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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
未完成品
122/400

稲荷と子供(2)

『おっと…危ない』



由宇麻(ゆうま)!―

スイが振り返って止まった。

それは由宇麻の手から滑り落ちた瓶を上手く掴み、細い体を胸に抱く。

『飲み過ぎだよ。少年』

―………()?―

『私も君は()?』

―その子の知り合い―

『そうかそうか。私は見ての通りだが、君の知り合いをどうする?』

それが腕の由宇麻を抱っこして小鳥を見詰めた。スイはそれの肩に頬を乗せて寝息を発てる彼を見て、開いたままのガラス戸から部屋に入る。

―代わりにベッドまで運んで欲しい―

『分かった』

それは素足のまま風と共に家に上がり込んだ。



『信用をありがとう』

―ヒトよりは安心できるから―

泥酔して眠る由宇麻のベッドに腰掛けたそれの肩に乗るスイはそこで体を休めた。

『嬉しいかぎりだ』

それは小さな笑みを見せる。

小鳥とそれ。奇妙な組み合わせだった。

―稲荷がどうして下に?―

それ(稲荷)に訊ねる。

『この近くに面白い店があると聞いて。私達でも入店を許可されているとか』

―それはここの向かいだよ。用心屋だ―

月を映すガラスの向こう。スイが教えた。

『ああそうだ、用心屋だ。だがしかし、気配がないが?』

―お出掛け中だから―

『いつ帰る?』

―知らない―

灰色の瞳を細くして用心屋の建物を眺める稲荷。その後、稲荷は深く溜め池を吐いた。

『ならば、また改めて来るとしよう』

腰をゆったりと上げる。

―改めてでいいわけ?急ぎじゃないの?―

『急ぎ…じゃない。ただ、私は稲荷だ。帰らなくては』

―でも…―

スイが稲荷から離れた。

“稲荷”の縛りを知りながら弱々しく引き留めようとする。しかし、稲荷は首を左右に振った。

『帰らなくては社が心配だ。だけど…無理かもしれないな。私はもう時代遅れだ』

ある時、名も知らぬ少年から信仰を失った神様は塵以下だと言われたが、実際は塵どころか存在を失う。塵とも認識されなくなる。

『この部屋のように美しかった我が住まいも、手入れをする者も居らず、結局は美しかっただけ。今では君と違って……私を知るヒトはいない』

由宇麻の桜で満ちた室内。夜空に舞う桜の壁紙は彼が大金を出してまで得たもの。窓辺の芝桜は小さな蕾を無数に付けて開く時期を待っている。ベッドのシーツも枕カバーも桜か薄桃と、調度の殆どが桜だった。

『ここのようにいつまでもいつまでも…変わらなければ良かった』

―だけど、何処かに変わりたい者もいるよ―


麦畑に埋もれる少年のように…………。







「うううぅう…」

ぐらぐらする頭を押さえた由宇麻は布団の中で伸びをした。

「二日酔いやぁ…」

ぼやき、眉間を揉み、丸くなる。昨日を思い出そうとするが、何も出てこなかった。

―由宇麻、起きた?―

「俺、寝ながら飲みまくってたに違いあらへん…」

ベッドから這い出し、開いたままのベランダへのドアを「物騒やなぁ」と、由宇麻は閉める。

―昨夜は帰ってきたら直ぐベッドに入ったよ。途中で暑いとか言ってベランダに出たけど―

「そうなん?うわぁ、すまんな、スイ君」

―今朝はご飯抜く?―

「抜かん。そうやろ?(れん)君に三食しっかり詰め込めぇ言われてんし。スイ君は昨日は市販のやったし」

昨日は、由宇麻は病院に半ば強引に張り付けられていたため、家に帰れなかった。スイは市販のペットフードを食べたが、それでも、スイは鳥よりも人に近い。由宇麻は喋り笑うスイには出来るだけ人の食事を与えたかった。それに、スイは案外舌が肥えている。蓮宅の遊杏(ゆあん)が作る、由宇麻も唸る食事の影響かも知れない。

「そうやな、朝ご飯はお粥にせえへん?頭ガンガンやし」

―そうだね―

スイは由宇麻の朝の習慣の芝桜への水あげを観察すると、ジーンズにワイシャツを引っ掛けて階段を降りる彼の肩に止まった。




そして、

司野(しの)

「んー?」

庭の芝桜達に如雨露から水をあげる由宇麻は名前を呼ばれて振り返ろうとした。しかし、それは肩からするりと滑って現れた両腕に阻まれる。

「なんや?勝手にいなくなったこと謝りたいん?」

「うん。ごめん。陽季(はるき)が誕生日だったし、何より…会いたくって。駄目だった?」

「次、消えたら許さへん。ええか?」

「ありがと。綺麗な花だね。なんて言うの?」

「芝桜。もちっとしたら、満開や」

太陽を嗅ぐ由宇麻。

麦畑に顔を埋める彼。



「おかえり」

「ただいま」

由宇麻は洸祈(こうき)を抱き締めた。




「やっと、帰ってきた…………」

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