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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
父さん
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父さん(2)

……―。

「ってぇえ!なんでやねん!」

「何?」

「俺が崇弥(たかや)の理由、消し去ってやるゆうたのに!」

由宇麻(ゆうま)は自分でボケて自分でツッコミを入れたようだ。

そんな憐れな由宇麻に洸祈(こうき)は応えてやる。

司野(しの)、超特急で俺を実家まで送って」

「オーケーや!!!!」

それに、由宇麻は笑顔を見せた。



「崇弥、俺が送れんのはここまでや」

「ありがとう」

由宇麻が前方のスーツ姿の男達を睨んで言った。彼らと目が合うが由宇麻は気にしない。感情を露にして睨む。

「監視かいな。堂々と立って場違いも甚だしいやん。PTO弁えろや」

「TPOな」

洸祈は普通に文句を言う由宇麻に笑むと、行ってくると車を出ようとして…

「崇弥」

呼び止められた。

「司野?何?」

「泣きたくなったら俺んとこきぃ。いつでも大歓迎してやるからな」

「今は駄目?」

「へ?」

これは予想外。

洸祈は由宇麻の答えを待たずして彼に抱き付く。

3秒。

「葵を父さんの遺体と二人きりにはできないなぁ。お兄ちゃんの胸で泣かせてやんなきゃ。行ってくるよ、司野。ありがとな」

クルリと体勢を変えた洸祈は今度こそ車を降りた。重い空気の漂うその屋敷に歩いて行く。


「泣かへんかった…」


けど、


「震えておった…」


まだ残る洸祈の抱き締めてきた感覚。お日様の匂い。

「俺には分からへんな…」

寧ろ俺は…


「看取られる方やからな……」


この小さな手は…

この細い脚は…

この幼い顔は…


『由宇麻、帰ろう?』


「そうやな、彩樹(あやき)君」






「洸祈、トイレ随分と遅かったね。待ってたよ」

あれから3時間30分。

琉雨(るう)から話聞いてんだろ?」

「そりゃあね。洸祈が俺を置いてきぼりにして由宇麻に泣きついたって」

クスリと微笑した(あおい)は洸祈の横について一緒に歩く。

「泣きついてない。寧ろ、司野が泣きついてきた」

「由宇麻にちゃんと挨拶しなきゃ。父さんだし」

笑顔を絶やさない葵を横目に見た洸祈は、その頬に手の甲で触れる。

「うわっ!?冷たっ!!何?どうしたわけ?」

「いつものままでいいだって」

「?」

「司野は司野だってさ」

「由宇麻は由宇麻か」

いいね。

葵はそう評価した。




「とうとう…二人きりか」

吐きたい気分だ。既に吐いていたが嘔吐感が振り返してくる。

「洸祈が結婚すれば増えるよ」

「何でお前じゃなくて俺なんだよ。お前の方がモテるだろ」

「俺が洸祈に勝っているのは頭の良さだけ」

自信満々に言う葵。

洸祈は素直に認めた。

何故なら満点が100点なら洸祈は2点、葵が1000点のようなものだからだ。

だけど…

「頭の良さだけじゃない。葵は家事ができる」

「家庭的な男はモテると思ったんだけどね」

「お前、そんなにモテたいと思うのか?」

葵にしては珍しい。

と、


「好きな子がいるから」


衝撃告白。

「誰?」

に対して答えるはずはないはずだった。


千里(せんり)


「………………………ちぃ?」

「うん。千里」

あっさりと葵は肯定する。洸祈の聞き間違いではないようだ。

「何で…?」

洸祈は“男”というより“幼馴染み”に驚く。今まで一緒にいたのに気付かなかった。

「好きだから」

と、答える葵は至って普通。

健康体だ。父親の死にショックで、ということでもないらしい。

彼は縁側を進み、ある襖の前に来るとそっとスライドさせた。

「酒?」

あるのは父の棺と一級ものの日本酒と三人分のお猪口。

葵の好きな子の話を忘れて洸祈は目の前の状況を理解しようと頑張る。

「家族皆で父さんの好きなお酒を一緒に飲も?」

「19歳だぞ?」

飲酒は二十歳から…

「崇弥洸祈、貴方を未成年の飲酒の疑いで逮捕します」

そう言った葵は洸祈の手を引くと無理矢理座らせる。

そして、

「飲もう?」

「あぁ、分かったよ」

最後に家族で酒を酌み交わすのも悪くない。




「いいなぁ~。洸祈は陽季(はるき)さんとイチャイチャできて」

“イチャイチャ”なんて…本当に葵か?

「俺は……はぁ……踏み出せないよ」

“踏み出す”って…葵か?

「髪を撫でたことないし抱き締めたこともない。キスもまだだし…セック―」

「待てよ、葵!酔ってんぞ!!」

ぽっぽと顔を赤くした葵は洸祈に凭れる。

「だってほら…俺…19歳健康男児だよ?…こう…ムラムラと考えない?」

“ムラムラ”って…―。

「考えない!」

「え!?嘘っ!?もしかして洸祈って…えー!!!?キスはするのに?ムラムラはしない?マジなの?」

仮にも父親の前で変な会話に走る葵。洸祈は酒のペースが速くなる葵からお猪口を奪い取って言った。

「マジだよ」

「うわっ、相手が可哀想だね」

「何で可哀想になるんだよ」

「洸祈、男?付いてる?」

何を言っているんだ。

「はぁ!?男だよ!」

「そーだね……ふぁ…眠いや」

と、一人怒りに震える洸祈を置いて葵は畳みに寝そべる。

「風邪引くぞ」

洸祈はそんな彼に喪服を脱いで掛けてやる。すると、葵はにこっと笑った。

「いつも弟みたいって思うけど今日は兄貴だね」

「“今日は”かよ」

いつも兄貴だっつの。

「うそうそ。それともお兄ちゃんって呼ぼうか?お兄ちゃん」

同じ顔が笑いかけてくる。けど中は違う。

冷静沈着。これは表。

眉目秀麗。これは表。

無頓着。これは表。

「葵」

「何?」

「顔、ひきつってんぞ」

俺はこんな笑い方はしない。

「え?そう?無意識にお兄ちゃんに抵抗したのかもね」

と冗談を…

「お前、19歳にもなって兄貴に泣き顔見られたくなくない。って人?」

「へ?」

ほら…辛そうだな。

「俺に泣き顔見られたくないなら庭」

「何のこと?俺は別に―」

「はい、二択。どっち?」

葵はぽけっと惚けた顔をすると、むっと唇を結んで洸祈の胡座の上に体育座りする。腕を導いて自らの首に回させると、彼は小さな声を上擦らせた。

「…見られたくない……けど、庭は寒いから。洸祈は高体温だし、冷え性の俺を温めてよ」

限界だったらしい。直ぐに声を圧し殺して震える。洸祈は膝に埋まった葵の頭を抱いた。

「…もう…父さんには…会えない……俺…もっと話したかった…もっと、もっと…話したかった……晴滋(せいじ)さんに…いくら…駄目って言われても……」

「ごめん…」

洸祈は葵の剥き出しの首に頭を埋めて謝る。

ごめん…

「何で洸祈が謝るのさ…もう済んだこと…」

「ごめん」

…………………………ごめん。



俺のせいでごめん。

本当に傍にいて欲しかったのはちぃだろう?

俺のせいで…


“崇弥”は…

俺達は…


軍にも政府にも縛られた。







ごめんなさい。

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