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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編4
134/400

犬猿の友(5)

はぁ…。

崇弥(たかや)に嫌われたやろな…」

確かに、千里(せんり)君の言い分は分かる。

『洸はいつだって誰かの為だ!誰かの為に言葉を選ぶんだ!誰かの為に嘘を吐くんだ!それだけは分かってると思ってた!!』

「俺は分かっていなかったんやな…」



……………………………はぁ。


誰かの溜め息。

裏口から階段を降りていた由宇麻(ゆうま)は周囲を見渡した。

あれは和泉空穏(いずみくおん)だ。

「空穏ちゃん?」

「え?………あ、砂雫石(さしずく)さん」

「へ?俺は梨々(りり)やのうて…―」

言いかけて手で口を塞ぐ。

「……どないしたん?」

「あ…ううん。それより、砂雫石さんって、関西の生まれの方なの?」

「生まれは東京やけど、小さい時から関西出身の祖父と暮らしてたんや」

「そうなんだ」

そして、会話はそれきり。

洸祈の婚約者と洸祈の彼女(仮)の奇妙な組み合わせ。階段を降りた先で二人で一番下の段に腰掛ける。気まずい雰囲気はなく互いの存在を感じつつ物思いに耽っていた。


洸祈(こうき)…普段どんな感じなの?」

ふと、言葉を紡いだのは空穏。

「崇弥?……家族想いで、家族の為なら自分を傷付けてもいいって、そこが少し危なっかしい…」

ああ、やっぱり洸祈は家族想いなんだ。大切なものを本当に大切にしている。自分よりもずっと、本当の意味で大切に…。

由宇麻は洸祈の発言に焦って重要なことを忘れてしまったことに溜め息を吐いた。

「そうや……崇弥は優しい馬鹿なんや…」

「優しい…馬鹿……変わったのね」

空穏は現在の彼女からの言われように驚き、柔らかい笑みを溢す。昔を懐かしむ笑顔だ。

「昔ってどんなやったん?」

「私が婚約者として洸祈に会ったのは7歳の時だったの」




(けん)!久し振り!』

(しん)!相変わらず背ぇちっちぇな!』

兄弟なのは分かるが、駅前で堂々と抱き合わないで欲しい。いかにもどちらか片方の娘らしき自分が可哀想ではないか。

『ちょっと、お父さんっ…』

『空穏、これが慎!俺の兄貴だ!』

「これ」とか“兄”に対して一体、どういう態度!?

恥ずかしい…。

『お父さん、積もる話は後にしてよ』

『なんだ?空穏。もしかして、愛しの王子様に会いたいのか?』

『お、王子様!?やめてよ、お父さん!』

口から滑り落ちたちょっとしたことを今ここで言われて堪らない。伯父さんは父の台詞にニコニコと私を見た。

『ごめんね、王子様は車で弟と寝てるんだ』

『伯父さんってば…』

『冗談冗談。洸祈なら(あおい)と後部座席で寝てるよ。前と後ろ、どっちに座りたい?』

どっちと聞かれても…。

『それじゃあ、俺は運転席な』

父はずけずけと伯父さんのポケットを探って車のキーを取ると、一直線に黒の自動車へ歩く。

本当に娘として恥ずかしい…。

『ごめんなさい、伯父さん。私、後ろに乗ります。伯父さんが後ろだと窮屈かもしれないから』

『おじさんに気を遣ってくれてありがとう。空穏ちゃんは優しいね』

私は慎伯父さんが好きだ。父とは違って優しい。父も優しいけど、優しいの質が違う。父は父親の優しい。伯父さんは男の人の優しい。触れ心地が違うのだ。

『うん』


『ふぇ…あ』

洸祈が私の横で弟の葵君に抱き付いたまま目を覚ました。顔は写真通りの王子様だった。一応婚約者の私はつい緊張してしまう。緋色の瞳はしょぼしょぼとし、まだ寝ている葵君の頬を見詰めていた。

『洸祈、起きたのか。隣にいるのが従妹の空穏ちゃんだぞ』

助手席から手を伸ばし、洸祈の頭を撫でる伯父さんは幸せそうだ。洸祈は伯父さんの顔を認識すると、溢れるような笑顔で表情を崩す。そして、私を見た。ただ見た。

『こんにちは。私は空穏、よろし…―』

『ふぇええ!!葵ぃい!!!!怖いよぉおお!!!!!!』

『え?』

訳が分からなかった。

王子様は突然叫び出す。それも、私を見てから。

『な、何!?』

これはどうにかしてほしい。洸祈は見た目以上に幼く泣き叫ぶ。まるで赤ちゃんだ。すると、騒がしさに葵君が目蓋を上げた。

『ほへ……洸祈?どうしたの?』

葵君は洸祈とは対象的な冷静さで、私と伯父さんの顔を確認してから、涙目の洸祈の頭を撫でる。なんだか、兄と弟が逆な気がする。

『葵ぃい…変な人がぁ!』

喉を鳴らし、しゃっくりをあげる彼は弟の腕に掴まって泣いていた。

『お父さん、その子誰?』

『俺の弟の娘さん。空穏ちゃんだ』

『洸祈、変な人じゃないよ。親戚の人だよ』

『いらない。葵だけでいい!』

洸祈はその後も婚約者を化け物のように扱い、伯父さんが困り顔でも葵君にへばり付いていた。葵君は葵君で、洸祈をあやしていた。


『ねぇ、洸祈君は?』

どんなに失礼な人でも婚約者だから、私は洸祈と親交を深めようと思った。

縁側に座って夏蜜柑(なつみかん)と呼ばれている大人しい犬の耳の裏を掻く葵君に私は声を掛ける。すると、夏蜜柑は大きな欠伸をし、葵君は私を一瞥してから何も答えなかった。着物を着こなす彼は庭を眺めるだけだ。

その姿ははっきり言って、かっこいい。それにどう見ても洸祈より葵君の方が大人に見えた。

素っ気ないけど、葵君が婚約者だったらいいのに。

と、思った。

『あの…』

『お父さんの部屋。お勉強中』

『お勉強?洸祈君だけ?』

双子なのに?

『洸祈は忘れっぽいから、お勉強しないと皆の名前を忘れちゃうんだ』

名前を忘れる?忘れっぽくても限度があるだろう。けれど、お勉強中なら邪魔はしない方がいい。これ以上嫌われたくないし。

私は夏蜜柑に触りたくて、葵君の横に座った。座ってから嫌だったりしないかと顔色を窺ったが、葵君は真っ直ぐ池の鯉しか気にしていなかった。

『鯉、好き?』

私は夏蜜柑の滑らかな毛触りを堪能しながら聞く。

『………………』

『葵君?』

『え?』

『鯉は好き?』

『うん』

『私も』

『本当?』

『うん』

にこっ。その時、葵君の笑顔を見た。

『お祖父ちゃんが俺の誕生日にくれたんだ』

綺麗な鯉が優美に海を游ぐ。

『錦鯉を5匹、俺の年の数分』

けれど、鯉は3匹しかいない。

『2匹は死んじゃった』

そこで会話はそれきりとなる。しかし、私としても喪失の話で空気を暗くしたくない。

私は葵君と鯉を眺めていた。


『葵ぃ!』

白の振り袖の洸祈が縁側を駆ける。そして、葵君の背中におぶさった。葵君は膝に乗りたがる彼を膝に乗せてやると、はしゃぐ洸祈の髪を鋤く。

『洸祈、叔父さんの娘さんの空穏さんが何か用があるみたいだよ』

『叔父さん嫌い』

『こら、叔父さんの娘さんの空穏さんに失礼だよ』

洸祈の「いらない」といい、彼はかなり失礼だ。だが、葵君の叔父さんの~から入るのも気に障らないと言えば嘘になる。

『もう。私は貴方の婚約者なの!それに、私は空穏。ややこしく呼ばないで』

はぁ、言えた。

すると、洸祈が号泣。

『うわああああ!!!!!怒ったああああ!!!!!!!』

耳にキンキン響く。

葵君がキッと私を睨んだ。けれども、兄が大袈裟なのだ。葵君は十分私が怯えたのを見ると、洸祈を抱き締めて首筋に額を付ける。

『洸祈は悪くないよ』

『葵ぃい…』

鼻を啜り、葵の胸に目を押し付けた。

『泣き止まないとお父さんが外に出させてくれなくなるよ』

『やだぁ』

駄々を捏ねる男の子はどう足掻いても私の婚約者だ。このまま成長したら、私には付いていけないと思う。

『俺もどんど焼き一人で行きたくないよ』

『うん。葵には俺が必要だもん。あんな魚よりずっとずっと』

あんな魚?

洸祈の指先は鯉を指していた。葵君の大事な鯉を。

『あんな魚より洸祈がずっとずっと必要だよ』

何だかおかしい。葵君はさっきまであんなにあの鯉達を愛しそうに語っていたではないか。

洸祈の為?

『おかしいよ!洸祈君はお兄ちゃんじゃないの?葵君に甘えて…』


『葵は俺のものだよ。あんたに言われたくない』


怖い。冷めた眼。

私の大嫌いな顔。

その後ろで葵君が一瞬だけ寂しそうな顔をした。

『行こう、洸祈。稽古の時間だ。璃央(りおう)が待ってる』

『いーっだ!』

洸祈は私に向かって人差し指で口を広げておもいっきり舌を出す。

これはムカついた。

『私だっていーっだ!』

だから、やり返した。

『馬鹿ぁあああ!!!!』

そしたら、また泣き出した。

私は夏蜜柑を抱いてそっぽを向く。

洸祈は葵君の手を握って泣き喚く。

葵君は私に頭を下げる。

『空穏さん、洸祈は知ってるものから繋げて言わないと人が解らないんだ。ごめんね、ややこしくて』

『え?』

『洸祈が鯉を殺しちゃったのはわざとじゃないんだ。俺が鯉に夢中で取られちゃうと思ったから。ごめんね、不愉快にしちゃって』


洸祈君が鯉を殺したの?


と、聞き返したいほど衝撃的なことだった。

しかし、花の咲くような上機嫌で話し掛けてくる洸祈と共に去って行って、聞く暇はなかった。




「洸祈は葵君にべったりで、葵君は洸祈を異常なくらい甘やかしてて。完全に二人だけの世界を作ってたの」

「そうなん?今と全然違うんやな」

「優しいとかって、葵君の為にある言葉だと思ってた」

クスクスと微笑する空穏に由宇麻が微笑んだ。

「本当は砂雫石さんは洸祈に彼女役を頼まれただけでしょ」

ぎくり。

由宇麻が固まる。

「な、何でや?」

「女の勘」

「女の……」

「そうよ。でも、洸祈に貴方のような素晴らしい人が近くにいて良かった」

「空穏ちゃんは崇弥が嘘吐いたこと怒らないん?」

上目遣いで由宇麻は空穏に訊ね、空穏はぱちくりと瞬きした。

「もし結婚したら、洸祈は強制的に私と崇弥家に連れ戻されるの。崇弥姓の者だけじゃない。私達分家の主として、崇弥家から自由に出ることはできなくなる」

「そんなに厳しいんか…」

「だって、軍のお抱え武術一族だもの」

結ばれた唇は空穏の生い立ちも表すのだろう。歴史ある名家の一人であるかぎり縛りもあるはずだ。

「洸祈は珍しい。崇弥家の長男でありながら、軍学校で暴れて退学。その後で嫌いな私のお父さんに女の子と頭下げに来て、この家をもらった。そしたら、この家でいつの間にか大家族で住んでるの。親戚には“変な餓鬼”で有名よ」

「本当、変な餓鬼んちょや」

親戚は大層驚いただろう。しかし、あの慎の息子ならば仕方ないとも思ったに違いない。慎は自由奔放気紛れ男だ。

「私、洸祈が好きよ。嫌いな思い出ばかりだけど、あれで男らしいところもある」

「あ…空穏ちゃん……」

「だけど、好きなだけ。結婚したいとは思ってないの」

「え?」

婚約者なのに?

「大切なものをこの家に沢山持っている人を無理矢理連れ出す気はないし。洸祈ってキレ症じゃない?怖いし」

「キレ症……短気ではあるなぁ」

「洸祈は結局馬鹿だから、心配だった。でも、リビングに入って、温かい部屋だなって。洸祈はここで幸せなんだなって。そうね…この用心屋さんに負けたわ。洸祈はきっかりきっぱり諦める。顔に関してはまだ惜しいけど」

空穏はスカートのお尻を払うと、太陽に向かって伸びをした。女性特有の曲線に由宇麻は女装姿は負けたなと忍び笑いをする。

「それじゃあ、私はお父さんを連れて退散しなきゃね」

喉かな春を纏い、彼女は用心屋のドアを開けた。




「崇弥、好きな子が居るん」


「え?」


「本当に好きな子が。その子、めっちゃええ子なんや」


「………………その子は洸祈が好き?」


「俺が嫉妬してまうぐらい」


「親戚一同、失神ね」

そして、彼女は豪快に笑った。

洸祈のように豪快に。



由宇麻も腹を抱えて笑った。

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