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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
残された者
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残された者(4)

起きたら気分が悪くて吐いた。

頭が痛くて、体が痛くて、ベッドに転げるように倒れた。

動こうと思うけど、全てにやる気がでなくて、布団の中で寝返りをうった。

目を閉じて無心になる。

何も聞こえない。

静かだ。


そして、再び眠る。






「こんにちは」

「今日は、先生」

椅子に深く腰掛けた洸祈(こうき)は笑顔を向けた。

「洸祈君、今日の調子はどうかな?」

「分からない」

絶えない笑顔。

「じゃあ、私が診るから捲ってくれるかい?」

「いいよ」

医者が言うと、洸祈は服の裾を掴んで捲り上げた。

日に焼けていない白い肌が晒される。

「洸祈君、ご飯食べてないでしょ。運動もしてない」

医者は骨ばった指で、擽ったそうに身を捩る洸祈の腹に触れて言った。

「食べたくないし、動きたくないから」

回転椅子を回転させて、背中を見せた洸祈は平然と言う。

「食べて動かないと、治らないよ?」

脇腹に触れた医者は言った。

「何が?」

医者の正面に回転させた洸祈は聞き返す。

「病気」

「病気?」

「弟さんがくれるお薬はちゃんと飲んでる?」

紙に洸祈の体調を書きながら、医者は尋ねた。

洸祈は、医者の書く手元を見ながら、考える素振りをして答えた。

「あれは俺のお薬じゃないよ。だから、全部捨てたよ」

医者が渋い顔をする。

「どうやって?」

洸祈は愉しそうに答えた。

「お薬もらったら、お水をコップに灌ぐふりして、流しに捨てた」

クスクス…。

「それじゃあ、洸祈君のお薬って?」

「気持ちよくなるお薬。すっとする」

クスクス…。

「アップ系か…」

「アップ?」

「隠し持ってるのかい?」

クスクス…。

「先生にだけ教えてあげるね…持ってるよ」

「今日も飲んでるのかい?」

「うん」

クスクス…。

洸祈はさも普通に、薬のシートをポケットから出した。そして、医者の手のひらに乗せる。

「どこで手に入れたんだい?」

「お客様」

「お客様?」

「俺のお客様」

「何のお客様かな?」

カッと赤くなった洸祈の頬。恥じらうようにもじもじし、マフラーをそっと外した。

赤い痕が首に付いていた。

「キスマーク…だよ」

すぐに、マフラーを巻くと、照れ笑いをする洸祈。

医者は悲し気な表情で紙に書き足していく。洸祈はその表情の理由が分からなくて首を傾げた。

「いつ…その…」

「セックス。3日に1回。約束した時間に」

医者が渋った言葉を簡単に述べる洸祈は、足をぶらぶらさせる。

「お客様と言ったね。報酬がお薬なのかい?」

「うん。身体を貸す代わりに、お薬もらうんだよ」

クスクス…。

医者は手にした薬を紙と一緒に机に置くと、洸祈の手のひらにお徳用のビニールに包まれたチョコを一つあげた。

「分かったよ。私がお薬あげるから、もうやめなさい」

しっかりと握らせて、医者は言う。

「それじゃあ、先生が俺とセックスするの?」

「しない。だから、あげる代わりに約束してほしいことがあるんだ」

「痛いのは矢駄よ?」

そう言って捲った片腕には何かを巻き付けたような痕。

「どうしたんだい?」

「お客様、時々意地悪なんだよ。お手手をきっつく縛るんだもん。だけどね、ちゃんと言うとおりにしたら、お薬くれるの」

「もう痛いのはないからね。だから、一週間に2個。必ず、1個飲んだら、2日以上空けること。食事の後に。そして、弟さんに渡されたお薬をちゃんと飲むこと。気持ちよくなるお薬と一緒に飲んじゃいけないよ。6時間は空けて飲むんだ」

「難しー」

「弟さんに言っとくよ。だから、洸祈君は、飲んだ時はちゃんと弟さんに言うんだよ?いいかい?」

チョコを口に入れた洸祈はうん。と大きく頷いた。





待合室では、俯く(あおい)の背中を千里(せんり)が撫でていた。葵は千里の腕を強く掴み、体を彼に預ける。

「あお、顔色悪いよ。お水もらってくるから、待ってて」

しかし、葵は千里を放さずに言った。

「千里…行くな…」

「葵…」

小さく震えると、周りの視線も気にせずに葵は千里の腕を胸に引き寄せる。

「傍に…居てくれ…」

「葵、眠って」

「…うん」

彼は目を閉じた。





崇弥(たかや)さん……君は?」

(さくら)千里。僕が葵の代わり」

診察室の椅子には鮮やかな金髪を後ろで一つにまとめた翡翠の瞳の青年がいた。

「崇弥さんは?」

「洸は?」

医者は目蓋を開閉させると、喋り始めた。

「簡潔に言うと、洸祈君は飲むべき薬を一つも飲んではいなかった。その代わりに、知らぬ人と密会し、そこで得た、より強力で厄介な薬を飲んでいた。今回は見逃しますが、言ったはずです。監視してくださいと」

千里は表情を変えずに頷く。

「崇弥さんはちゃんと管理しますと言ってくださいました。しかし、洸祈君の病気は進行するばかりだ。周りの意志が重要なんです。私はもう一度、貴方にその意志があるのか聞きたいです。と、崇弥さんにお話しようと思っていました」

千里はその言葉に曖昧に笑み、口を閉じ、無表情になって頭を垂れた。

「もう…皆疲れたんだ……。先生、洸を…」

医者が俯く千里の異常な震えに気付いて、額に手を当てると、その熱さに、毛布を出してくるむ。

「櫻さん、どうして、こんなになってここへ…」

「葵の代わりです」

「ですから、崇弥さんは?」

葵の代わりにやって来たのは疲労からきているであろう高熱で倒れる寸前の千里。医者だからこそ、その表情は厳しい。

「先生、洸を入院させて」

「はい?」

「洸を入院させてください」

千里は真剣だ。深々と頭を下げる。

医者は困惑する。

「ですが…」

「お願いします。洸を入院させてください」

「櫻さんは洸祈君を入院させたいと?」

「もう、あおを苦しめないで」

千里は立ち上がり、医者の胸ぐらを掴むと、流れ出した涙も拭かずに懇願する。

「あおが…どれだけ苦しんでるか…洸は…あおの…たった一人の…家族なんだよぉ…―」

「櫻さん!?」

医者はその勢いに唖然とし、意識の途切れた千里を支えた。

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