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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
未完成品
119/400

未完成品(8)

(れん)はぼんやりした頭で周囲を見回した。

薄暗い。

独特の澄んだ空気。

多分、早朝だ。

そして、自分は何かに寝ている。

この慣れた感触は……。



「僕の…家か」

自宅の天蓋付きベッドに寝ていた蓮はゆっくりと体を起こした。その際、痛みはなかったが、節々がぎちぎちと軋んだ。


紫水(しすい)の研究室にいたはずだ。

そして、死んだ…はず。

しかし、生きている。

ここが天国でないのならばだが。

硬くなった肩を解した蓮は頬に風の流れを感じて天蓋の奥に目を凝らした。多分、窓が開いている。

「たか…や?」

洸祈(こうき)だ。

バルコニーに出ているようだ。

蓮は動こうとしない両足をベッドの外に出し、柱に掴まって立とうとした。

「……!?」

だがしかし、蓮の脚はカクンと折れ、彼は咄嗟に変えた向きでベッドに突っ伏す。

脚は動けなかった。

「脚がどうの言ってたっけ……」

ああ、そうだ。

紫水が助けたのだ。

蓮は胸の内が温かくなっていることに微かに笑みを溢して床を這うことにした。天蓋の向こうの洸祈は何かに集中しているらしく、蓮が起きていることに気付いていない。


名前を呼べばいいのに、彼の気配に無意識の内に息を殺した蓮はバルコニーへ近寄った。





「契約を開始する」


発光体を手に乗せた洸祈は淡く輝く陣に立っていた。

(琉雨(るう)……ちゃん?)

蓮の凝らした目で見えるのは両手に収まる穏やかな寝息の琉雨。彼女は元の姿を夜風に当てていた。

(何故…再契約を?)

蓮が眠っていた間に何かあり、契約が切れたとしか思えない。もしかしたら、洸祈が過去に消えたことで主人が死んだことになったのかもしれない。


「母体は琉歌(るか)だ。……いや、宝白(ほうはく)を」


暫くすると、清んだそこに神聖な空気が満ちてくる。

(何か…くる!?)

遠くからくる形を持った大きな力の持ち主。

蓮は心臓を圧される感覚に冷や汗を流してことの行方を見守った。


『洸祈』

長く白い髪。流れるような長髪を高い位置で結び、白い肌を白い着物から微かに覗かせる。緋の瞳は洸祈や琉雨と同じ。端正な男性の面立ちを象るそれはバルコニーの柵にふわりと降り立った。

一瞥した洸祈は無表情で見下ろす男に深く頭を下げる。

「宝白、すまない」


離れた蓮でさえ、息をするのがやっとだと言うのに、洸祈の動きに乱れはない。カミサマである護鳥の琉雨と契約していたからだろうか。


『私を呼ぶと言うことはその子とまた契約したいと言うことか?』

「そうだ」

『いいのか?その子は璃央(りおう)がつけたお前の監視役だ。折角、契約が切れたと言うのにではないのか?』


その時、宝白とカーテンの影に隠れる蓮の視線が絡んだ。

(――!!?)

自然な動きだったため、蓮に背を向ける洸祈は気付いていないようだが、蓮の存在に宝白は完全に気付いている。だがしかし、宝白は蓮を放置して洸祈をじっと見詰めた。


「琉雨は大切な奴なんだ。いつでも俺に笑いくけてくれて、俺のために泣いてくれる。そんな奴が命を貰えて嬉しいと、名前を貰えて嬉しいと、家族を貰えて嬉しいと言うんだよ」

洸祈は宝白の白い手に琉雨をそっと乗せる。

「確かに、監視されるのは迷惑だ。巧く動けない。だけど、琉雨は俺が制御効かない時に止めてくれる。それに、あいつと同じカミサマだっていうのに、俺の事情を押し付けたくないんだ」

『その子はお前の過去を意識の奥で知っている』

「いつか思い出す。その時、琉雨はきっと、俺の代わりに苦しむ。琉雨は優しいから。だけど、あいつのことで琉雨を泣かすことだけはしたくないんだ。俺の過ちで琉雨を泣かせたくないんだ。泣かせたら、俺は……多分、全部抑えられなくなる」

『嫌か?』

「嫌だよ。もう、(えん)の時みたいなことさせたくない。俺も……今の幸せを自分の手で壊したくない」

洸祈の言葉に反応するように琉雨の輝きが、一層強くなった。

「琉雨?」

『この子もお前と共にいたいようだ』


蓮が見たのは心が――特に喜楽の心が――ないカミサマの笑みだった。宝白は洸祈と琉雨を見て優しい笑みを溢す。


『分かった。契約を開始しよう。この子は主への絶対服従。お前は…―』


「俺の魔力を」


綺麗だった。

宝白の背中に輝く羽は琉歌のものと同じで純白で美しい。


『琉雨の母体、琉歌が証人となろう』


彼らを取り巻く風は力強い。

(これが……護鳥との契約…なのか)

契約されている護鳥の数は年々減っている。原因の1つには、護鳥達の住み処である北欧辺りの森が開発と共に減ってきたこと。また、人間への不信に契約に応じる護鳥の数が減ったこと。

他にも様々な原因があるが、特にこの2つが大きな原因となっている。

どちらも結局は、護鳥達が人間に対する意見を変え始めたからだ。


ヒトはコワイ。

セカイをコワス。

ダカラ、

ヒトはキライ。


護鳥は他の魔獣と同じで、はっきり言って単純だ。

恐れれば逃げる。

怒れば牙を剥く。

昔のままならば、住み処を追われても、人間に歩み寄っただろう。いや、昔のままならば、そもそも聖なる場とされた深き森を拓くことなどなかったはずだ。

もう、彼らにとって人間は恐怖と嫌悪の対象でしかなくなってしまったのだ。

そのため、魔獣との契約でも、もとが少数の護鳥との契約はとても珍しい。


「俺の過去の……全ての共有を…代償に」


(過去の共有?まさか……琉雨ちゃんは洸祈の過去を知っていた?)

それをまだ琉雨は思い出していない。洸祈との契約と同時に生まれた琉雨にはそれが主の過去だとは知らないのだろう。忘れているのかもしれない。

しかし、今度のこれは、琉雨は成長している。頭も良くなった。

本当の意味で琉雨は過去を共有してしまうかもしれない。


洸祈の顔は見えないが、体の震えは目立っていた。気付いてか、宣言した洸祈に宝白からの圧力が消える。

「宝…白?」

『今度こそ、この子の記憶にお前の記憶が刻まれる。本当にいいのか?あの子の存在にも気付いてしまう。今までで通りは無理だ』

「…………宝白は嫌か?」

洸祈は逆に聞き返した。

宝白は春先の空に白煙を吐き出すと、琉雨の小さな頭に指先を滑らす。

『嫌だな。この子は私の愛し子だと言っただろう?璃央が頭を下げるから私はお前にこの子を託した。だが、今回は璃央から好きにしてよいと言われている。無理にこの子を再契約させる必要はないと。本来なら、やがてこの子は私達の故郷に帰る。私が望むなら、璃央がこの子と契約してもよいと言った。私はこの子が泣いたとしても、必然的にやってくる苦痛に晒すぐらいなら、璃央やお前の父親の故郷で一緒に暮らす。この子は私に憧れを抱いているようだしな』

それは愛娘にするのと同じような愛撫。

『けれども、やっぱりこの子は琉雨で、お前が大好きなんだ。琉雨はお前の護鳥だ。どうする?洸祈』

その時には彼の震えは止まっていた。そして、洸祈は伸ばされた宝白の雪のように白い手の甲に接吻する。

「俺の過去の全ての共有を……俺から琉雨への忠誠の証に」

『琉雨はお前を命懸けで守る』

「俺は琉雨を命懸けで守る」

宝白の威圧感が戻ってきた。白の羽が大きく広がる。

彼が息を軽く琉雨に吹き掛けると彼女の体は眩しい光に包まれ、少女の体として宝白の腕に抱えられた。

『お前が与えるんだ』

洸祈は琉雨を抱き抱えると、陣の中に座り込む。

「はぇ…?」

「琉雨、起きたか。お前はこれから暫く悪夢を見る。残酷な俺の姿だ。怖いだろう。だからと言って、目を逸らさないで欲しい。俺はすぐ傍にいるから」

瞳を開閉させた琉雨はこくこくと頷くと洸祈の首に手を回し、蓮には聞こえない小さな声で何かを囁いて目を閉じた。

「琉雨、おやすみ」

二人の体が朝陽に赤く染まった。




(終わった…のか?)


「――!!!?」

琉雨の悲鳴だ。

「琉雨ちゃん!!?」

蓮はバルコニーで響く彼女の声に這いつくばってでも出ようとした。しかし、その肩に冷えた手が乗る。

「なんっ!?」

『忠誠の証だ。彼らの邪魔はしないで欲しい。これからのことに必要なことだ』

宝白が髪を床に垂らして屈むと、蓮の体を引き留めた。

「カミサマ……」

『あなたもあなただ。あの気紛れの“洸祈”がここまで……脚は残念だ。けれど、命は絶対に無駄にしないでほしい』



そして、宝白は姿を消した。

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