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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
生きる代償
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生きる代償(6)

俺が部屋に入ると直ぐに(ろう)は安堵の表情をし、「(えん)に探すの止められた」と苦笑いした。多分、少しでも早く俺に言いたかったのだろう。まだ諦めたくないからこそ、俺を見てその使命を忘れないために。

「外、どうだった?」

「迷子の男の子の家族を一緒に探したよ」

「迷子の男の子!?(せい)…なら分かるよね…」

俺が手を窓際に座る狼の額に乗せれば、明日には完全に治りそうだ。

「うん。その子、可愛かった」

「……清が世界一可愛いんだ」

清はきっと喜ぶよ。“可愛い”にじゃなくて“世界一”にだろうけど。

「で?見つかったの?」

「その子の希望で茶屋の肉まん巡りしてたら、あっちから見付けてくれたんだ」

「茶屋で肉まん……。まぁ、見つかったんなら良かったね」

白い頬を女の人に平手打ちされ、男の人には抱き締められてた。そのスキンシップに嫌がってるようだったけど、家族が見つかって嬉しそうだった。

だからね、狼。

「きっと見つかるよ」

「何が?」

「清はきっと見つかる。だって、狼は清が大好きで、清は狼が大好きだから」

俺が自信満々に言うと、彼は微笑み、直ぐにその笑顔に影を落とした。紺が黒に変わる。

「狼?」

「清も…好き…ならいいのに。こんな僕を…」

そんなことを心配していたのか。

「好きだよ」

「あなたは…清じゃない」

何度目かの言葉。

そう、俺は清じゃない。俺の中に清はいない。

でも、

清は俺だ。

俺は狼が好きだから。

狼を失いたくないから。

だから、清は狼が好きで、狼を失いたくないはずだ。

清、お前は狼が好きだろう?

「なら、俺は狼が好き。でも、思うんだけど、狼を好きにならない人なんていないと思う。自信を持って」

「ホントに…変な人」

はにかみ屋さんは「もう少し寝る」と、布団に潜った。





「狼!お前、クスリやられたんだろ!?大丈夫か?」

「今はね」

狼に連れられて食堂に行った時だ。

前に来た時はがらんとしていた食堂だが、笑顔の(かい)さんは賑やかなそこから俺達を見付けて手を振った。俺もパイがとても美味しかったことを兼ねて手を振り返そうと思ったら、1人の少年に視界を遮られた。

何故、一応、自然の摂理として一般の少年達より3つ頭分以上は背の高い俺の視界が遮られたかって?

当然、高かったからであって…。

まぁ、少年がテーブルに立っていたということだ。

で、さっきの会話に戻るわけ。

「で?誰?」

人を指差しちゃいけないよ。その理由は分かんないけど。

俺の予想通りの一言に、周囲の少年、少女、猫が俺を一斉に向く。猫?

俺はシンと静まった食堂で狼が無言なので、俺自身が自己紹介しなければいけないようだ。

「えーっと…俺は―」

「にーっ!」

と、あれはクリーム色のツインテール美少女が…。

「ユアナ、走ると危ない…―」

狼がその美少女を保護するより前に美少女の肩がテーブルにぶつかった。テーブルが揺れ、少年が…。

「ユアナっ!!!?」

ぐらりと傾く少年。

俺はこの場の大人として抱き止めた。

あ…抹香の匂いだ。

「あーもう。ユアナ、(さく)が危なかったろ?」

「ご飯食べるとこに立ってるさーちゃんが悪いんだよ!」

「はいはい。でも、ご飯食べるとこで走るのも悪いことだからね」

「むーっ…にーを心配したボクチャンの優しさを評価して欲しいよ」

ツインの髪が所々跳ねている美少女は…にしても…。

「可愛い…」

「お前、ロリコンか?」

「え?何?錯君」

錯君が俺の腕の中でもがいていた。

「放すんだ」

「え?…あ、ごめんね」

錯君を放すと錯君は俺から離れると思いきや、鼻を鳴らして俺にへばりつく。

「何?」

「この匂い…」

「くぅちゃんの匂い!」

くぅちゃん…?

ユアナが狼に無理矢理抱っこしてもらいながら、俺を指差して叫んだ。だから、無闇に人を指差しちゃいけないよ。

しかし、その言葉と共に、部屋内が一気に静まる。

一体、何の地雷だ?

「ユアナ、くぅちゃんじゃない。清だろ?」

錯君が俺の手を握ってユアナから俺を離した。

「そうだよ、ユアナ。洸祈(こうき)は君の夢の中の人物だ」

「にーまで否定するの?この匂いはくぅちゃんのなのに!」

ユアナは叫ぶ。

辺りが騒がしくなってきた。1人が「先生を呼ばなきゃ」と囁くのが聞こえる。

「ユアナはおかしいんだよ。頭が少し」

錯君は俺に耳打ちした。

「ボクチャンはおかしくない!くぅちゃんは忘れたの!?氷羽(ひわ)のこと忘れたの!?くぅちゃんだけは信じてると思ってた!」

俺達の小話をする姿を見たユアナは益々騒ぎ立てる。狼はこの声は手に付けられないと、彼女をどうにか押さえることしか出来なかった。

「くぅちゃんだけは氷羽を信じてると思ってた!氷羽を返して!返してよ!!」

氷羽は俺の友達だ。

俺は氷羽を…信じていた。

確かに信じてはいたし、あの時を除けば、今も信じている。

“あの時”って何だろう…?

「ユアナ!」

この声は…。

「エリー!」

炎は普段のチェックのスカートをやめて、細身を強調するジーンズだ。彼女のカチューシャから垂れる布がひらひらと揺れた。

「勝手に出歩いて…。美樹浩(みきひろ)が言ってたでしょう?あまりはしゃぐなって」

「それはお日様の出るお昼だもん。それにただ、ボクチャンは皆と一緒にご飯食べにきただけだよ」

「もう…」

「分かったよ。お部屋に帰る」

踵を返す少女。

隣で俺の手を強く握っていた錯君の溜め息に俺の溜め息が混じる。それは明らかに得体の知れない恐怖からの解放による安心感からきているのは分かっていた。

何となく、少女の話は聞いていたくなかった。

しかし、美少女はくるりと振り返った。

ツインテールをほどき、長い髪を所々跳ね散らかした姿は誰かに似ている気がした。

「くぅちゃん、確かに今までの原因は氷羽があなたを最後まで信じらなかったからだよ」

今までの原因?一体、何の話だろう?

「じゃあ、今は?くぅちゃんがここにいて、これは本当に最後のチャンスなんだ。なのに、今まで氷羽を信じていたあなたが氷羽を信じられなくなった。これはあなたがヒトになったから?」

俺はヒトだ。“なる”とかじゃなくて、元からヒトの子として生まれたんだ。

「ねぇ…氷羽を助けて。今のあなたならヒトであった氷羽の苦しみが分かるはずだよ」

ヒトであった?

氷羽は友達で…友達で…なんなんだ?氷羽がヒトではなければ何?

「氷羽を信じて…そして、氷羽の願いを叶えて。そうじゃないと……アークに食われるよ」

分からない。俺には氷羽という友達がいたことしか……。友達がいた(・・)

まだ、分からないことが沢山ある。まだ、記憶が戻りきっていない。

「ボクチャンはあなた達が幸せになる過去がみたい。アークに人形として操られて無理矢理作りだされた終わりじゃなくて。くぅちゃん、友達と喧嘩した時、どうすればいいって知ってる?」

そんなの…。

「仲直りする」

謝って、語り合えばいい。

美少女が満面の笑みを漏らした。


「うん。まだ、仲直りできる時間はあるよ」


そして、炎と食堂を出ていった。




「狼…あの子は…」

自己紹介はうやむやなまま、食堂の片隅に座らせてもらった俺は一気に気分が悪くなったらしく、目の前でテーブルに突っ伏す狼を見た。

「ユアナ。炎の妹。過去の夢を見るんだと。カミサマだの洸祈だの氷羽だの嘘っぽいけど」

答えそうにもない狼に変わって、隣の錯君が答えてくれる。

「へぇ」

「にしても…清はどこに消えたんだか…って」

やばっと自らの口を押さえた錯君は狼を見て、肩を竦めた。

「お前は清の仕事中にいつの間にか入れ替わってたんだろ?」

「うん」

「で、お前はまぁ、清にそっくりだな。でかいけど」

どうも。

「お前は泣き虫?」

「違うけど…」

「お前はなんだっけ?ああゆうの……えっと、自己犠牲派?」

「多分、違う…と、思う」

自己を犠牲にしたら、そこで終わってしまうではないか。その後、誰が俺の大切な人を守るというのだ。

「セックスは好き?」

錯君は平然と質問を続けた。

「セックス?」

「うん」

それは…何と答えよう。

「好きな人となら」

陽季(はるき)となら、俺はいい。

「じゃあ、違うな」

「違う?」

「清は泣き虫だし、自己犠牲派だし、セックスは嫌いだし……好きな人…いねぇもん」

清って好きな人いないの?

「狼は?」

「狼は兄貴だよ。な?狼」

話を振られた狼はゆっくりと体を起こした。

紺色がじっと俺を見詰める。そして、その無表情を崩して微笑した。

「そ、僕は清のお兄ちゃん。だから、兄弟愛はあるよ」

「ほら、清は好きな人との出会い以前にそういう概念ってやつがないんだよ」

それって凄く悲しくない?

狼、清が嫌い?好きじゃない?

「僕は先に部屋に帰るよ。あなたは遠慮せずに食べてて。錯、この人はどこか抜けてるから世話を宜しく」

狼は席を立つと、この話から逃げるように俺達に背を向けた。

その時、俺は狼の着物が黒なのに気付いた。

真っ黒なそこには…―

「籠の鳥…」

「ん?ああ…あの着物か」

「何なの?」

「あれ、あいつがここ来た時に着てたもん」

「そう…なんだ」

「あいつの趣味って変だよな。普通、あんな暗いのって葬式に着るもんだろ。あいつ、いつでも喪してるわけでもないのにな。ある意味、服装でいえば、白を好む清と対象的」

「いつも…何かを喪ってる…のかな…」

「さぁ。でも、父親に売られたあいつに喪うもんなんかあるのか?」

「父親に?」

「父親って言ってたぜ?大体の親に売られたやつは親憎んで、ここで金稼いで見返してやるってんのに、ホント、変な奴」

「そうなんだ…」



全くこの状況には関係ないというのに、俺は何となく、その後ろ姿に寂しくなった。

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