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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
残された者
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残された者

「君は一体、1日にどれくらいのペースでこの薬を飲んでいたんだい?」

1本の柱に支えられた丸机。その上には真新しい薬のシート。

男はそれらを見詰めて言った。

「…イライラした時に落ち着くまで」

彼は答えた。

「イライラした時とは、詳しく言えるかい?」

男はメモを取りながら訊く。

「…死にたい時と殺したい時」

頭を揺らしてぼやくように彼は答えた。

「誰を殺したいんだい?」

「………煩い」

そう言って薬に伸ばされた彼の手を、男はそっと防いだ。

彼は舌打ちをする。

「私を殺したいかい?」

「…殺したい…イライラする」

彼は手をひじ掛けに戻すと、揺り椅子を揺すり始める。

ぎぃ…ぎぃ…ぎぃ…ぎぃ…。

「水を飲んだらどうだい?」

「…殺したい」

ぼやいた後、男が差し出したコップを掴んで口に傾けるが、水は彼の口から零れて服に染みを作る。男は席を立って、コップを抱えたまま椅子の上で踞る彼の濡れた服にタオルを当てた。

「死にたくなる原因は?」

そしてそのまま、質問を再開する。

「…知らない。死にたい…」

「死にたくなるのはどんな時なんだい?」

ぱりん…―

コップは彼の手から滑り落ちて男の足下で粉々に砕けた。

「言いたくないのかい?」

「―」

「ん?なんだい?」

「…あいつが…俺を責める時…」

ぎぃ…ぎぃ…ぎぃ…ぎぃ…。

「あいつ?」

「…俺の親友………だった…」



……―氷羽(ひわ)―……






「かなり深刻です」

精神科医は鎮痛な面持ちで言った。

朝起きて暴れたかと思うと、完全に鬱ぎ込んだ彼を病院に運んだのは昼のこと。今では外はすっかり暮れている。

雨が降りそうだ。

「今は薬の副作用で重度の鬱になっています」

「回復の見込みは…」

「時間が立てば徐々に抜けます。しかし、少しのきっかけで薬に手を伸ばす。あの類いは患者に持たせると、使う毎に増えていきます。だから、普通は私達医者が保護者に管理してもらう形で与えて貰います」

「俺が」

(あおい)はすくっと立ち上がった。

「しかし、今の彼に仕事をさせるのはやめた方がいい。一人にするのも。できれば誰かが付きっきりで見張って欲しいです」

「見張り…ですか?」

困惑する葵。

当たり前だ。家族を、兄を見張れと言われて困惑せずにはいられない。

「見張るんです」

医者は頷いた。

「彼は、自殺衝動や殺人衝動を薬で必死に抑えている状態です。薬が制限されれば、彼の言うイライラが溜まる。しかし、制限しなくては彼の心も体も壊れてしまう」

洸祈(こうき)を…見張る…」

葵はへなへなと椅子に座り込んだ。

彼の視線の先。

映るのは、特殊な硝子で外からだけ中が見られるその部屋で、ポツリと置かれたベッドに病人服でぽけっと座る洸祈の姿だ。

彼は視線を宙に漂わせて、枕を大事そうに抱える。そして、ぽてっと倒れたかと思うと、口を開き、意味の分からない単語を吐いてコロコロと転がった。ただしょうがないから生きているかのような…。

「何ならここに入院させることもできますが…それなら、ずっと監視がついているし、薬もこちらでちゃんと管理する。間違っても、隠れて飲むなんてことは起きない」

「監視…」

「家族間ですと、どんなに注意を促しても与えてしまうんですよ。薬を」

倒置法ときた。

葵は喉を鳴らす。

崇弥(たかや)さん、お兄さんは本当にギリギリなんです。以前、自殺を図ったこともあるし。見たら分かるでしょう?」

分かる。

洸祈が異常者だということぐらい見れば分かる。見ずとも、「うぅ…」や「あぁ…」と唸る声を聞けば否応なしに分かってしまう。

「どうしますか?」

『あぁ…う』

聞こえる。

苦しそうな声が聞こえる。

「崇弥さん」

医者が葵を呼ぶ。

『う…あ…』

聞こえる。

「崇弥さん?」

『う…うぅ…』

聞こえる。

「崇弥さん、どうしますか?」

聞こえる。

葵は口を開いた。

渇くのか、唇を一舐めする。

「…洸祈は家族で…だけど…洸祈を思うなら…」

葵は言う。

『……ごめ…ん…』


「…入院…―」

葵は言う。




『おこ…ら……ないで…』




「崇弥さん?」

医者は不意に黙った葵に首を傾げた。

「俺、きちんと管理します。だから、洸祈と帰ります」


家族だから、洸祈を一人にできるわけがない。


葵は頭を下げる。

「…分かりました。それじゃあ、説明しますね」

医者は言った。

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