犬猿の友(4)
崇弥のバカタレー!!!!
薄暗い室内。
「うっ」
ぎしっ。
「はぁ…っぅ……」
「っ…ぁ…」
ぎしっ。
「……はぁ…はぁ…」
バタン!!!!!!
「聞いてや千里君!葵君!」
目尻を涙で濡らした由宇麻は勢いよく千里の部屋に入った。すると、そこにはベッドで絡み合う全裸の二人。
「ゆ…まっ!!!!!!」
青みがかった髪を汗で湿らせているのは葵。彼は千里の下で驚愕に顔を歪めていた。
「…あおっ…僕を見て…よっ」
鮮やかな金の髪をベッドに広げているのは千里。彼は焦りと快感であやふやな表情をしていた。
「!!!!!!!?」
由宇麻は壁に背中をへばりつけた。彼は片手で見失ったドアを探る。
その間も彼らは続けていた。
「――!!!!!!!!」
…―葵が千里に唇を塞がれたまま絶叫するまでは。
「しのゆーま」
と、千里。
「………………」
と、由宇麻。
「さいてー」
と、千里。
「………………」
と、由宇麻。
「ちょっと後ろ向いててよ。あおの裸は僕のものなの」
と、千里。
机のライトに眠る葵の裸体を晒した千里は柔らかいタオルで全身を優しく拭く。それはもう刺激を与えないように優しく。
「葵…愛してるよ」
そして、眠り姫に囁かれる言葉。
「……せん…―」
―……り。
寝言が愛らしい。
千里は葵をシーツにくるんでから散らかった服を着て伸びをする。
「ふぁっ…」
眠いなぁ…と、翡翠が由宇麻を捉えた。
「そんで?僕のお楽しみを邪魔して何の用?」
「最後までやったんやろ?ならええやん…別に」
「由宇麻の登場でもう少し長く楽しめたところを短くさせられた。それに、部外者の前でも手ぇ弛めなかったって後で怒られる」
くるんだシーツに手を忍ばせる千里。葵は小さく唸った。
「まだまだやりたかったのに…あおが僕を下に敷こうとした仕返しに…」
「千里君…葵君とそーゆー関係やったんか…」
由宇麻はこの厭な空気に力が抜けて壁に凭れる。
「んで?聞いてあげるよ?」
千里のあっさりな切り返し。
「由宇麻のばーか」
馬鹿と言われたのは洸祈を馬鹿と言った由宇麻だ。
「なんでや!嘘はいかへんって…空穏ちゃんが可哀想やんか」
「ふーん。由宇麻は言うわけだ。洸は陽季さんっていう男が好きなんだよって」
なんだか冷たい。
その反応に由宇麻はぷくっと膨れっ面をした。由宇麻には由宇麻なりに考えがあるのだ。だからこそ、千里の態度はムカつく。
「そうや」
「洸は同性愛者だと教えてあげるんだね。由宇麻は優しいね」
同性愛者など差別の対象と同じだ。女は男に恋し、男は女に恋する。それが人間の営み。常識だ。非常識は煙たがれ、排除すべきものとなる。
千里の言いたいことは分かる。
しかし、由宇麻は違う。
「だけど…嘘は……」
「由宇麻は洸を分かってない」
否定の色を持って微かに枯草が揺れた。
分かっていると…。
千里の瞳が珍しく細くなった。
「和泉空穏は煉葉に並ぶ大富豪の和泉の一人娘。婚約を解消したとしてその理由が好きな男がいるから。洸は陽季さんが好きだから和泉空穏と結婚しません。崇弥の名を潰すだけじゃない。崇弥の人間を落とすことになるんだ。あおも崇弥の実家の皆も。慎さんだって。そして、この店もまた」
和泉の一人娘の溢した何気無い一言があっという間に洸祈の周りの全てを変える。
世間での風当たりは最悪。
それは洸祈だけじゃない。たった一人の肉親である葵や崇弥に尽くす真奈達もまた。その風は亡くなった慎の名にも当たる。
そして…―
「何より洸の最愛の人が貶されるんだ!」
洸祈が愛する陽季もまた…
孤児で家柄なんてものがない彼は権力の前に脆く崩れる。努力が無に変わってしまうのだ。
「和泉空穏だってそうだよ。嘘?私が好きになった人は同性愛者でした。彼女はそう言ったレッテルを貼られて生きなきゃいけなくなるんだ。彼女のプライドが傷付けられるんだよ?」
壁に追い詰められていた由宇麻は髪を垂らした千里の形相にびくりと肩を竦める。そんな彼の桂を掴んだ千里は冷めた瞳のままそれを取り、投げ捨てた。
「僕が傍にいれば良かった」
由宇麻の両肩を壁に縫い付け追い討ちを掛ける。
否、思いをぶつける。
「洸はいつだって誰かの為だ!誰かの為に言葉を選ぶんだ!誰かの為に嘘を吐くんだ!それだけは分かってると思ってた!!」
由宇麻相手だからこそ千里は言うのだ。
「洸が本音漏らすから!由宇麻には本音漏らすから!!だから僕は我慢してるんだよ?僕だって…僕だって…―」
どうしてだよ。
感情の昂る千里の表情を隠す前髪。笑うことで隠した気持ちは限界まで溢れていた。
そんな彼の細い四肢を抱き締めるのは葵。シーツを纏った彼は千里を優しく抱く。
「千里、分かってるから。…いつまでも一緒にいるから」
「あ…お」
隠した涙は溢れ、千里は由宇麻を放して葵にしがみついた。千里の初めての顔に由宇麻は膝から床に崩れる。
「なんで…なんで由宇麻なのさ!…僕だって…僕の方が…なんで…なんで!…なんでさ!!…どうしてだよ!!!!」
千里は問う。
なんでと問う。
答えのない問題に苦悶する。
なんでと問う。
どうしてと問う。
「僕だって」と…―
「僕の方が」と…―
―…家族になりたかった…―