表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
未完成品
117/400

未完成品(6)

「昔の君は本当に危なかった。肺も心臓もどこか悪かった」

僕達は(れん)を助ける為に必死だった。そして、その当時の医学より効果が期待されていた回復魔法の存在を知り、頼みの綱はそれだけだと悟った。しかし、近親で生まれた子を安心して託せる魔法使いも、珍しい回復魔法を使える魔法使いも近くにはいなかった。


軍が特異でしかなかった魔法に目を付け、早々に、魔法使いは軍学校で制御について学ぶ義務があるとした。軍学校では15から入り、18で卒業。義務は軍学校を卒業することだけであり、決してその後の進路は決まっていない。卒業と同時に軍に入隊可能になるだけだ。

軍学校は全寮制、休暇は四季に短くあるだけ。軍入隊後は軍事制御都市内を無断で出ることは許されない。縛りが多く、魔法使いの子を持つ父親や母親は学校は良いが、軍には入らせたくないというのが殆どだった。しかし、いつからか噂が世に流れ始めた。『魔法使いが盗みを働いた』『傷害を起こした』……事件は日常茶飯事。しかし、ことあるごとに証拠がなくとも『魔法が使われた』だの『魔法使いの仕業』だの言われ、いつしか“魔法使い”は恐怖と軽蔑の対象となっていた。

父母は子を守ろうと軍入隊を拒否し、周囲は子を遠ざける。挟まれた子は哀しい行動を起こした。魔法使いが益々嫌悪される。そうして、あるはずもない魔法使い軍入隊の義務が生まれた。


今では魔法使いを出した分だけ、家族や地域に“お恵み”が入るため、魔法使いの差別は消えていった。しかし、魔法使いの軍入隊はいつの間にか習慣のようになってる。これには軍学校での授業に影響がないわけでもないだろうと僕は考えている。

そんな彼らに信用はなく、僕達は少ないながら魔法使いのいる政府に助けを求めることにした。何より、回復魔法の検証されたのが政府内の施設でだったからだ。

しかし、彼らは冷たかった。

電話ではまともに聞いてもらえない。生返事で助けると約束してくれない。だから、僕達は直談判した。何度も頭を下げた。何度も何度も。追い払われたら次の日。時には遠回しな言い方で脅しもあった。けれども僕達には憐以外に失うものはなかった。憐しかいなかった。


僕達は憐を愛していたから。


そして、先ずは1度診てもらえることになった。

しかし…―

『お子さん、1週間程は何事もなく過ごせますよ』

『ありがとうございます』

『しかし…この子は……』

『どうかしたんですか?』

『あなた達は…家族ではありませんか?』

『家族ですよ?僕と彼女、憐は家族です』

『いえ。近親同士…兄妹では?』

『……そんなことはありませんよ』

こんなことでバレるとは思っていなかった。自然と僕も彼女も姿勢を正す。

『それに、事前に調べたのですが、この子に戸籍あります?』

『それは…』

勿論、ない。

役所に提出はしていないのだ。嘘を書いたとして、バレたら憐が奪われる。ならば、世に憐の存在がなければ余程のことがない限り憐は疑われず、いつまでも幸せに暮らせる。

僕はあたふたする彼女と憐を別の部屋に追いやった。

そして、政府の男に向き合う。先まで輝いていた制服の胸ポケットの逆さクロスにJが嫌味にしか見えなかった。

どうやって逃げようか。

憐の体は一応、1週間分の元気は取り戻した。お金も払った。後はこの男を帰し、遠くで憐の対策を考えればいい。本当はこんな幸運はそうそうないと知っている。だけど……。

『戸籍、作りましょうか?』

『あ……いえ、僕がやるので…―』

『あなた方に姉弟関係がない状態で憐君の親にできますよ?』

完全に調べられている。

開いた口が塞がらない思いだったが、じっと次の反応を待つ。何か言えばボロが出るような気がしてならなかった。

『憐君の治療も定期的に無料でします』

男は僕達に一番必要なものは何か分かっている。

『どうします?』

僕は重たい口を開けた。

『…………………条件はなんですか?』

男がどんなに爽やかな笑顔を見せたって、僕達に条件なしに世話の掛かることはしない。僕達にはこの体と憐と家しかないと言うのに一体何を取るつもりだろうか。

『憐君の体は面白いです』

このたったの一言で男の言いたいことが分かった。

ああ…やっぱり。政府は化け物だ。

『いかがですか?』

彼女に聞かずとも、そんなの答えは決まっている。

僕達は憐が一番だ。

この事実は絶対に変わらない。


『憐は道具じゃない。僕達の大切な息子です。お引き取りください』


この決定で憐の命が消えてしまったのならば、僕達も共に消えてやろう。

憐には自由をなくして欲しくない。憐がもし生きて、道具となって“憐”を失うぐらいなら、憐には“憐”のまま死なせてやりたい。自分を見失った人間は死んでいることより酷い。そんなのは生きる屍かゾンビだ。

『憐の体には触らせない』

僕達は潔く憐と共に死ねる。

『憐君、死にますよ?』

『一緒に死にますよ。憐を愛していますから』

『死なせておきながら?……まぁ、いいでしょう。ならば、今、憐君を死なせてあげましょうか?』

『何を言って…―』

『国がわざわざ、死にかけの餓鬼一匹の為に少ない魔法使いを遣わせますか?これは命令なんですよ』

指差す先は、彼女は憐を抱えて外に出ていたようで、窓の向こうで泣き出した憐をあやしていた。ふと、この男に苛立ちと恐怖を覚えた僕の目に、遠くを向いて怯えた表情の彼女が映る。

滄架(そうか)?』

一段と大きくなる憐の泣き声。

おかしい。

彼女は窓枠の中で後退り、彼女に伸びる黒い腕が見えたところで僕は玄関に飛び出していた。

『滄架に何をするんだ!?』

そして、春先の太陽につい手でひさしを作れば、目の前に広がったのは黒服に身を包んだ………クロス。

『なっ…!!!?』

『しぃ君!』

彼女が男の脇を縫って僕のもとに走り寄った。

『これ…何なんだ。だって政府の…』

『分かんない。でも、憐を取ろうとした!』

『ええ。だから命令だと言ったでしょう?その餓鬼を渡しなさい。いえ、どうあろうとその子供は私達がもらいます』

背後に先の男。

どうやら僕達は完全に調べ尽くされた挙げ句に騙されたようだ。

『憐は体が弱い。それだけだ!』

何故、憐なんだ。

『弱いからですよ。私達の上は回復魔法の実験に使える“弱い人間”が欲しいのです。どこまでができてどこまでができないか。モルモットと人間には絶対の差がありますから』

『狂ってる…』

彼女は異常に泣く憐を胸に強く入れる。彼女の言う通りだ。狂っている。でも、僕達は理不尽なこいつらに勝てる力はない。僕も彼女もただの人間だ。

『結構です。あなた方になんと言われようと、私達はここ最近の軍の不穏な動きから国民の皆さんの安全保障に努めているだけです』

少々ご不便を御掛けしますが……―。

男は笑う。

僕達だって国民で、僕達には家庭があって…………僕達が何をしたと言うんだ。僕達が誰に迷惑を掛けたと言うんだ。

唖然とする僕達に男達は猶予と言う名の憐と別れを告げる時間を残して帰って行った。

『分かっていると思いますが、逃げようなんて考えないでください。私達もあなた達の為に時間を割くんですから』

そうして始まったのは24時間の監視。ただの1家族であるはずなのにだ。



「だから期限の最後の日、一家心中したの?」

「あぁ……逃げられないなら死んでやろうって」

一切の抵抗をやめた蓮の枷は外されていて、彼はベッドに横になって宙を見詰めていた。

「で、失敗した」

「そうだよ。僕達なりに睡眠薬を沢山飲んだけど、あんな量じゃ死ぬのは無理だった。熟睡程度だった。と、今思う」

「でも、憐はよく生きていたね」

「僕も驚いたよ。人間は……死ぬのは大変だ。人間には生存本能はあっても生滅本能はないからね」

紫水(しすい)は星を見上げた。蓮はそんな紫水を見上げる。それに気付いた紫水が蓮を見下ろした。蓮はそんな紫水から目を逸らす。

「何?」

「…………別に」

「…………………」

「……ねぇ」

「?」

「僕はその写真の女の人に会ったことがある。それって、あなたの言う“彼女”でしょ?」

眠気がきたのか、瞼の上下の回数が増えた蓮が囁くように訊ねた。

「…………会った?どこで?」

紫水が少々上擦った声で聞き返す。

(せい)を連れてきた。見掛けによらず、平気な顔で子売りしてるから最低な奴だなって。金受けとって醜く喜ぶ様を見ようと思ったらさ、金を清に全部あげたんだ。一体、何したいんだろうって興味で後を追った……っ」

蓮は込み上げてきた吐き気を抑えるように咳をした。紫水は慌ただしく蓮の背中を擦る。

「ちょっとだけ…話し合って、清を頼まれたんだ」

「………………それだけ?」

「喩え話を聞いた。男と女と…男の子の話」

「僕達の……」

「それが作り話でないのなら…紫水、あなたは憐の為だけ(・・)に研究者になった?」

紫水の手は停止し、体を起こした蓮の背中を滑った。二人の肩が触れるか触れないかで並ぶ。

「どうして……そう聞くんだい?僕はもう……戻れない場所にいることは知っているだろう?」

「僕からしてみれば、あなたは平気で人を檻に閉じ込める人だ。だけど、今の僕は憐の代わりに聞いている。死んだ憐の中ではあなたはまだ間に合う場所にいるから」

「…………屁理屈ばかり。昔の憐は本当に素直だったのに」

だけど…―

力を抜いた紫水の肩に蓮の肩が触れた。無意識ではない。逃げ腰の紫水にぴったりと窮屈ではない程度に触れ合っている。

誰かの心拍数が多い。

それが紫水のものなのか、蓮のものなのか、熔けて混ざりでもしたかのように分からなかった。

「僕には……後悔していることがある」

「後悔?」

「憐の目はやっぱりどちらも深い海の色のままにしておけば良かったかな」

ひとつまたひとつ言葉が零れ、紫水が重くなった頭を傾ければ、蓮が彼の紺をじっと紺で見上げる。鈍い金は焦点が合っておらず、偽物である証拠を見せていた。

「もう使えないだろう?その目は見えていない。どうせ見えなくなるなら…君がその目で苦しむなら…僕が言いたいのはそれだけ。僕が憐にしたのは憐が少しでも生きられるように憐を人でなくすこと。失われた目の代わりに新しい目を。失われた肺の代わりに新しい肺を。失われた肝臓の代わりに新しい肝臓を。それは憐を殺して新しい蓮を作ることであり、沢山の命の上に蓮を立たせることであり、結局、僕は憐を政府の実験材料にしたんだ」

憐に僕以外が触れることは許さない。その代わり、功績はちゃんと残す。

家を出、お世話になった人もいた。病に余生を寂しく過ごすおじいさんに滄架の怪我を慈悲を乞いて医者に診てもらおうとした病院で会った。元々その病院の医者で、不治の病に退職せざるおえなくなった人だった。当然、慈善事業じゃないと追い出された僕達の一部始終を偶々見ていて、「私で良ければ診てあげるよ」と助けてくれた。妻には先立たれ、息子達は無事仕事についたその人は僕達の世話を本当によくしてくれた。余るお金で僕達に空いているベッドを借りてくれ、病院食だけど食べ物もくれた。体調のいいときは勉強を医学を教えてくれた。

その知識を憐の体の負担削減の為に生み出した人工魔力に使い、しかし、現在では隠そうとしたのに技術を奪われて兵器運用に使われようとしている。これが“功績”になったが、僕はどうしようもない場所に落ちてしまった。憐を連れて設備のある政府に行くと言った僕を涙ひとつだけで見送り、奥地に隠居した彼女に顔向けもできない。勿論、手を尽くしたというのに終わらない苦痛だけを与え、自由に期限を作ってしまった憐にも。


滄架、憎んでくれ。

憐、憎んでくれ。


研究は憐の為だった。

けれども、それは言い訳にならない。

僕は憐を殺した。息子を殺した父親だ。

「なら、頼んでもいい?」

「何を?」

「もう……研究をやめてくれない?」

研究をやめたならば、蓮は紫水を許し、認めるだろう。長年の紫水の痛みも蓮の痛みも晴れる。

「無理……だ」

紫水は拒んだ。

けれども、歩みを見せた蓮は大人しくあっさりと引き下がる。

「あっ…そ」

「いいの?」

「どうせ無理かなって。でも、色々訊けて良かった。案外、僕も傷付いていたから。死ぬ前にこんなむず痒い気持ちになれて嬉しいよ。だから、僕も素直になるね」

子供のような無垢な笑顔を見せる蓮。紫水の前に夢見た“家族”が現れる。

「憐……」


「お父さん、僕は最後に誰かを愛することが分かって嬉しかった。遊杏(ゆあん)の面倒を見てもらえると……心残りはないよ。あの子はあなたに反発するかもしれない。だけど、めげないで。この僕に嬉し涙なんて流せるんだから」


冷えた床から聞こえる水滴の音。

「憐、治すから。もう脚は……だけど、まだ間に合う!なのに君が諦めたら本当に終わりだ!」

「もういい。先月は5回。先週は9回。痛くて苦しくて崇弥(たかや)にメンテナンスと介添人を頼んだよ。裸になるのはあんなに勘弁だと思っていたけどね。介添人は勿論…断られた。殴ることはなかったけど、抱き締められて涙流されて、絶対にやってやるかだって」

蓮は紫水の膝に頭を乗せた。力をなくした体を紫水に預けた彼はそのまま目を閉じる。

「憐……すぐ起こすからな。絶対に」

「いいって。ぐっすり寝かせてよ」

「嫌だ。憐、死なせない」

「おやすみなさい……お父さん。遊杏をよろしくね」


微かな吐息。


「死んだら親不孝者だ」


蓮は返さない。


「まだお前と語り足りないよ」




憐……愛している。




全ての音が絶えたそこで父は息子を抱いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ