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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
生きる代償
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生きる代償(5)

(ろう)の髪は温かい感じがする。柔らかくって…。

鈍い金は光り輝く宝石から見れば用なしかもしれない。でも、鈍くていいと思う。鈍いぐらいが傍にいて居心地がいい。


薄く換気の為に開けた窓から冷たい風が入る。狼にはあった毛布と借りてきた毛布を全て掛けたから大丈夫だろう。ちょっと重そうにしているが。

「狼…歌…歌えるかな」

何となく歌えそうな気がする…。何でだろ。眠る横顔を眺めていたら、ふと思った。内に眠る記憶のせいかな。

俺は裸足が冷えたので、窓を閉めることにした。

窓から見えるのは墓場だ。

高いこの建物と他の建物に囲まれた小さな空地のような場所に黒くなった石片がぽつぽつと並ぶ。

そこに…。


陽季(はるき)は?」

「陽坊?あー、あの餓鬼は……あー、迷子だな」

「バカ弟!!方向音痴なんだから見ときなさいって!」

「いてぇよ!蘭」


なんだか賑やかだ。あの花の溢れているお墓の人は幸せなんだろうな。

それにしても…。

「はるき…いい名前」


陽季、どこにいるの?



「あれ?どこ…に?」

狼、起きたんだ。

「外。いいかな?」

「どうして?」

どうしてだろう?でも、ちょっとだけ…。

「会いたい…から。大切な人に」

俺が言うと、頬が少し紅い狼が微笑んだ。あったかい…笑み。

そして、ゆっくりと体を起こす。

「だめだよ!もう少し寝てなきゃ!俺の世話もしてくれて…熱が…」

「大丈夫。僕はね、強いんだ」

俺の制止も聞かずに毛布から細い足首を見せて立ち上がると、ふらふらと歩みを進め、俺は倒れかけた狼を支えた。それでも、額の熱は昨夜より下がっている。

「狼、俺が傍にいるから休んで。今日一日は狼、お休みの日だから」

「ううん。ね、君は会いに行くんだ。大切な人に。行っておいで。僕はただ、君に…悔いは残しちゃいけないと…言いたいんだ」

「悔い?」

「会いたいなら、会いにいって。僕は…もう少し寝たら(せい)を探しに行くよ」


行ってらっしゃい。





「あまり遠くに行っちゃだめよ」と、(えん)に貰ったお小遣いを持って俺は外に出た。

「なんでだろう…来たことある気がする」

花街に来たことあるなんて感じてるって…浮気になるのかな、陽季。

さて、どこに行こう。右も左も酔った男と女、人買いだらけ。でも、俺はどんなにこの現実が厭でも、ここの掟に従うしかない。それは美樹浩(みきひろ)さんの言うとおりなら、俺もここと同じように他の花街で掟に従っていたのだ。違うとしても、騒ぎを起こして館の皆に迷惑を掛けたくない。

「えっと…」

裏手の墓には…。

双蘭(そうらん)!?って…なんだよ。知らない人か」

絹糸のような白銀の髪。

黒曜石のような漆黒の瞳。

同じ黒の着物には点描で描かれた薄桃の蝶。それは儚く、今にも黒地に埋もれてしまいそうだった。


多分、少年を見たとき、俺は…―


「生意気…」


上目遣いなど、こちらは睨み付けられているようにしか見えない。もの凄くプライドが高そうだ。

「生意気とは失礼な男だな!ここは何処だよ!」

見れば分かると思うんだけど…ここ、墓場でしょ。

「ここはお墓」

沢山の命の眠る場所。殆どがきっと、もう親族がいないか、忘れられているか。少年が今まで向かっていたその墓だけが花に溢れ、周囲の雑草も抜かれている。

あれ?そういえば、この子はもしかして…。

「ねぇ、君ははるき君?」

びくりと肩を揺らした。明らかな反応だ。どうやら俺は、迷子の迷子のはるき君を発見したらしい。

「なんで知っているのさ!」

「さっきまでいた人が探してたよ」

「ホント!?どこ!!」

「さぁ…」

そこまで俺に期待しないで欲しいな。

俺が知らないと分かると、はるきはわざとらしく舌打ちをして足元の小石を蹴った。その石が近くの墓石にぶつかる。

「こら、はるき君、ダメだよ」

縁起が悪い。祟られちゃうよ。

「煩い!てか、はるき君とか馴れ馴れしい!」

怖いよ…陽季。同じ“はるき”なのに全然違うよ。ここに野郎がいるよ。

「ごめんなさい…」

「っ…まじで取るなよ。いいよ、別に…知らないならそれで。は…はるき君は厭だけど」

いいの?

「は…るき」

「そんなにオドオドすんなよ…」

え!?ホントにいいの!!

「はるきっ!はーるーきっ!」


もっと呼びたい。


“はるき”


「はるき、はるき、可愛いはるき、はるきっ!はーるーきぃ…―」

「流石にやめろよ!!!!」

はるきは跳ね飛んで俺の頭を叩いた。あ、慣れた匂いがふわりと。いい匂いだ。

「ねぇ、ねぇ、迷子でしょ?」

「迷子じゃない!」

「ねぇ、一緒に探してあげるよ」

迷子の迷子のはるき、俺も迷子なんだ。陽季に会いたいんだ。

俺ははるきの手を握って適当に歩く。なんだか騒がしいが、無視して花街を抜けることにした。


「なぁ、いくらだ?」

はい?

声を掛けたのは誰かと思えば、はるきの手を掴んでいない手を握られる。そして、そのまま引き寄せられた。

「はいっ!?」

「なぁ、お前はいくらだ?」

何?この人?

おじさん、酔ってる?

おじさんは真っ赤な頬を俺の手の甲に擦り付けて…きもい!

「やだっ!放せよ!」

「少しだけ。望む分考慮するぞ?」

汚らしい肥えた手は俺を放さない。周りを見渡すが、見ぬ振り、逆に見世物にする人しかいない。

どうして?

俺、厭だよ。

「放せっ!」

「いいだろう?」

人の話を聞けよ!

「放せ、変態!!!!!!」

「いいかげんにしろ!どうせ、飼われものなんだろ!!!!!」

黙れ。

「お、静かになったな。やりたいのだろ?」

黙れ。

「みな同じだ。お前もそういう奴なんだ」


「黙れ!!!!!」


多分、俺の魔力の制限が効かなくなったんだと思う。一瞬意識がなくなったと思ったら、男は消え、俺の足元が焦げていた。

そして、

「はるき?」

「何してんだよ、バカ」

よく分かんないが、はるきが俺を引き摺っていた。ぺたぺたと草履が鳴っている。銀髪が揺れていて…。

「はるき…俺…殺した?」

「殺してないよ。んな簡単に目の前で殺人が起きてたまるか。あんたを掴んでた手がやけどしてさ、飛んで逃げた。ま、あと少し逃げ遅れていたら、なんか突然現れた虎に食われてたよ」

虎?

「あんた…魔法使いなんだな」

「?」

嫌われたかな。魔法使いはみんな嫌うんだ。どうしてだっけ?

茶屋前のベンチで二人で並んで座っていた時だった。随分ぼーっとしていたが、俺ははるきの手を放していなかったようだ。そして、その手は赤い。

「はるき!?この手っ…」

やけどだ。


まさか俺が傷つけた?


「はいはい。罪悪に浸るのはやめろよ?泣くのもな。めんどい」

はるきは俺の手を払って、その手を振袖に隠した。

「でも…」

その傷は俺がさっきつけたに違いない。俺はまた覚えていない。

人を愛していたことも。

人を傷つけたことも。

本当に都合のいい記憶だ。

「―聞いてたのか?おい、って!」

頬に鋭い痛みとはるきの声。俺に平手打ちをしたはるきが茶屋で買ったらしい肉まんに齧り付きながら見上げてくる。また、俺は放心していたのだろうか。

「お前なぁ……名前、何だっけ?」

名前?

「お前がここ(花街)の住人で魔法使いなのは分かったって。でさ、俺はそんなことよりも、俺の仲間探すって意気込んでたお前の名前が何か知りたいんだけど」

名前は…。

「俺…記憶が…」

記憶が?

「今までのこと…なんにも」

なんにも?

「俺、流浪舞団(るろうまいだん)月華鈴(げっかりん)』で、扇舞を得意にしてる」

はるきは真っ直ぐ、夕に伸びた自らの影を見詰めて言う。

「凄いね。舞妓さんなんだ」

「でも、俺はそんなのどうでもいいと思う。舞妓ってなんか確かに凄そうだろ?でもさ、俺はちっちゃい時に親なくした孤児だし。それで、可哀想にってわけじゃない」

はるきは立ち上がった。そして、橙の空を背に逆光の奥の漆黒で俺をじっと見下ろす。綺麗な目だ。


「俺、陽季。セロリが嫌いで、蜜柑は大好き。何事にも一生懸命で、でも、めんどくさがり。お前みたいなぼーっとしてるの見てるとほっとけない質っぽい。そんで、恋愛には案外一途なんだぞ。自信だけはあるけど、初恋がまだだから。お前は?」


俺は…。




「俺…………………………………………洸祈(こうき)。よろしく、はるき」



「ああ、よろしくな。こうき」


この小さな手を握って大切な人のとこに行かなきゃ。

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