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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
未完成品
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未完成品(5)

家を出、僕は通学途中にある隣町のコンビニの前で止まった。必然的に僕に手を引かれていた彼女も止まる。

「しぃ君っ……どう…したの?」

息切れしながら正面から僕を見下ろす彼女。悲しそうな焦るような苦しそうな顔。僕は後頭部に手をやる彼女を見て、彼女をコンビニの駐輪スペースに引っ張ると、彼女が何かを言う前に「待ってて」とコンビニに入った。


欠伸をする若い女の店員は僕に気付くと怪訝そうに眉をひそめたが、僕は気にしていない素振りで堂々と店内に進む。そして、少ない僕の貯金で買うべきものを絞る。お弁当コーナーに入れば……お腹空いた。でも、先ずは彼女の怪我をどうにかしなくてはいけない。小学校では体育の時間にはほぼと言っていいほど転ぶ者がいる。その度に怪我をしたら消毒をしなくてはいけないと言われていた。だから、怪我には消毒だ。

僕は消毒するものを探す。

しかし、包帯らしきものは見付かり、医療関係がここらにあることは分かったが、漢字が難しい。見たことがある気がするようなないような。僕は彼女が死んでしまうなどと焦って意を決して厳かな雰囲気のそれを1つ取ってレジに持っていった。

店員は差し出されたそれをやる気の失せた顔で面倒くさそうに受け取ろうとするが、僕はぎゅっと握り締めて放さなかった。

「何?欲しいの?金出したら何を持ってってもいいけど?」

そうじゃない。

「こ……これは…けがのショウドク…ですか?」

「消毒?これ?……貸して」

無愛想だが、子供の僕に文句は言わずに消毒とおぼしきものを見てくれる。

「消毒だけど。どっか怪我したの?」

「それ、ください」

ありったけのお金を僕はポケットから出す。出してから気付いたが、子供だからだってバカにされてお金に嘘を吐かれるかもしれない。僕はじっと店員の手元を見ていたが、店員は一枚一枚の貨幣を分け、僕に分かるようにゆっくり精算をしてくれる。

「はいよ」

消毒を僕にくれると、店員は僕を脅かさないように自分の財布を出した。

僕はお金はどちらかといれば店員側にある。取られるかもしれないと再び息が詰まる思いになった。

しかし、店員は財布から自分の小銭を取り出すと、僕の1円玉や10円玉をいちい僕に見せながら両替をしてくれた。そして、小さなコンビニの袋にそれらを入れ、口を縛って僕に渡してくれた。

「せっかくの貯金は落とすんじゃないよ。私も家出したからね。大変だけど、ま、頑張りな」

多分、応援だと思う。

僕は頭を下げてコンビニを出た。


「けがに…これ」

彼女はビニール袋を下げた僕を見ると、無言で力強く抱擁した。僕もきっと独りで買い物は怖かった。僕は彼女にしがみつく。

「ごめんね……ありがとう」

僕もありがとう。

「お姉ちゃんが大好きだから」

「うん。私もしぃ君が大好きだよ」

僕達はコンビニの正面から外れ、闇に溶け込む場所で暫く抱き合って涙を流していた。


今まで、僕達は幸せを夢見て耐えるしかなかった。大人が、社会が、そうさせた。

だから、何か大きなきっかけが必要だった。それが彼女の怪我と僕の怒りだった。血を見たとき、漠然と感じた巨大な重たい何かが僕を襲った。このままでは死ぬと思った。それは肉体の死ではない。

心が死ぬと思った。

僕は死にたくなかった。僕は彼女を死なせたくなかった。


僕達は生きたかった。








春になった。


滄架(そうか)、大丈夫?」

「う…うん」

そして、彼女のお腹の中には新しい生命があった。


彼女が異常を起こしたので、人目を避けるように僕達は病院に行った。久しぶりの下界だった。

そして、病院の診察室で得たのは彼女の妊娠という事実。最初、僕は赤ちゃんの死を、彼女は赤ちゃんの生を願い、衝突した。

しかし、

『昔の私達は生きるのに必死だった。それは生きることが素晴らしかったから。しぃ君、じゃあこの子は?生きることを知らないのに殺してしまうの?』

『だけど、これがどういうことか分かってる?僕達は…………姉弟だよ?』

『でも……殺しちゃったら、あの人達と同じだよ。それに……私はしぃ君が好き』

彼女が彼女の背を追い抜いた僕を抱き締めたら、彼女の意志に従うしかなかった。


幸哉(ゆきや)さんが口の堅い助産師さんをもうすぐ連れてきてくれるから」

「そうよ。だから滄架ちゃん、頑張って」

「あ、りがとう……しぃ君、春海(はるみ)…さん」

幸哉さんと春海さんは街へ買い物に出ていて妊娠からくる痛みに倒れた彼女を助けてくれた人達だ。彼女が病院に行きたがらなかったため、彼らの自宅で介抱してくれ、僕が警察にも頼れずに焦り困り果てていたところに送ってくれた。僕達がこんな山奥にいる理由を一切詮索はせず、その後も実家から送られてくる梨や桃を分けてくれたりと、色々親切にしてくれた。

僕だって疑いたくはなかったが、僕達はいくら優しくされても彼らに気を許せないでいた。僕達はここに来るまでにありとあらゆる裏切りにあった。僕達が子供だと言うだけで見下した。

それを率直に話してしまったことがある。

信用できない。

目的はなんだ。

すると、彼らは変わらない温かい笑顔を僕達にくれた。

『私、もしかしたら、子供ができないかもしれないの。色々試したけど駄目でね』

『俺達は君達がどんな事情であれ羨ましいし、だからと言って子供をくれなんて気はない。ただ、君達がその子を産むことに抵抗があるようだから、子供を殺すなんてバカなことはしてほしくないんだ』

僕と彼女が近親関係にあるとは分かっていない。多分、駆け落ちか何かだと思っていたのだろう。

『そうね……私達、あなた達に私達の夢を重ねてる。だから…………その子を愛してあげて。私達はそのためにあなた達を手伝いたい』

春海さんはベッドに寝る彼女の手を取った。それを見守る僕の肩を幸哉さんが叩く。

『守ってやれよ。今まで通り』

『はい。今まで通り滄架を守り抜きます』

僕が彼女を守るんだ。




赤子を腹に入れている春海を山奥に連れていくことはできず、車を運転する幸哉はこの幸せの報告を大切な親友達に持っていこうとしていた。


春海に赤ちゃんができた。


今のところ赤ちゃんは健康に育っているようだ。母胎も元気がよいわけではないが、悪くもない。早く伝えたい気持ちで幸哉は速度を少し上げた。



「あ、お久し振りです。幸哉さん」

長い黒髪を丁寧に結い上げた彼女は紺の瞳を緩めて頭を下げた。バルコニーの揺り椅子に座る彼女の腕で眠る赤子が衝撃で唸る。薄く毛が生えてきているが、その色は光にキラキラと輝き、多分、父親の遺伝子を継いだ金髪になるのだろう。

「久しぶり。最近、立て込んで来れなかったんだ」

「今日、春海さんは?」

「お休み中。お腹の中の男の子と一緒に」

彼女は目をしばしば開閉すると、赤子を椅子にそっと下ろし、バルコニーの階段を駆けて幸哉に満面の笑顔で抱き付いた。

「おめでとう!男の子なのね!」

「よろしく頼むよ」

「はい」

幸哉の胸辺りの身長の彼女は幸哉を父親のように慕っている。そして、春海を母親のように。

と、温もりをなくしてか、彼女の赤子が大声で泣き始めた。森に響く赤ん坊の泣き声は珍しい。慌てて踵を返した彼女の前に家から出てきた青年が赤子を抱き上げた。

すると、泣き止む。

「滄架、(れん)を置いてくなよ」

彼の白く細い骨張った指先を見た憐はそれに小さな手を伸ばすと、嬉しそうに舐め始めた。

「ごめん。でもね、春海さんに…―」

彼女の言葉が途切れる。

「俺が伝えてもいいか?」

彼女は頷いた。

「春海さんがどうした?」

憐と遊ぶ彼は視界に影が差して顔を上げる。

「幸哉さん?」

「春海が妊娠したんだ」

彼は目をしばしば開閉すると、赤子を椅子にそっと下ろし、幸哉に深々と頭を下げた。

「おめでとうございます」

「ありがとう。男の子らしい。予定は8ヵ月後だから憐君の1歳下ぐらいだ」

「ええ。本当におめでとうございます。お二人の長年の夢が叶いますね」

「ああ。待ち遠しいよ」

と、温もりをなくしてか、憐が大声で泣き始めた。彼がはっと振り替えれば、彼女が丁度憐を胸に納めた時だった。

「しぃ君、憐を置いてかないで」

腕をゆっくり揺らせば、憐は毛布に潜る。3人はそれを息を詰めて眺めて息を吐くと、互いを見て笑みを溢した。当の本人、憐は漸く熟睡に落ち着けたようだった。


「え!?行くのか?どこへ?」

「温かい方へ。四国辺りもいいかなと」

「いつだ?まだ場所は決まってないんだろう?」

幸哉は窓の向こうのバルコニーで和む彼女と憐を横目に彼に囁いた。

「近い内に。春海さんのお子さんが見れないのが残念です」

「それはつまり、もう俺達は会わないのか?」

「………………はい。滄架と話しました」

「どうして…って訊いたら駄目か……」

幸哉にとっても春海にとっても二人は親友であり勝手ながら子供を得ている気がした。自らが父親と母親になっている気がした。

「僕達、期限付きなんです。もうすぐ期限が切れるから……」

「期限?何の?」

「…………………………自由……」

彼は愕然とする幸哉の前で目を伏せ、睫毛が揺れる。幸哉は彼らの事情には口を出さないと決めていたからただどうしようもない視線を彼に送るしかできなかった。

「なら…………写真をいいか?」

「写真?」

「野鳥観察が趣味で車に色々積んであるんだ。結構いいカメラもある。3人の写真はまだ1枚も取っていないからな」

「ほら、天気もいいし、あそこに椅子を出して…」そう言う幸哉は焦っているようだったが、彼は幸哉を見詰めると、はいと返事をして椅子を運ぶ準備をする。







緑が美しいそこに3人。

女性と腕に赤ん坊。隣にまだ青年と言うのが合う男性。


「パパ、この人だれ?」

「友達と友達の子供」

「ふーん」

「突然いなくなっちゃってな」

「しんじゃった?」

「こら、違うよ。だから、今からこの写真を彼らに送るんだろう?」

「いなくなっちゃったのに?」

「新聞でたまたま見つけたんだ。ほら、封筒に入れるからちょうだい?」

「うぅ」

「ほおら、いつか実物には会えるよ。憐君の目、きっと今でも綺麗な海の色。あなたの名前と一緒」

「ママっ!」

「春海、これ、焼き増ししたんだ」

「…………皆、幸せよね」

「ああ」

幸哉は写真を素直に封筒に返した子供の髪を優しく撫でて春海に笑いかけた。




もうすぐ春が来る。

封筒の宛先をじっと見詰め、飽きたように父親の膝で丸まった少年は、開いた窓から入る春風に白銀の髪を揺らした。

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