残された者(2.5)
「旦那様!」
琉雨が洸祈に抱き付いた。しかし、洸祈は不思議そうに琉雨を見下ろして、なんとなくという表情で琉雨の頭を撫でる。
「旦那様?」
「琉雨、ちょっと」
俺は琉雨を呼んだ。
琉雨はそっと洸祈から離れる。
「あの…」
「暫くあの状態なんだ。だから、仕事はできない。今は千里も呉もいないから、店を閉めよう?」
「……はい」
揺り椅子に座った洸祈を見詰めて、琉雨は頷いた。
「洸祈、食べないの?」
「いらない」
言葉は通じるようになったが、洸祈は琉雨の作った食事の前で拒む。
「琉雨が作ったんだよ?おいしいよ?」
「いらない」
いつもは沢山食べるくせに!
「洸祈!」
俺は洸祈に怒鳴っていた。
びくりと肩を震わせる洸祈。
そんなもの知るかと、俺は洸祈の胸ぐらを掴む。
「葵さん!!」
琉雨が止めに入るが、俺もその日は精神的に疲れていた。
だから…。
「琉雨の苦労を知れ!治りたいなら食べろよ!!」
そして、
「やめて下さい!いいんです!無理はさせないで!!」
洸祈と琉雨を泣かせた。
はぁ。
「どーしたの?」
「俺…って…バカ?」
ぱちぱち。
千里が驚く。
「僕と寝ようって時に考えていたのは自分は馬鹿なのか?と…校内首席のあおが?」
「悪かったな。お前と寝ようって時に校内首席が自分は馬鹿なのか?と考えて」
「いいよ。別に」
笑みを溢して、千里は俺の頬に軽くキスをした。
「僕はそんなあおが愛しいんだから」
平気でお前はそういうことを言う。
恥ずかしい奴だ。
「で?どうしたの?」
「洸祈が心配で」
「陽季さん、来てくれるんでしょ?」
ベッドに腰掛けた俺を抱き締め、泣く子をあやすようにゆっくりと揺らしながら話す。
「俺、泣かせた。琉雨まで泣かせた」
分かってる。
洸祈を自宅で治療すると決めたのは俺だ。
「ほんと…俺って馬鹿だ…」
「洸の原因ってストレスなんでしょ?泣かせた方がいいよ。琉雨ちゃんは洸とほぼ一心同体だから」
皆、洸祈を心配してる。
だけど、そうじゃなくて、
「だって…いつもは琉雨のご飯、沢山食べるくせにって思った…」
「それがどうしたの?」
「俺は、今になって洸祈がご飯の量が少ないことに異常を感じたんだ!」
つまり、俺は洸祈の異常に気付いた。確かに少ないとは思っていたが、俺は今更、洸祈に怒鳴ったのだ。
そんな俺は…なんて…―
「馬鹿!!」
ばふっ。
布団を俺は強く叩く。
「洸祈が泣いたのが分かる気がして嫌なんだ!」
どうして今になって責めるの?
気付いてくれなかったくせに。
いつも、葵は怒るんだ。
「俺は家族なのかよ!分かんないよ!!」
分かんない。
俺と洸祈は違う。
洸祈より弱い。
洸祈より頭が良い。
洸祈より思いやりがない。
洸祈より家事ができる。
洸祈よりかっこよくない。
確かに、俺にだって洸祈にない長所がある。
だけど、いつだって決まっていることだあったんだ。
「俺は洸祈の半歩後ろだ!だから、分かんなくていいんだ!…だけどっ」
嫌なんだ。
分かってしまいそうで。
本当に洸祈の原因は氷羽と言う人間なのか?
本当にそうなのか?
ストレスの原因は…―
俺達じゃないのか?
分かってしまいそうな馬鹿な俺がいる。
千里はよく分からないのか、俺が言ったことを繰り返している。
俺もああなりたい。
「もう…いい。寝んぞ…千里」
俺は困惑する千里を置いて、布団に潜り込んだ。
起きていたら、また、馬鹿なことを真面目に考えてしまう。
「あお…」
叫び過ぎた。
喉が痛い。
「泣かないで」
千里は俺が眠るまで撫でていた。