残された者(2)
手を引かないと付いて来てはくれない。俯き、疲れきったようにだらだらと歩く。
洸祈を車内に入れると、後部座席に縮こまり、器用に膝を抱えて眠り始めた。
「迷惑かけてごめん」
「ええんや」
あんな状態の洸祈を電車やタクシーに乗らせるわけにはいかず、仕事中の由宇麻を呼んだ。由宇麻は詳細を聞くや否や、直ぐに車でやって来てくれた。
「昼休みを早くもろたから」
「お医者さんが言ってた。かなり深刻だって…」
由宇麻を待つ間、由宇麻に話すことを考えていた。
全部言いたくなかった。
だけど、言わなきゃいけないと思った。
「俺達は…どないすればええん?」
「見張る…洸祈が悪いことしないように見張るんだって」
重くて…。
苦しくて…。
ぽた…―
「暴れたら薬を一錠あげて…それでも治まらないなら…睡眠薬で眠らせて…」
悲しくて…。
ぽた…ぽた…―
「鬱の時はただ見守って…食べるときも…眠るときも…トイレに行くときも…ずっと見張るんだって…」
痛くて…。
ぽた…ぽた…ぽた…ぽた…―
視界が歪む。
抑えられなくて、俺は踞った。
「その原因…ストレスって…。こういう人達って…いつもと違う行動を…取るんだって…」
それは分かりづらくて、見落とすのが普通と言っていた。
だけど…―
「洸祈…俺たち家族…なのに」
俺は見落としていた。
「こんなになるまで…俺は…」
…―怒らないで―…
「洸祈…ごめん。……洸祈は…ずっと、謝ってたのに…怒って…ごめん」
病院で気に入って放さなくなった犬のぬいぐるみを抱き締めて、すやすやと眠る洸祈は幼い。19歳の双子の兄は小さな子供だ。
「俺、家族失格だよ…」
3日ほど前から、表情がどこか暗かった。食べる量も確実に減っていた。そう、あれがメッセージだったのかもしれない。
精一杯の謝罪だったのかもしれない。誰かへの謝罪。
「俺なんか…洸祈の家族じゃない…―」
「家族や」
細い腕が俺を抱き締めていた。
「ゆ…ま」
「葵君は家族や。崇弥の本当の家族や。たった一人の家族や。だから、崇弥を助けよう?」
止まった車内で、由宇麻は俺の頭を優しく撫でる。
この時、俺は由宇麻を本当にいいお父さんだと思った。
「…うん……」
そして、俺は由宇麻に泣き付いていた。