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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
未完成品
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未完成品(7)

自分に向けられる隠しもしない殺気を帯びた視線を背中に受けながら、紫水(しすい)は目の前に集中する。


「僕達のもてなしは気に食わなかった?」

機器がぶつかる音と紫水の声。


「ああ。催眠ガスより相手してくれた方がよかった」

彼は淡々と答える。


「やりたい…と?」


「殺りたいね」


紫水は彼を触れるように回した首で見た。


机上の書類に素早く目を通しては燃やし、炭を床にばら蒔く。そして、靴底で床に擦り付ける。


崇弥洸祈(たかやこうき)がそこにいた。



「あんたの字、下手くそだね」

「君のお友達ほどではないよ」

「あぁ……ちぃ?あいつのは当に蚯蚓文字だな」

「で?何の用だい?」

紫水は蛍光板に映る身体の状態を見ながら薬の量をごく微量だけ調整する。

(れん)から離れろ」

「それは無理な話だ」

見たら分かるだろう?と、紫水は続ける。無数の管に繋がれて微かな呼吸を繰り返す蓮は普通は紫水の処置が生きながらえさせていると思うだろう。事実、紫水は蓮を生かせるために必死になっている。

しかし、彼は違った。

「今すぐ離れろ」

「蓮を殺したくないのなら僕は離れられない」

彼は紫水が信じられないのか?いや、違う。

確かに彼は紫水との思い出に良いものはない。けれども、彼でも状況は分かるはず。何より、彼は蓮が瀕死だと分かっているはずだ。

ならば何故、邪魔をする?

「そいつに触るな」

「それじゃあ、君なら蓮を治せるのか?できないだろう?」

「………………触るな。離れろ」

彼は質問にちゃんとは答えない。むしろ、「触るな」と「離れろ」以外言う気はないようだ。

紫水の背後でカチャカチャと不吉な音が鳴る。そして、首筋に感じるのは冷えた何か。

刀……だ。


「やりたいかい?」

「殺りたい」


クスクスと聞こえてきているのは紫水の幻聴ではないらしい。彼は死の淵にいる蓮の横で嘲笑していた。不気味な光景だ。

「殺りたい。殺りたい。あんたを殺りたい。今、すっげー溜まってる。一人くらい殺ってすっきりしたいなって」


クスクス…。


このままでは本気で“殺られる”と判断した紫水は、異常人の言動に喉仏を上下し、決意を固めて薄く皮が切れるのにも構わずに彼を真っ向から見返した。今度はじっくり彼を観察する。


そして、思う。



こいつは本当に崇弥洸祈か?



月夜に光る白い肌。

無駄のない体つき。

そして、


緋と不吉な黒が混じった目。


“崇弥洸祈”でも“洸祈”でもない。

「誰……だい?」


クスクス…。


クスクスクスクス…。


「俺は一応、崇弥洸祈さ」

「一応?蓮が死んでも構わないと思っている奴は“一応、崇弥洸祈”ですらない」

5歳まで育て、あの事件から今までずっと見てきたのだから分かる。

崇弥洸祈は、蓮がいての崇弥洸祈だ。

「そうだっけ?」

彼は決して切っ先をぶらさずに違いに気付いてくれたらしい紫水を愉しげに見詰める。

「僕の憶測だが…―」

「次は何を言い出す?」


「君は製薬会社の件で司野由宇麻(しのゆうま)の目の前で対象人物を惨殺死体にした張本人か?」

彼が微かに反応を見せた。壁に凭れていた背中を正す。突き刺さると思った刀は紫水が悲鳴をあげる寸前ですんなり下ろされた。


「だーいせーかい」


嘲笑は止み、彼は刀を鞘に納める。紫水はどうにか意味のない彼の惨殺に捲き込まれるところを逃れた。

「なら君は誰なんだ?」



「ぼくは洸祈」

ぼく(・・)

「ぼくは洸祈だ。崇弥というのはつい最近付いただけのものだけど」

彼は紫水に濁った瞳を向ける。

「どうして君はここにいる?」

「自分で考えなよ。ぼくは抹殺対象が司野由宇麻を囮にした時、現れた。そして、ぼくは今ここにいる」

共通点は?

洸祈にとって、司野由宇麻も二之宮(にのみや)蓮も親しい部類には入る。

その時、どちらも死に近かった。

そして、敵がいた。

「君は大切な者を守る時、敵の前に現れる?」

「大体当たってる。でも、もっと言うと、ぼくは洸祈の残酷さだよ」

「残酷さ?」

彼から現在は敵意を感じなかったため、紫水は蓮に向きなおる。すると、彼は紫水の横に立ち、蓮を一緒に見た。

「洸祈が誰かを無意識の内に憎む。その時、ぼくは発散ができずに溜めてしまう洸祈の代わりに憂さ晴らしをする。洸祈ができない殺しをぼくが手伝う。それ以外ではぼくは出れないから、出れる時に遊べるだけ遊ぶんだ」

それが、非戦闘員へのいたぶり。

製薬会社の依頼では、洸祈は対象以外の人間の脚の腱を抉り切っている。政府からもらった報告の見解欄には、『恐ろしく残忍な行為』だと書かれていた。

「洸祈が嫌いな人間に少しでも長い苦痛を与える。すると、洸祈のストレスがすっと消えるんだ。気持ちいぐらいに」

語る彼は愉しそうで、目は冷めきっていた。

「じゃあ、僕は蓮を傷付けようとする敵ってことかい?」

「敵だけど、理由が違う。蓮に関して言えば寧ろ、家にいるはずなのにここにいて唖然としてた。だけどさ、ぼくに確かめずとも、ぼくがここに来た本当の理由は分かってるだろう?」

思い当たる節はある。

「僕は護鳥を餌にしたつもり」

「そうそう。ぼくは洸祈の“どうせあの金髪眼鏡の根暗男の考えだろう”って考えに従って、あんたを見て現れたんだ。あんたは敵だけど、蓮は守りたい大切な者ではないよ」

「つまりと聞き返してもよいかい?」

紫水は背筋を流れた嫌な汗に顔を少しばかりしかめて聞き返した。すると、彼は無表情で蓮の脇辺りに素早く抜いた刀を突き刺し、中身を抉るように捻る。羽根が抑えを失って数枚出た。

「おい!蓮に手を出すな!」

「あんたが聞き返したんだ。つまり、ぼくは蓮は殺してもいいってこと」

「そんなことが成り立つのか!?蓮は崇弥洸祈に必要だろう!?」

「必要…ねぇ。まぁ、ぼくには要らなくても崇弥洸祈には要るのかもしれない。でも、やっぱり崇弥洸祈もあんたの洸祈も結局は、ぼくなんだ。ぼくがもし蓮を殺したとして、崇弥洸祈が泣くのなら、弱った崇弥洸祈を奪い取れて一石二鳥。それに、崇弥洸祈をこの世に繋ぐ鎖が一本切れるし」

彼を見ていて分かる。


彼は可哀想な“意識”だ。洸祈の残忍で残酷な部分を全て受け持っている。そして、ストレス発散要員。

人を傷付けることしか存在できない。

けれども、いてはならない存在だ。一般的に排除されるべき存在。

「君は洸祈が嫌い。できるなら洸祈の居場所を奪いたい。そういうことか?」


「ああ、そうだよ」


彼は飛んでいた羽根を片手で捕まえると、赤い光と共に灰に変えた。

「嫌いで仕方がない。あんたらには洸祈はとてもピュアに見えるだろう?純粋で素直で優しくて正義心旺盛。でもな、今の洸祈は女が勝手にぼくを奥に閉じ込めて作ったものなんだ。だから、もともとはこのぼくだ。愚かな人間が大嫌いなこのぼくが洸祈だ。なのに洸祈は人間を好きになろうと努力している。そこが嫌いなんだ。可愛いのはいいんだけど、前に進めない人間なんかを好きなとこがね……………すっごくウザい」

刀をベッドに刺したまま縁に腰掛け、壁に掛かる紫水の功績を眺める。

「これってさ、人間兵器開発に対するもの?」

人間兵器。

妥当な言い換えで反論はできなかった。

「……そうとも言える」

しかし、紫水は逃げた。

そのことを彼は責めることはせず、ただ、憐れみだけの表情を見せた。

労るような…初めて見た洸祈の顔。初めて見た紫水の研究に対する評価。

人は紫水を讃え、

人は紫水を蔑んだ。

もし紫水の事情を知っていたとしても変わっただろうか?

相変わらず政府に使われている紫水を、

結局、息子を殺した紫水を、

誰が「大変だったね」と頭を撫でてくれる?


「あんたはもう休んでもいいと思う」


彼の赤黒かった瞳は光の加減で翡翠にもなる。赤に近い茶髪は黒く。

アレと同じ容姿にも見えた。

「ぼくは今までに沢山の人間に会った。理解されない人間は社会不適合者などと言われるのは昔と変わらない。だけど、そいつらはさ、色々抱えてんだよ。このぼくでさえしょうがないだろって思うものをさ。でも、そいつらはそれを話さない。言ったって、本当の意味では理解されないからだ。だって、そいつらはそいつら。あんたはあんた。あんたの経験を彼らは知っているか?あんたの感情を彼らは知っているか?腹が痛いとか、食欲がないとか、頭痛がするとか、フラれたとか、道でガム踏んだとか、雨が降ったとか、あんたの周りをみんな知っているか?知らないんだよ。そんな奴らに言ったって、世間一般はこう返すんだ。『同情するけど、それは君の考えであって…』ってな」

寧ろ…―

彼は続ける。


「ほっとかれた方が楽なんだ。だけど、辛くなったらウインクでもして合図しろなんて言ってくれたら少しだけ嬉しいんだ」


誰も理解なんて望んでいない。だけど、拠り所はあれば嬉しい。

抱き締めてなんて言わない。

慰めてなんて言わない。

他愛ない話をしたり、一緒に読書したり、少しだけ笑顔をくれたら嬉しいのだ。



「あんたの為に蓮に力を貸すよ」

「だけど君は…―」

「言っただろう?ぼくは洸祈が嫌いだし、ぼくはあんたが気に入った。そうすると、洸祈が嫌いだからあんたは殺さず、あんたが気に入ったから蓮は殺さない。そのためにも、ぼくが消えたら護鳥を素直に返してほしい。そうじゃないと、崇弥洸祈の方が本気であんたを殺しにかかるかもしれないから」

彼は刀を抜き取って鞘に仕舞い、鈴の付いた紐で硬く刀を拘束する。そして、眠る蓮の額にキスを落とした。

すると、蓮の鼓動が少しずつ力を取り戻し、血色が良くなる。

「ぼくはきっかり1時間後に洸祈と代わる。だから、それまでに蓮のことを終わらせてくれ。洸祈に何しているんだなんて邪魔されたら迷惑でしょ?」

説明する前に殴られたら、紫水も蓮もひとたまりもない。

紫水は作業に取り掛かった。

1時間はギリギリだが、彼もギリギリなのだろう。ならば、感謝するしかない。


ただ蓮を生かせることだけを考えて紫水は手を動かした。






蓮の治療が終わったのはちょうど57分後だっだ。

彼は紫水に拍手をした。

「これ、今までで一番最高なあんたの研究だ」

「ありがとう」

蓮の脚に巻いた包帯はどうしようもないが。

ふと、彼は真剣な顔になる。

「どうかしたかい?」

「蓮に伝えてほしいことがある。氷羽(ひわ)のことで」

「氷羽?」

「あれだけはぼくは関与していない。あれはぼくでも予測不可能なことだった。あれは洸祈がぼくに逆らったたったひとつの事実だ。そう、伝えてくれ」

あれには紫水にも心当たりがある。洸祈が軍にも政府にも目を付けられた原因を作った事件だ。

「いや……違うな。警告だ」


洸祈は近い内に一度、狂う。


「許容量オーバーってことだ。だから、氷羽とあの子には十分注意しろ」

そして、60分。




彼は消えた。

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