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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
記憶追悼―清―
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氷の籠

…―清い?お前のどこが清いんだ?―…







双灯(そうひ)が飾り棒を使う時に履く下駄を一時的に無許可で借りた。

『転ばないわけ?』

『転んでちゃあ、まだまだだな。でも、ま、お前が履けばその低い背もマシになるぞ』

『煩い!』

高さ30センチはあるそれは、不覚にも、俺の視界を驚くほど高くした。


カツン…カツ…カッ…カカカ……カツン…カツン……―

「………あ、あの」

「?」

受付の番台に乗る男は声音を聞いて斜め下を向いた。だがしかし、見えたのは藍の腰帯であり、ゆっくりと首が上がる。

そして、俺と目が合った。

「………………坊や、お遊びかしら?」

「は?坊や?」

「ここは大人のお店よ。早くお家に帰りなさい」

「ち、違う!俺は、大人だ!買いに来たんだよ!」

確かに、30センチ足しても150センチいくかいかないかだ。だけど、顔と声で判断されるのは癪だ。

「ふ~ん。坊やがお買い物ねぇ」

オカマさんはがたいがいいくせに綺麗な睫毛をしていた。そして、俺をじろじろと眺める。そこに遠慮はなかった。

「な、何だよ」

「じゃあ、身分を証明できるものを。二十歳以下はお断りなのよ。娘に息子が勝手に、なんて怖い親御さんと警察沙汰は嫌なの」

「証明!?……え…あ…っ!?」

証明とは予想外だった。そのせいで焦りにうっかり足が縺れて転んだ。

ひっくり返って長い着物から偽物の足が覗く。

あ……………バレた。

オカマさんは目を真ん丸にしてから堪えきれずに爆笑。双灯の嘲笑と同じでキレる寸前だった。

俺はひっくり返りそうになりながら、今度は精一杯の怒り顔で仁王立ちする。

が、

「お父さんとお母さんの許可をもらってからならいいわよ。その下駄も許可もらったの?」

爆笑に爆笑。無様な俺にヒーヒーと腹を抱えて笑う。

そんなに笑うな!

でも、

オカマさんの言う条件なら俺も買えるはず。

「俺には父親も母親もいない。二人とも事故で死んだ。だから、許可なんてない」

お父さんとお母さんは俺と死のゲームをして、彼らの計算通りに俺は愛しい息子として一人勝ちした。

「あら……いいわ。じゃあ、お相手しましょう。ご注文は?」

ふと正直に聞かれて、俺は慌てた。

だけど、ご注文は…―



「“清”を………買いたい」



「清……?」

オカマさんの表情が固まった。

「赤っぽい髪の、清って言う奴」

聞いたのが、本名か別の名前か分からないから、もしかしたら違う名前なのかもしれない。しかし、オカマさんは“清”で分かっていたようだ。

「残念、その注文は無理ね」

「は!?どうしてだよ!」

さっきの言葉は嘘なのかよ!

ちょっとでも話の分かるオカマさんだと思っていたのにだ。

「清はついさっきまで大人の男の人と寝てたの」

「っ!!」

流石にリアルに聞かされると挫けそうだった。だけど、俺はその男よりも1000倍…いや、無限倍の覚悟をしてきているのだ。

「俺は寝ない!起きてる!」

これは俺の真面目だったと言うのに…―

「この子…可愛いわね…起きてるって?っははは…ははははっ…」

またもや、爆笑に爆笑。

「俺は清を買うんだ!」

「あーもう、君って可愛いわ。今まででサイコーのお客さん」

番台をがさごそと探り、オカマさんは俺にペンを差し出した。

「?」

「ここに名前書くの。ほら、書いて」

俺はどうやら買う資格を得たようだ。俺は馬鹿正直に本名を書きかけて、やっぱり止めた。大人の世界は騙し合いが基本と聞いたから、それに乗ることにする。


第2の名前を書き、注文枠に“清”と書いた。



「いらっしゃいませ、夕霧(ゆうぎり)様。籠の間へご案内いたします」


準備中の札を所定の位置に掛けた男は俺の出した財産をやんわりと押し止めて、俺の前を歩く。

「え?前払いだろ?」

「今の清は体からしかお金を取れないわ。だから、起きてる君からは取らないの。そうでしょ?」

つまり、セックスしない客だから金を払わなくていいと言うことか。

「お礼を言いに来たんだ。去年、ここで迷子になった時、道を教えてくれたから」

「そう。……だけど、今は清は鬱ぎ気味だから」

「何かあった…?」

儚い笑顔の清。

お礼も言いたかった。だけど、本当は、また会いたかっただけ。また話したかっただけ。

「ここのお嬢様の気紛れと言うか…苛々のとばっちりを受けちゃってね。唯一、仲のいい子とも部屋を離されて」

「俺が会っていいの?」

「いいの。寧ろ、会ってあげて。君が買ってくれている間は他のお客が買えないから」

「分かった」

清の為になるなら。


「ここが籠の間」

館の一番奥。そこに籠の間はあった。籠の小鳥の彫刻が真ん中に見える襖。枠に蔦が絡む姿も彫刻で表現されている。

「清、夕霧様よ」

『……………………』

しかし、何も返ってこない。

「清は?」

いない?

「大丈夫?どうかした?……入るよ?」

『…………待って…ください』

オカマさんが襖に手を掛けると、言葉が小さく返ってきた。それは掠れた声だったけど、俺には分かった。清だ。

「処理なら手伝おうかしら?」

処理?

『……………………すみません…お願いします』

「夕霧様、少しお待ちを」

オカマさんのウインク。そして、オカマさんは襖を細く開けて入る。



甘ったるい匂いと乱れた布団の中から青白い顔で這い出ようとする少年のいる部屋へ。





清がいる部屋へ。




しかし、彼の表情は死んでいた。

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