時だった。

染めた茶髪。

その顔は都会風だが、中身は田舎風だ。

「特に夏」

現在は冬の夜。

彼の好きな夏の線路はまだまだ遠い。

「錆びた線路と車輪の熱で色付いた石の茶。その周りの細長い草の緑。なんか好き」

「そうなんだ」

なんだか返事が素っ気ない。

「俺にしては変ってか?」

「だって、折角のデートなのに話すことは夏のことなんだもん」

「別にデートじゃないし」

「手、繋いでるのに?」

ぎゅっと黒髪ショートの女の子のような容姿の青年、修一郎(しゅういちろう)は隣の青年の手を強く握った。

「お前が迷子にならないように引き摺ってるだけ」

「むぅ。公園行こ?」

頬を赤くした修一郎は、引き摺るようにして前を歩く幼馴染みを見る。すると、仏頂面の彼は振り返ってじっと見詰め返してくると、自らのマフラーを寒さに震えていた修一郎の細い首に巻いた。

まだ温もりのあるそれ。修一郎はマフラーを貸してくれた幼馴染みが不愉快にならない程度に軽く頬を編まれた毛糸に擦り付けた。

「あ、ありがとう」

「…………もう帰るぞ。寒い」

「やだ。公園行こうよ」

わざわざ自分が寒くなるのを我慢してマフラーを貸してくれたというのに、修一郎は歩調を早めて鼻を啜る親友の横に付き、往生際悪く言う。



ごほっ…―


「あ…(あき)、ごめん」

背中を曲げて咳をする秋に、今更彼の咳が酷いので谷の唯一の診療所に行ったのだと思い出す。デートではないのだ。

「わーったよ。公園な」

それでも秋は修一郎の為に進路を曲げる。

「いいよ。先生にお薬貰ったし、帰ろう?」

修一郎は慌てて秋の手を引いた。秋が大切だからこそ、優しい彼に自分のせいで無茶はさせられなかった。

「デート……だろ」

「……うん」

それでも、デートの誘惑には勝てなかった。



「秋、やっぱり帰ろうよ!」

二人は星の数を数えていたが、秋の咳が再び酷くなった。

「あぁ…流石に…」

ごほっ、ごほっ、ごほっ…―

修一郎(しゅういちろう)は秋の背中を撫でる。

「でも、本当にどうしたんだろうね……風邪じゃないし…」

「さぁ…でも、北村(きたむら)先生渋ってたな」

何か言いづらそうに…。

咳を和らげるから。と、それしか言わずに薬を処方してくれた。

ふと心配になった修一郎は秋の右手を握り直していた。

「修一郎?」

「秋は……。秋は僕の傍にいるよね?」

「手ぇこんだけキツく握られてたら逃げられもしない」

掠れた声で微かに笑う秋。

「……そうだね」

修一郎の表情に影が落ちた。




「ね……抱き締めて?」

艶のある黒髪を揺らして修一郎が秋の胸に飛び込んだ。秋は反射的にその体を抱き止める。

「何でだよ」

「僕は秋が好きです」

ぎゅっと彼は秋の胸板に鼻を押し付ける。

「何言って―」

「好きだよ。だから、僕は秋に抱き締めて欲しいよ」

「しゅういちろ…―」

修一郎が顔を秋の温もりに埋めた。秋はその感触を包み込み掛けて、しかし、びくりと背筋を反らす。

「しゅういちっ…あ」

「お願い…できるから」

懇願する彼の吐息が秋の素肌に触れる。

「秋っ……好き」

握り締めた拳が秋にすがり付く。

厚く濡れた舌先が急激な冷えに感覚を失いかけていた首筋に触れた時、彼の目が見開いた。

「やめ…ろっ、修一郎!」

叫んだ秋は修一郎を突き飛ばす。

そして、はだけた胸元を隠そうとジャンパーを強く掴む。

「あ…き…」

「な…何しやがる…修一郎…」

「その…だって……秋が好きだから…………」

「だから赦されるのか!?こんなことすんなよ!」

思わず、溜まっていた涙を頬に滑らせながら、秋はその場に縮こまった。修一郎は今更仕出かしたことに気付く。

「ごめん…僕…」

「来るな!」

「やだ…僕…嫌われたくない」

「嫌われたくないなら近付くな!修一郎!」

彼は握り締めた拳を振り回して頭を抱える。

「あき―」

「お願いだから…やめて…お願いだから……」

それはプライドの高い秋の懇願だった。

しかし、


「ごめん」

君が泣くのは嫌いで、君に失望されるのはもっと嫌いだ。


修一郎の軟らかな肌から秋を貪ろうと鋭い歯が覗く。秋の空気を強く掴む手。


秋の瞳が最大まで見開いた。


修一郎は細い腕に力を込めると、秋は簡単に雪の原に倒れる。その上に、修一郎が覆い被さった。

「放せ!…お願い…しゅういち…ろう…」

秋は暴れ、嫌がる。けれども、修一郎の限界はもうすぐそこまで来ていた。

喉を掻きむしってどうにか堪えていた飢えへの限界が。

君が好きなだけなんだ。

「嫌われるなら…僕は…秋を襲う!」

再び開かれた胸元は赤い。先程、修一郎が付けた痕が生々しく残っていた。秋の顔が真っ赤に染まる。

「放せ!放せ!修一郎!!!!!!」

「やだ!お願い!僕、明日には学校に帰らなきゃ!待ってられないんだ!」

「しゅう―…!」

修一郎の責めに秋の指は強張り、冷たい雪を握り締めた。秋は泣きわめき、修一郎はぎゅっと目を瞑って秋を襲う。

それは、歪んだ愛の形であり、長い長い悪夢。


―……君がただ好きなだけなんだ。





「秋ぃー、修一郎ぉー」


びくっ―…


「…あ…あに…き…」

修一郎は慌てて体を起こすとずりずりと後ずさった。

「秋ぃー、修一郎ぉー、どこだぁー?」

遅いことを心配して、(ふゆ)が二人を捜していた。

秋の全身の傷痕が、怯えた修一郎の両目に写し出さる。

謝らないと。

謝らないといけない。

でも、謝ったとして?

それはお前をどう思う?

「……っ!!!!」

修一郎は秋の服の釦を、それらを隠すようにかけていた。一つ釦をかける度に目につく痕は減っていく。

誰のせい?

誰が悪い?


悪いのは……―


全てをかけ終えた修一郎は兄貴と空虚な瞳で呼ぶ秋に触れかけてやめる。

「修一郎!遅いから心配した……って、秋?」

「い、……一緒に…星見て…たんです…」

「寒いぞ?」

夜空は曇って星など見えなくなっているというのに、修一郎の咄嗟に吐いた嘘に気付かずに冬は秋の顔を覗きこむ。

「あ…にき」

「秋?うおっ!冷えてるぞ」

そして、ぐったりとする秋を立たせた。

「あに…き…あに…き」

「風邪引くぞ。修一郎もだ。真冬の夜に土手で星を見るのはやめなさい」

「ごめんなさい…」

ごほっ…ごほっ…ごほごほっ…。

「秋!」

冬に凭れるように秋は激しく咳をする。酷く苦しそうに咳をする。呼吸の合間からはひゅーひゅーというか弱い音。

冬が秋の背中を摩った。

「先生に診てもらったんだろ?辛いのか?」

「あの…薬を……もらって…」

「あぁ。お母さんが心配していたよ。修一郎、家まで送る」

修一郎の震える手から薬の袋を渡された冬は、彼の頭を撫でた。修一郎はぽかんと冬を見上げると、俯き肩を小刻みに振動させる。

「今日はありがとう。秋はいつも連絡なしにフラフラどこかに行ってしまうからな」

「…………………」

「修一郎?」

「あ、あの…………僕……」

ちらっと秋を見た修一郎は頭を下げて走っていた。冬は慌てて名前を呼ぶが、彼は振り向きもせずに走り去る。

その首には秋のマフラー。

それがひらひらと棚引いていた。




あっちの方向は修一郎の家の方向だからと引き下がった冬は腕の中の弟を見た。

「秋、修一郎行ったぞ?」

ごほっ…ごほっ…ごほっ…。

咳をしながら震える彼を抱き上げた冬は家へと向かう。

時折、彼が背中に回した手で背中を撫でれば、微かに嗚咽が聞こえた気がしたのだった。



冬の肩を涙で濡らすのはプライドだけは一人前の強がりな弟だけだったのだろうか……―

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