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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
生きる代償
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生きる代償(7)

(ろう)…ごめん」

暗いままの部屋では狼が窓枠に座って三日月を見上げていた。

「なんであなたが謝るの?」

狼は月夜を見詰めて身動き一つしない。

「だって…」

だって、そうやってそっぽ向いてるなんて怒ってるようにしか見えないじゃん。

「ねぇ、あなたには好きな人がいるんだよね?」

開いた窓から吹く風を頬に受け、目を閉じた狼は俺に尋ねる。

「いるよ」

陽季(はるき)が。


「じゃあさ、愛って何なのかな?」


「愛?」

「うん」

頷いた狼はその無い表情を俺に向けた。

「教えてよ」

教えてと言われても…。

「僕には…何もないんだ。思い出も何もかも」

「狼は…お父さんに捨てられたから?」

「?あ…あれ。錯から聞いた?」

「うん」

秘密にしといた方が良かったのかな。

「僕は父さんに捨てられたらしいよ」

「らしい?」

「記憶がない。(えん)は僕を拾った。父さんに捨てられた僕を捨てられたなら誰が拾ってもいいでしょって僕を拾い、ここに連れ帰った」

狼は「炎って変人だよね」と微かに笑ったように見えた。それは彼女を嘲笑っているようでもなく、自らを嘲笑っているようでもなく、拾ってくれた炎の優しさに戸惑ったような顔をしていた。

何故、彼女が拾ったのか分からない。

店子が無償で手に入るからか?

だからといって、死にかけでぼろぼろの餓鬼を拾うものだろうか?

寧ろ、死んだときの面倒が厄介だ。

悪い噂も立つかもしれない。

拾わないほうが明らかに得なのだ。

何故、拾った?

分からない。

狼は何故かどうしても彼女の思いを知ろうとはしていなかった。俺には狼が何となく、敵を作り、自らは敵から(せい)を守るナイトになろうと意地になっているように見えた。

「何もない僕に生きる価値を教えてよ。僕は…分からないんだ。生きなくていい理由なら幾つでも挙げられる。でも、生きる理由はない」

でも、唯一挙げてもいいものがあるはずだ。

「清は?」

君は清を友達でも兄弟でもない、もっと、重い何かで見ている。

「清は……本当にどこに行ったんだろう…。僕…清も失ったのかな…ううん…最初から…清は僕を……」

唐突だった。

狼が俺に全体重を掛け、押し倒すと、俺を見下ろした。小さな顔が、細い腕が、俺を縛り付ける。

「教えて…あなたは何故生きているの?教えてよ」

俺の生きている理由…。

「それは…」

それは?

何かあるんだ。

陽季が好き。

だから?

俺はまだ、会えていない。もう…会えないかもしれない。でも……。

「………………氷羽(ひわ)

どうしてだろう。

氷羽は友達で?俺は…そいつを……………………………失った?

「氷羽?…そう…あなたも…」

俯いた狼が俺から離れ、再び立ち上がった。そして、うろうろと部屋の中を彷徨う。

その開かれ、垂れた手がゆっくりと力なく握られた。

「狼?」

「ねぇ、洸祈(こうき)、僕と友達になって」

「洸祈って―」

「あなたが全てを失っても僕がいるから。だから、僕が全てを…」

腕に収まった狼の紺の瞳が揺れてる。紺色の綺麗なあの子と同じ紺。

あの子と同じ……杏?

「友達…に?俺と?」

「うん」

「なら、もし…俺が狼の大切なもの壊したらどうする?」

狼が首を傾げた。そして、暫く沈黙を保つと…。

「直すよ」

透き通った声音。

「これでも、夢は医者なんだ。それで、清を僕が守るんだ」

純粋な狼が見えた気がした。

でも、それは間違っている。壊れたらもう元には戻らないんだよ。

「駄目。先に俺を怒らないと。ね?」

「どうして?あなたはわざと壊す気?」

「そしたら?」

友達、やめよう。って言うんだ。


「一回、思いっきり殴らせてくれたら許す。そんで、また、友達になってよ。洸祈」


「大切なものはいいの?」

「僕は言っただろう?直すって。僕は、ヒトはそれを守れるくらい強くなってから、大切なものを作るべきだと思うから。守れないものには心を寄せちゃいけない。それでも守りたいなら、強くなれ」


その時の狼の笑顔が知っている誰かに重なった。


大切な大切な人に…―



(れん)



「いってらっしやい」

「いってきます」

「いつかまた」

「いつかまた………………絶対に」






「母さん」

母さんの愛した葵の花。

「墓参りに葵?普通、置いてないわよ」と、花屋の店主はぶつくさ言っていたが、それでも、沢山の葵を用意してくれた。

一つ行動を取る度に頬を優しく撫でて、青の花弁は空へと舞い上がる。

「母さんの灰は母さんの生まれ故郷の谷だけど…父さんと(あおい)とで作ったここにもいると信じてる。男三人で不器用な家族だけど晴滋(せいじ)さんや真奈(まな)さんがいるから大丈夫だよ。驚いてるでしょ?俺、こんなにでかいんだもん…その…あのさ……母さん、きっともっと驚くだろうけど………俺、男が好きなんだ…ただ闇雲にじゃなくて。…好きなんだ。陽季が好きなんだ。愛してる。変人かな。でも、好きだから…愛してるから………。母さんは分かってると思うけど…俺は…沢山の人と寝たよ。臆病だから逃げられなくて…契約に縛られて…」

俺の最低な姿を母さんは見ていたはずだ。

「ねぇ、本気で愛せる人を見付けたんだ。俺、絶対は言えない。だけど、傍にいたい。どんなに辛くても一緒にいたいって思えるんだ。俺に残された時間は少ないけど…俺があげられるものは少ないけど…陽季にあげられるものを全部あげられたら俺、こんなに長く生きられて幸せだったって…笑って…逝けるから」

狼がまたね。と、笑って送り出してくれた。炎も二階から俺を見下ろしていた。

みんな、優しかった。

俺は、俺の知っている“みんな”に会いたい。

駄目だ。止まらない。

「母さん…死にたくない。死にたくないよ!!…もっと皆の傍にいたいよ!!!!」

無様だけど、ただ、みんなに会いたい。みんなにありがとうを言いたい。

涙が溢れて止まらない。

葵の花に涙が落ちた。

「まだ皆にお礼してないんだ!!今この瞬間も頭が割れそうに痛い。喉が熱い。手足が震える。怖いよ!!!!!!」

誰か助けて。

母さん、胸が苦しいんだ。

何にもないのに頭がパンクしそうなんだ。早く楽になりたいけど、まだやりたいことがあるんだ。



「洸祈?」





……………………………父さん?

若かりしころの(しん)が花束を抱えて立っていた。

葵の花束を…。

「あっ…その…俺、帰ります」

慌てて涙を拭うと洸祈は後退った。また、花弁が空へと舞い上がる。

「居てくれて構わない」

崇弥林(たかやりん)の字を撫でた慎は葵の花束をそっと墓石の前に置いた。洸祈の足がぴたりと止まる。

「君は林の友人かい?」

……………………………………。

崇弥林は母さんです。とは言えない。洸祈は言葉に詰まって立ち尽くす。

「言い方を変えて、林の墓参りかい?」

こくり。

「なら、こっちだ」

慎は洸祈の腕を引いた。慎の懐かしい匂いが胸一杯に広がる。父さんと言いたくなるのをどうにか堪えて林の墓前に葵を置いた。

「俺達は似た者同士だな」

「葵?」

「ああ」

だってそれは…。

「林の大好きな花」

そう、弟の名前。

「君が林とどういう関係かは分からないが、俺と林の間に双子が生まれたんだ。兄貴の方を洸祈。弟の方を葵。林が名付けたんだ。葵の方は蒼い瞳と好きな花から。洸祈の方は―」

いつか聞きたかったこと。

葵の名前の由来は分かる。俺の名前の由来は?

「分からないんだよなぁ。林はこの子は洸祈。いい?そう訊いてきた」

分からない。適当?

「ただ…祈りの子だって。この子はきっと大変な思いをするかもしれない。だから、そんな時、この名前を良く考えてくれたらいいなって」


洸祈。


「慎には多分、分からないだろうけど、洸祈はきっと分かる。だと。昔っから林は不思議ちゃんで騒がれてたからなぁ。俺には母ちゃんだったけど」

と…。

「あ、ごめんな。林に叱られる夢見そうだ。林が怒るのは怖いけど会いたい」

俺も会いたい。こんなに素敵な名前をくれたのだから。

「質問してもいいですか?」

洸祈は父の顔を見詰める。

「なんだい?」

「男を好きになるってどう思いますか?」

慎から出た答えはとても短いものだった。

「好きならいい」

手のひらが洸祈の頬を優しく包み込む。

「生物学上子供は無理だ。それでもいいかい?」

そんなの…。

「いい…です。俺は好きだから。愛してるから」

「男同士だからどうした。女同士だからどうした。好きなんだろう?愛してるんだろう?愛情のない結婚をする人達よりすごく幸せじゃないか」

洸祈は慎の胸に勢い良く飛び込んでいた。慎はうおっと驚いていたが、やがてよしよしと背中を撫でてくる。

「俺、すっごく幸せだ。本当にありがとう。崇弥林さん、崇弥慎さん、俺、最後まで諦めないから」

「ちょっ…君は―!?」







「あ…」

慎の伸ばされた腕を避けて丘を洸祈は走る。

「名前…言ってないのに」

慎は茫然と立っていた。

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