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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編4
136/400

黄色い道の先へ(2)

漆黒のドレスに長いブロンドと白い肌が映え、その西洋人形のような小顔には、紅い瞳が怪しく輝いていた。



「私はオズ。クロのダミーのとこまで辿り着いたあなたを歓迎するわ」

「え?あなたが!?って、ダミー!!?」

危険を顧みずにコンタクトを取ったことが悔やまれる。

まんまとダミーを掴まされていたとは。それも、彼女に言われなければ、ずっと本物だと信じていただろう。

「ダミーよ。でも十分、クロのはダミーで十分。で、私はオズ。3度言うのは嫌いだから、もう聞かないでね」

「えっと…はい」

「では儀式を」

「儀式?」

『儀式』などと聞くと怪しい雰囲気しか考えられない。しかし、先入観と思われても、直接会う以外、この情報屋集団からの情報は皆無に等しかったのだから仕方がないだろう。

僕達は彼女に促されてパーティーの喧騒から少しばかり離れたバルコニーに移った。

「あなたからは別に情報は必要としないわ。あなたにとって、私達こそが情報源だから。その代わり、あなたにはプログラミングの仕事でもやってもらおうかしら。ま、できることで代わりにしてあげるわ」

「はぁ」

「私は情報屋。お金をくれれば誰にでも売るわ。あなたが不利になる情報でも」

「それは…」

つまり、僕の敵にでも…か。

「大丈夫、軍人さんと役人さんが嫌いなのは情報屋として皆共通よ」

クスクスと笑う彼女はそうは言っても、やはり完全には信用できなかった。『誰にでも』とは結局、相手は選ばないということでしかないのだから。

「そう」

「じゃあ、誓いの前に1つだけ。いつも皆に聞いていたから」

「はぁ…」

「私はオズ。詰め物の脳を授け、ただの塊の心を授け、飲むだけで得られる勇気を授けたペテン師。あなたは私を信じるの?あなたは私を信じてこの黄色い道を進むの?」

黄色い道の先が本当は偽りだとしても、この答えは決まっている。

「信じるしかない。たとえ、あなたが神ではなく堕天使でも」

信じる以外の道はない。信じなければ、僕は進める道を全て失ってしまう。いつか、僕は一人で取り残されてしまう。

(せい)をなくした時のように。

「ありがとう。でも、私は基本嘘を吐かない質だけど、吐くときは平気で嘘を吐くわ。だって、ヒトだもの。自分が可愛いわ。だから、私を信用してくれなくたって構わない。だけど、私達は情報では嘘を吐かない。これが第一の誓い。情報屋に嘘つきは不要」

彼女は肩に掛かるブロンドを払うと、柵によしかかって遠くの空を見詰めた。窓から入る会場の眩しい光のせいで、逆光の彼女の表情は分からない。

「第二は?」

「先に、一は誓えるの?」

「誓える」

「第二はあなたの名前ね」

「え?」

これには意表を突かれた。

まぁ、情報屋が本名を使えば、情報を利用するはずが情報に殺されるだろう。

「名前よ。本名がいいの?」

「てっきりあなた達には知られているものと…」

招待状には住所だけでなく『二之宮蓮(にのみやれん)様』と書かれていたのだから。

「これは私からの招待。あなたの本名を知るのは私だけ。それに、皆は別に本名は知りたくないわ。知りたいのは情報。それ以外は無駄ね」

「無駄…」

その考えもないわけはないが、こんなに小さな少女に言われたことは寂しく思えたりもする。

「無駄よ。で、あなたの名前は?何でもいいのよ。アニメキャラでも何でもいいわ。でも、あまり長いのは強制的に簡略化させてもらうから。で?」

『で?』と訊かれても僕はアニメやマンガは見ないし、読まない。遊杏(ゆあん)は毎週日曜の朝にアニメを欠かさず見ているが……何とか戦隊…何だっけ?

「別に何でも…」

「ウンディーネは惜しいわね。あなたにピッタリなのだけど、使用済みだし。そうねぇ……!アリスにしましょう」

「アリス…ですか?」

不適な笑みをこちらに向けたのだからろくでもなさそうと思うのは失礼だろうか。僕は慣れないスーツの首を締め付けるネクタイを直して立ち位置を変えた。

「私には想い出のある名前よ。つい先日、水槽から飛び出し、運悪く他界されたアロワナの藍底過背金龍の名前」

「死んだペットの名前…ですか」

普通は愛着があって大事に心にしまうものでは?

「あら、厭?アロワナよ?あの子の死に、私は一晩中泣いたと言うのに。そうよね、所詮、他人事よね。そんなに厭ならヴィーナスでもいいわよ?先日、見事に隣の水槽にジャンプしたアリスに食べられてしまった出目金なのだけど。ああ…アリス、どうして今回は失敗してしまったの?3メートル向こうのグッピーの水槽に飛びたかったの?無謀なことを…」

嘆く仕草をする彼女はかなり恐ろしい人だと思った。

「……アリスでいいです」

「アリスは7番目。ラッキーセブンね」

「はぁ…」

「あなたはアリス。私達の間で他の名を出したら消されるわよ?これは誓いというより、注意ね」

「誓うよ」

確かにさっき、彼女の纏う空気がひんやりとした。気のせいか、はたまた僕が恐怖したか。

「さぁ、第三の誓いよ」

「まだあるんですか」

「オズの命令は絶対」

「え?」

「私の命令は絶対。誓えるかしら?」

「えっと…」

「なんでこんな年下の小娘に従わなきゃならないんだってとこね」

「そんなわけでは…」

そんなわけを微かに感じたとは年上として言えない。

「いいのよ。それは凄く普通のことだわ。じゃあ、これならどう?……ボスには逆らうな」

「はい?」

「ボスになら従えるでしょ?私が私達情報屋…ま、仮に“組織”と名付けとくわ。その組織のボス。理由は簡単、私が金持ちだから。それにコネも権力もある」

断言するあたり、言葉通りだろう。それに、事実でなければこんな豪華なパーティーは有り得ない。彼女の服装も―喪服のようなのは置いといて―上等な生地だ。

「はぁ…」

「そして、私の技術が組織一だから。一番の人間がボスを名乗ってるだけ。不快かしら?」

「その…君が組織一?まだ君は……子供じゃあ…」

「15のレディに失礼ね。それじゃあ、新規会員様にはプレゼントをあげることにしましょう。何がいいかしら。つい先日ポケットティッシュの遊びにクレハと興じたのだけど、別に目的は街で今時に触れることだから貰ったティッシュは余ってるの。それをあげようかしら」

白けるぐらい一気に話が逸れた。

「それ、押し付けですよ」

「だって、ポケットティッシュのって有り得ないほど粗雑なんですもの。やっぱりフリーだなって感じね。超低コストなだけあるわ」

「あ、あの、ポケットティッシュはいらないです。あなたがボスであることも分かりました」

早いところ本筋に戻した方がいい。

「嘘ね。大切な情報に嘘はいけないとさっき言ったばかりなのに」

「え?嘘なんて…―」

「『嘘つきは不要』と言ったはずよ、アリス」

「ちょっ!待ってください、オズ!僕は嘘なんて吐いていないです!」

乙女心の扱いは慎重でなくてはいけないのは分かっている。しかし、ここまでコロッと変わるのは客商売の僕でも合わせられない。

「……………」

「あなたがただの15歳でないことは分かります。あなたが嘘の情報を僕に与えるはずがない。あなたがクロノスと繋がる情報屋なら」

と、今言える誠意はこれぐらいしかない。

「………………ふふふ」

「オズ?」

「真面目に返してきてビックリだわ。私は少しだけ屁理屈を述べただけなのに」

「屁理屈?」

屁理屈は一応、僕の得意分野だ。

「そうよ。私は情報屋。だから、私はあなたに与える組織の情報に嘘は吐けないの。最初から嘘と仮定したら全て嘘になるけれど、あなたが信じるクロと繋がる人間ならば嘘はあり得ない。クロを信じるなら、あなたは私の存在を信じなければいけないから。クロを信じないのなら、そもそもこの招待には応じない」

15の女の子はややこしい。屁理屈と屁理屈はあまり素直に生きることは難しそうだと、不意に僕は崇弥(たかや)を思い出した。プラスして、童顔君と神影(みかげ)君。

理由は敢えて言わないでおこうかな。

「オズ…。それで、屁理屈とは?」

「私はボス。私はあなたにポケットティッシュのプレゼントを考えた。あなたはそれを断り、私をボスと認めた。ここにあなたの嘘があるわ。矛盾と言ってもいいけれど」

「嘘?……………あ」

「ボスには逆らうな。慎重に行動しているつもりだろうけど、私を子供だとあなたが無意識に思っている証拠よ」

「え……それは…違う…」

きっと意識された屁理屈だったのだろう。でなければ、屁理屈マニアの僕でなくとも投げ出したくなる会話は起きなかった。

そして、彼女はただ…―


「いいの。だって、私は15歳だもの。子供と思ってもらって結構。けれど、私ではなくオズの前ではもっと注意してね」


最後の一文を僕に突き刺したいだけだ。

「…………はい」

大人しく頷けば、彼女は柔らかく表情を崩した。

「ようこそ、アリス。我らのアークへ」

「アーク?」

また『アーク』だ。

「死者の帰る場所、始まりの楽園よ。夜歌と言ってもいいけれど」

「シュヴァルツの?」

“神様”の視点で描かれた多くの世界で起きた数々の出来事を纏めたものだ。言い換えるなら“神様”の日記だ。

その“神様”が特別に愛し、守った世界が『アーク』。いや、世界なのかは分からない。時折、『アーク』が人称のように扱われることがあるらしい。元々が口伝であったらしいからその正否は不明だ。

そして、世界の方の『アーク』は実在するとか。そのことを語れば忌まわしいアリアス・ウィルヘルムの名が出てくるから後にしよう。

「『終焉』の舞台よ。ああ、もう。命名についてああだこうだ聞かれるってかなり恥ずかしいのよ?後は神出鬼没の4番、エリスに聞いてくれる?エリスが付けた名前だし」

言われてみると、命名について語るのは羞恥心が芽生えなくもない。特に一時期の流行りで付けた時は説明に後悔なしでは無理だ。

なので、僕はボスには追及せずに出された白い手のひらに遠慮がちに触れた。




「改めてようこそ。変人の集まりへ」

改まった後は前回と同じフレーズは「ようこそ」だけだ。

「僕も変人の仲間入りですか。よろしくお願いします、オズ」


僕はアークの変人の一人になった。

活動報告に「犬猿の友」のおまけを載せました。よろしければどうぞ。

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