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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
生きる代償
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生きる代償(8)

「館だ」

(せい)の手を引く二之宮(にのみや)は足を止めた。

「清?」

ずりっと清は後退る。

「や…だ…」

二之宮の手を彼は小さなもう片手で外そうとするが…。

「帰るんだろう?」

力を込めた二之宮の手はビクともしない。そこで初めて清の表情に二之宮に対する恐怖が現れた。

「やだ…放して…!」

「今更なんだい?清、君の家はここだよ」

「違う……お母さんとお父さんのとこ…」

手のひらは(あおい)の服を掴む。葵はどうしようもできなくて口を閉じた。

「じゃあ、お母さんが中へ行けば一緒に行くんだね」

二之宮は容赦がない。

ここで清を返さなければ洸祈がどうなるか分からない。

二之宮は葵に目で連れてくるよう合図をする。

(れん)さん…清は……」

緋の瞳は葵を見上げて涙を溜める。

「確かに清は洸祈(こうき)だよ。だけどね、今、過去を変えたら、その先は誰にも分からない。洸祈はもっと辛い目に遭っているかもしれない。もしかしたら、君の前にもう現れないかもしれないんだよ?」

「だけど……俺は清が洸祈だと知ってこんなとこに帰したくない!」


ヒュッ


風を切った指先は葵の額すれすれで止まった。

「忘れたわけじゃないだろう?君はここへ何しに来たんだ?」

葵は息を詰める。


「足手まといは失せろ」


「……………っ!!!!」

二之宮の言う通りだが、素直に納得はできない。しかし、言い返せない葵は黙るしかない。

崇弥(たかや)がべた褒めする頭脳明晰な弟が聞いて呆れる。感情だけじゃ解決できないものもあるんだ。清は帰さなきゃいけない」

二之宮は清を無理矢理、葵から引き剥がし、抱き上げた。

「やだ!やだやだやだ!!お母さん!お母さん!!」

清と言う名の洸祈は葵に必死に手を伸ばす。

(くれ)は見ていられなくて顔を背けた。



「お母さん!!」

清は叫ぶ。




「清から離れろ!!!!!!!」

何かが二之宮の背中にぶつかった。反動でよろけた之宮を条件反射で葵が支える。

「ありがと」

お礼を言った二之宮は自力で立とうとするが、葵が掴んだままでできない。

「葵君、もう……?」

見上げた葵は二之宮の肩越しから何かを見詰めて唖然としている。在り得ないものを見たかのような、そんな顔。

「どうしたんだい?」

葵の向く先には…―




(ろう)!」


誰が見てもわかる。それは、両目の色が互いに違うオッド・アイを持つ二之宮の幼い頃の姿だ。

「よくも清を誘拐してくれたね。今すぐ清を返せ」

二之宮はビクリと肩を震わせて、狼に背を向けたまま動かない。

「この子…?」

「蓮さんですね」

漆黒の着物を纏う狼を、呉は動じずに見詰めて葵の疑問に答える。

「狼っ!」

「君は……ホントに…」

清は二之宮に捕まっていることを忘れて、彼の震える肩越しに楽しそうに笑う。狼は嘆息すると、自らの乱れた着物を直して清を見た。その顔には明らかな安堵の表情。そして、友達を見ているのとはまた違った、愛情の篭った目。

「離して」

狼に出会えて力を貰ったのか、清は二之宮に訴える。清が館に帰ることが本来の目的である二之宮は白くなった唇を強く噛んでから、そっと清を地面に降ろした。


「狼!」

清は一目散に両腕を広げる狼に向かって駆けた。小さな体が狼の胸に押し付けられる。

「清、心配した」

二之宮は動かない。

そんな彼の背中で、二人はさも当然のように口付けを交わした。

「もう勝手にいなくなるなよ」

「うん。狼、大好き」

ただのキスなのに、見るものにじわじわと興奮を与えてくる。二人の内から出る気に、葵は息を呑んだ。


清は間違いなく、男娼だ。


そして、陽季(はるき)との関係を知る葵は呉の視界を隠した。

「葵兄ちゃん?」

「呉、お前は何も知らなくていい」

知ってはいけない。知っているのは清の関係者と弟の自分だけでいい。

葵はこの時、洸祈が今の今まで―否、死んだとしても―過去を話そうとはしない理由が分かった。

「蓮さん、あなたは…」

残りの問題は狼…二之宮蓮だ。

葵は少年二人に背を向けたままの二之宮を見た。

はぁ…。

呆れでは無い溜め息を吐いた二之宮が位置を変える。絡ませていた舌を離した狼が清をより強く抱いて、二之宮を睨目上げた。

「やぁ、狼」

「あんた……誰だよ」

狼が自らにそっくりの二之宮をじっと観察する。

「あいつは何処にいる?」

「あいつ?」

質問はお断りと言うように、二之宮は自分の言いたいことだけを言った。

少しでもできることなら狼とは話したくない。彼の言葉は感情が失せたように平坦だった。

「清にそっくりの奴」

「厭だね」

狼はきっぱり返した。これはこれで、洸祈がここに居たことが分かった。

「は?」

二之宮は聞き返す。

「そいつは帰らない」

「何を…―」

「清と同じ目をしていた。僕はあいつを護る」

紺の瞳が交差する。同じ顔で同じ表情なのに、葵には二人は決定的に違うように見えた。

「館のお前に何が護るだ」

二之宮は小さな自らに容赦はしない。狼の未来を知るからこそ、二之宮は過去に辛くあたる。

清と離れる未来をしるからこそ…。

だがしかし、狼は少しも動じなかった。

「あそこまでぼろぼろにしといてよく言うな!!!!帰れ!!!!!!」

ぼろぼろ…―

二之宮は口を閉じた。

言葉に詰まっている。

言い換えれば、



返す言葉がない。




「狼!喧嘩は駄目だよ!」

清が二人の間に割り込んだ。沈黙していた葵と呉の意識が戻る。

「お前はいいから、部屋で休め」

狼は唯一の弱点を背中に隠し、館に帰るよう言った。しかし、清は狼の手から逃れると、二之宮の手を握った。

「清!」

「狼、ダメ。蓮お兄ちゃんは俺を狼のとこまで連れてってくれたんだよ?蓮お兄ちゃんのこと、怒らないで」

「だけどっ!」

「狼!!」

清が叫んだ。

狼が黙る。

「ゆーがね、俺にそっくりの人を探してる。蓮お兄ちゃんが言ってるのもその人でしょ?」

「あ…ああ」

「狼、教えてあげてよ。俺に似てるならその人、待ってると思う。きっと、会いたがってると思う」

清は狼の手を握り、もう片手で握っていた二之宮の手と一緒にして、胸に抱えた。

「狼、蓮お兄ちゃん、仲直りしよう?」

「……」

狼は無言。

「……」

二之宮は無言。

「俺…二人ともが大好きなのに、その二人が互いが大嫌いって…」

ぽたり…。

涙が二人の手に落ちた。

『あ!泣くな、清!』

その言葉が重なる。

「二人ともの分からず屋、意地っ張り、アホっ」

ぽたっ…ぽたっ…。

もう直ぐ、嗚咽が大号泣に変わるだろう。

目を合わせた狼と二之宮は呆れの溜め息をつくと…―



『仲直り…したよ』



二人して、中心にいるお姫様の頬に接吻した。




「あいつなら自分の故郷に行った。母親の墓参りするって」

狼は泣き疲れて眠った清をおんぶしながら答えた。

「谷……ってことは記憶が…ある?」

葵は首を傾げる。二之宮はその指摘に頷くと、葵の顔を見、嘆息した。

「そのようだね、って…」

「?」

美青年の二之宮に睨まれ、彼の厳しい言動を思い出して、葵は肩を竦める。

「な…んですか?」

「新幹線に乗る前に準備しないといけないみたいだね」

「蓮さん?葵兄ちゃんがどうしましたか?……あ…」

呉が腕を組む二之宮の横からすっと小柄な体を覗かせて葵を見上げた。そして、ごくりと喉を鳴らした濡れた瞳の葵を見上げて同じように嘆息する。

「何!?」

「ホントにさ、マジで倒れられると困るんだ」

「へ?」

「いい、君。今、顔がありえないくらい真っ赤」

真っ赤?

葵が両手を頬に当てる。そして、そうかな。とぽけっとする。

「全然熱くないけど?」

「葵兄ちゃんの手も真っ赤だからですよ」

葵は自分の手を見ると、にこにこと引きつった笑みを見せた。

「谷までは俺の案内がないと、いけないだろ?」

それにしても、遠回しな反抗。

「自信満々に言わないで欲しいな。双子は似るんだね」

「それは嫌味か?」

「嫌味じゃないよ」

二之宮は手を振って話を終わらせると、首を長くしかけていた狼に向き直り、姿勢を正す。

「とても身近で知り尽くしている超厭な奴にお礼はしたくないんだけど…………」

90度きっかり腰を曲げた二之宮。



「ありがとう」



と、プライドの高い二之宮が年下のとても身近で知り尽くしている超厭な奴に頭を下げた。これには狼だけでなく、葵も呉も唖然。そして、二秒弱で礼を終わらせた彼は館を一瞥してから、「行くよ」と、街道の方へと歩みを進めた。



そのため、







「こちらこそ……ありがと」

という、狼の声は残念ながら聞こえなかった。

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