生きる代償(4)
「狼、おいで」
あ、撫でてくれるんだ。
でも怒っているだろう?
僕は殺そうとした。
「でも殺してない」
殺せなかっただけだよ。
「つまり、殺してない」
君がいなければ殺していた。君に会わなければ殺していた。
「ホントに?」
偶然だよ…。
「俺は偶然とは思わない」
確かに君はそっくりさんだけどさ…。
「『もう俺は忘れた』誰かの言葉だよ。狼、疲れてるね。おやすみ」
「清!!!!」
狼は叫んでいた。
意思とは関係なしに動くそれをどうにか客の首から離して…。
「狼!!?」
自らの名を忘れた青年は部屋に飛び込む。涙の溢れる紺を見付けて、彼は狼を抱き締めた。
「狼、清に救われたわね。三月、こいつに金を返して表に捨て置いて。もう来んなって付けてね」
炎は付き人の三月に指示する。三月は頷くとそれを実行しようと咳き込む客を担いだ。そうして、一瞬でこの騒動は炎によって片付けられる。
紅く色づいた体は今までの清とはなんら変わらない。それは狼が一子供であり、清と同じ一男娼であることを示していた。
彼女は彼の腕に収まる狼を見下ろし、虚ろな紺の狼の頬を撫でた顔が微かに歪んだ。
「清が野生の勘だかで狼の様子を見に行かなきゃ…」
今頃…殺人犯になってたわね。
彼女は安堵の溜め息を吐く。
「狼、狼!狼!!」
青年の腕の中で狼は身を捩った。
「くる…しっ…」
「どうしたの?」
熱い吐息の狼は震える指を動かしては力尽きる。
「あつ…い…」
「熱いって…熱あるの?」
彼が狼の額に触れても熱くない。
「清、狼は下町で流行りの厄介なもの飲まされたの。風呂に入れとけば一人で処理するわ」
「そうなの?」
体を支えようとする彼。しかし、狼はその手を弱々しく拒むようにぴくりと体を震わせる。
「はっ…う…」
「狼?」
「感度良好。早く風呂に」
すっかりいつもの調子に戻った炎は、二人を置いて欠伸一つで踵を返した。
「狼、お風呂だよ」
「…む…り」
俺も男だ。
狼の現在の状態は見て分かる。
「あの…俺が…」
びくっ。
「…ごめん」
だよね。そっくりさんとはいえ、大切にしてる奴にやってもらうなんて…。俺だって本物じゃなきゃ厭だ。本物のぬくもりじゃなきゃ安心できない。だよね…陽季。
かくっ。
しかし、震えた狼は俺に凭れた。
「力…入んない……や。清には…言わないでよ。…僕は…お兄さんみたいな…だから―」
だから、秘密にする?
「分かったよ。優しくする…ね」
正直、何にも覚えていないのにテクがある自分がなんか厭だ。いや、狼が敏感なだけかもしれない。
「っく…はうっ…」
「大丈夫?」
大丈夫じゃない。そんなの分かってる。
気持ちいんでしょ?気持ちくて、気持ちいと感じる自らに焦っている。
「っ!!!!!…ふぁ…っ」
脱力した狼。
俺は幼いその顔を見てからシャワーをかけてあげた。
「薬は抜けた?」
「………………………」
「狼?」
…スー…スー…スー…。
あ、可愛い。
「清がね。帰るよって」
言ってたよ。
そう、聞こえた。きっと清は俺の…―
狼、やっぱり君が好きだよ。
―蓮、早く俺を迎えにきて―
「蓮お兄ちゃん?」
「あ…大丈夫」
「蓮さん、今の貴方の魔力は零に等しい」
「呉君もだろう?」
「僕は………悪魔ですから」
「悪魔だからなんだい?」
「気にしないで下さい」
「崇弥は悪魔だからと言う理由で君をそう教育しているわけだ。悪魔は奴隷か」
「黙って下さい!!洸兄ちゃんはそんなこと言わない!!寧ろ―」
「寧ろ?」
「僕を…」
「崇弥は悪魔は悪魔、魔獣は魔獣。そんな分け方をしない。呉君は呉君、琉雨ちゃんは琉雨ちゃんだ。そうだろう?」
「…………………………はい」
「僕は大丈夫だ。呉君は?」
「平気です。洸兄ちゃんが待ってますから」
「うん」
―洸祈、今迎えに行くよ―