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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
未完成品
111/400

未完成品(2.5)

(れん)



嗚呼…僕の愛しの子。


僕達が生み出した罪の塊。


嗚呼…お前を愛している。






無機質な白壁に囲まれた建物。

その中の無数の実験室の一つ、曇り空を映す天窓があるそこに彼女は足を踏み入れた。

「にー!!」

遊杏(ゆあん)は中央の台に横たわる主を見付けて駆け寄る。蓮は遊杏達を屋敷に残して過去へ行った時と同じ格好をしていた。

「にー…冷たい。にー…にー…」

蓮の顔色は白く、力なく瞼が閉じられていた。遊杏は彼の現状を察し、抱き締めながら何度も彼に呼びかける。

「起きて。にー…起きてよ」

しかし、彼女も蓮がもう起きないことは分かっている。手から伝わる心臓の鼓動は止まっていた。

だからこそ、

紫水(しすい)、にーを助けてよ!」

遊杏は今部屋に遅れて入ってきた紫水を振り返った。紫水は手の書類に落としていた視線を上げると、蓮の姿に目を見開く。

「蓮……か?」

ゆっくりと歩みを進め、近付いた。

「助けてくれるんでしょ!紫水!」

紫水のズボンを掴み、怒る遊杏。しかし、彼は遊杏を放置して蓮を見下ろす。

「蓮……お前…」

「紫水!紫水がにーをここに運んだくせに!にーを治してよ!」

確かに崇弥洸祈(たかやこうき)が研究所に向かっているかの確認も兼ねて蓮を二之宮(にのみや)邸から運んだのは紫水の部下だ。途中、悪魔の存在が見られたが、本体が少年姿なため、力差で抑えたとも報告がきている。そして、それを指示したのは紫水。

紫水は書類を手から滑らせて床に散らし、蓮の頬を撫でてぼやく。

「蓮…お前は…どうしてそうなんだ。誰かを愛そうとし、誰かを求める。自分をどれだけ犠牲にしようとも……」


沢山の犠牲の上に成り立つ。憐れな子。



(れん)、お前は出来損ないなんだ。



だから、


「もう求めて傷付くな…」

お願いだから、もう傷を作るな。


「紫水、今更謝ったって、にーは赦さないよ」

遊杏が台に立ち上がり、ぼーっとする紫水を押し離れさせると、その瞳に感情を映さないで言った。紫水はよろけながらも足踏みを整えて少女を認識する。

紫水と遊杏。

紫水と蓮。

その距離は遠い。

「それに、にーは憐れじゃない。ユアナはにーを求めた。そのせいでにーはユアナに固執してボクチャンを生み出してしまったけれど。だけど、にーはひとりぼっちじゃない。ユアナが求めていた。ボクチャンも…遊杏も求めてる。それに…………にーには好きな人ができた」

「好きな人?蓮に?」

嘘だろう?と紫水は失笑し、遊杏は真っ直ぐ自らと同じ色の目を見詰める。

「くぅちゃんだよ」

「くぅ……あぁ、洸祈か?それはあれだろう?家族愛ってとこさ」

洸祈にとって蓮の存在は兄でしかないはずだ。

「違う。崇弥洸祈を好きになった」

「…………」

ぴたりと止む笑い。

紫水の目に光が帯びる。

「洸祈…ねぇ。そうだ。皆が洸祈、洸祈、洸祈。折角、蓮の弟に仕立て、あの子も同じ目に合わせた。愛されない蓮の為に愛されない弟を作ってあげた。そして、誰かを愛することが恐怖になるように…蓮だけを見るように体に覚えさせた。なのに…―」


彼は愛されている。


多くの者に愛されている。

崇弥洸祈……ムカつくなぁ。


「どんなにあの子を壊しても、あの子は誰かに愛されて。その幸せに気付かずにあの子は拒んで。蓮がどれだけ苦しんでいるのかも知らずに」


いつだって泣いているのは蓮なんだ。


波色に光る彼の目。

「蓮をひとりにする奴は排除しないと」

その目に映るのは紛れも無い憎悪。遊杏が彼に向けたように、彼もまた、幸せの中にいる男に憎しみを向け始める。そこに少女の高い声が響いた。

「にーが取られて哀しい?」

そのたったの一言に彼の体が反応する。

「哀しい?」

「息子が取られて哀しいの?自分がひとりになるから?にーがひとりぼっちだったのは、にーは愛されないからじゃない。愛せないからじゃない。あなた達がにーを愛してあげなかったから。にーをひとりにしたのはあなた達。だけど、にーは今はひとりじゃない。あなた達から離れて、にーは幸せになったんだ。…………だから…」

遊杏の小さな手が蓮の頭を撫でる。

「だから……ボクチャンを使って治してよ。全てを元に戻してよ。そして、にーをくぅちゃんのところに帰して」

「君は分かってて…」

「分かっちゃっただけだよ。無知は罪なんでしょ?ボクチャンは分からないことを調べた。それだけなんだ」

彼女は紫水をじっと見上げて笑みを溢した。

それは少女の本物の笑顔。




「ボクチャンはにーの身体に帰る」



だから、帰らせて。



そして、遊杏は横たわる蓮の横に体を崩した。

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