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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
残された者
143/400

grave

「ごめん」

あの時は自分の行動は正しいと思っていた。その後も絶対に後悔しないと思っていた。

しかし、今は何が正しいのか分からない。


ただ、起こってしまった事態に謝るしかできない。


無責任に謝るしかできない。


「兄は……落ち着きましたか?」

(せい)は俺が館から連れ出したんです」

「……そうでしたか」

コーヒーを口に含んだ(あおい)は姿勢をゆっくりと崩す。そして、珍しくソファーで眠る千里(せんり)を横目に見た。

「どんな様子でしたか?館から出るのを恐れた?喜んだ?」

「………恐れた。と言うより、館が清の世界の全てだった。だから、知らない外より館の方が心地良かった」

「館に居たがった?」

「ごめん。えっと……清は自由を知らないって言ったんだ。清は館に契約で縛られてたから」

「契約って……魔力契約?」

「…………人間そのものとの契約」

最も厳重に扱われる契約。契約には契約者と、何より、自由を奪われる対象者の同意が必要になる。そして、契約が成立すれば、契約者は対象者の生命以外の全てを管理できる。

「……洸祈(こうき)が!?何で!」

「俺には分からない。けれど……」

陽季(はるき)さん?」

「…………………氷羽(ひわ)って……誰?」

陽季が自分の握り締めた拳を見詰めて葵に訊ねた。葵は息を呑み、その場に静寂が満ちる。

「あいつが混乱する時は氷羽って奴のことにばかりに関係してる」

「氷羽は……」

答えに渋る葵。


『氷羽はぼくだよ』


「え?…………せん…り君?」

翡翠をゆらゆらて揺らした千里が陽季の俯いた顔を覗き込んだ。反射的に陽季が背中を逸らす。

『あの人は呪いを背負ったんだ。契約はその為。洸くんの代わりになる為』

「何を言って……」

『洸くんは可愛いから、皆が愛しちゃう。ねぇ、夕霧?』

光の射さない瞳は驚き仰け反る陽季を逃がさなかった。

「ひ……わ」

『洸くんとヤっちゃっていいよ。無理矢理泣かせればいい。そしたら洸くん大人しくなる。それに、それがきみの願望だろう?』

「千里!」

葵の手が千里の腕を掴んだ。ぴくりと反応した彼は向かい合わせで座る葵と陽季を交互に観察すると、陽季の方向に、にへらと笑った。

微笑むように、嘲笑うように。

「こんばんは、陽季さん」

長く細い髪が肩を滑り、陽季に軽く会釈した千里は葵の腕に飛び込んだ。

「あお、今日、地下街で話題のケーキ買ってきてたんだった。小腹が空いたし食べようよ」

「あ、ああ。じゃあ、お湯沸かして紅茶と一緒に食べよう」

「うん。僕お湯沸かす~」

暢気に鼻歌を歌った彼はペタペタと裸足を鳴らして台所へと離れる。



「俺、明日は本場で、終わったら直ぐに洸祈に会いにきます」

「はい。…………あの……千里がすみません」

「気にしてません。俺、洸祈が大変な時にいつも遠くにいて。でも……俺は洸祈が好きです」

用心屋の前で葵に見送られる陽季は頭を下げた。職業柄、背筋が通っていて美しく曲がる。

「あいつは氷羽を愛してると言いました。誰だか知らないけど悔しかったです。でも、今、あいつを好きなのは俺です。会えるのも俺です。おこがましいですが、今、あいつを愛してるのは俺です。この気持ちは誰にも負ける気はありません」

陽季の姿勢はブレない。

葵が洸祈と同じ顔で頷くと、背中を曲げた。少し婉曲している。

「洸祈はいつも俺と千里で三人でした。三人であることに疑うことも、三人であることを変えることもしなかった。けれど、今もこのままじゃ、結局、俺達は餓鬼の頃と何一つ変わらない」

いつまでも同じ過ちをし続けてしまう。

「琉雨に出会って、洸祈は優しさや思い遣りを知った。呉に出会って、命の重さを知った。あなたの存在で、洸祈は好きっていうものを感じかけている。親友の好きじゃなくて一緒になりたいって人への好き」

言っている本人が恥ずかしいのか、葵は赤面した。

「洸祈は独りぼっちが嫌いです。俺も千里も。だから、一緒に馬鹿してます。けど、心の寂しいは三人でいても満たされないです。兄と……洸祈とこれからもずっと一緒にいてください」



春への風が二人の間を抜け、陽季は月華鈴の仲間が運転する車へと歩いて行った。

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