稲荷と子供
枯草色の髪を夜風に靡かせて宙を見詰めた彼は、胸に抱えたブランデーを瓶から直接口に含む。
―由宇麻、冷えるよ?―
「そうやな。せやけど……冷えたいんや」
青い体に黒曜石の瞳のスイはベランダの柵に凭れる由宇麻の肩に乗った。
彼の目の前には崇弥洸祈が店長の用心屋だ。2階建てで、見た目とは裏腹に中は広い。
2階が店員の住居。1階が仕事場となり、ドアを開けて入り口から暗い廊下を真っ直ぐ進み、突き当たりで再び磨りガラスのドアを開ければ―オフィスと呼ぶほどではないが―そこで依頼を受ける。
簡易の台所を備え、それなりの暖炉に革張りのソファー、店長愛用の揺り椅子。そして、空いている場所を埋めるように本棚が並ぶ。並ぶのは様々なジャンルの本。目につくほとんどが外国語表記の背表紙はインテリア好きの店長とその護鳥の美少女の影響だろう。それか、年の割に二人とも原色や原色の組み合わせを嫌うために自然とそうなったのか。
ともかく、その用心屋からは一切の照明が消えていた。完全に留守なようだ。
「スイ君は分かるんか?」
―ちょっと取り込み中みたい―
「それは…」
―ごめんね。分からない―
嘴で耳を隠す枯れ草色の細い髪を耳に掛けてやると、スイは囁く。
―今の僕は君の身体しか分からないよ―
「蓮君がわざわざ俺の為に?」
―うん。でもね、わざわざなのは蓮が君が大好きだからだよ。だから、何かあっても僕が外の状況を知らないようにしているんだ―
「ありがとう。やな」
由宇麻は指先でスイの頭を撫でた。そして、つい先程湿布を剥がした打撲傷のあった場所を触れる。
「清君のこと……何かあったんやろか……」
少しは心配してくれただろうか。心配させてしまったなら申し訳ない。
「なぁ、スイ君は清君…崇弥のこと知ってるんか?」
―セイは僕の片割れだから、よく洸祈の過去を知ってる。全て蓮を通してだけど―
「なら…………いや、やっぱりええ。蓮君に悪い」
―そうかな?蓮はもう気にしてないよ。寝るのだって、そこまで苦には…―
「いいんや!聞きとうないんや!…………分かってや……スイ君」
由宇麻の手にした瓶が柵にぶつかって夜に響く。スイはそれきり何も発することをなくすと、由宇麻から離れて柵に止まった。そして、首を回転させてじっと用心屋の方向を向いていた。
「俺は…………最低や……」
由宇麻はまた一口、甘ったるいそれを無理矢理胃に押し込む。
「もう……どうにかなりそうや」
由宇麻の身体が脚から崩れた。