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騎士と秘密の特訓

「……はぁ。どうしてこうなったのかしら」


 私は今、学園の訓練場の裏で、大真面目な顔をしたギルバート様と対峙していた。


【システム・ログ:通知】

[現在の悪役レベル:測定不能(低すぎてエラー)]

[管理者より一言:もう少し頑張れないんですか? 崖のセット、もう発注しちゃいましたよ?]


「ちょっと! システム、今『崖』って言った!? しかも勝手に私情を挟まないでよ!」


 虚空に向かって叫ぶ私を、ギルバート様が不思議そうに見つめている。


「……エルゼ。さっきから誰と話しているんだ? 周囲には私と、通りすがりの小鳥しかいないが」


「あ、いえ! 独り言ですわ! 悪役には、独り言で陰謀を語る時間が必要なんですの!」


 私は慌てて扇子で顔を隠した。

 ギルバート様は、相変わらず感情の読めない鉄仮面のような無表情で、私の手元にある『悪役令嬢・罵倒辞典(手作り)』を覗き込んだ。


「……それで。私に『悪役の所作』を教えてほしい、というのは本気か?」


「本気も本気、超本気ですわ! ギルバート様は騎士団で、不届き者を厳しく取り締まっておられるでしょう? その、相手が震え上がるような圧力を、わたくしにも伝授していただきたいのです!」


 そう、前回の「褒め殺し事件」で悟ったのだ。私一人では、どうしても善人が漏れ出してしまう。ならば、プロの「威圧」を学べばいい。


「……承知した。貴殿のその、必死すぎる動機は不明だが、協力しよう。まずは、相手を射貫くような『冷徹な視線』だ。やってみろ」


 ギルバート様がお手本を見せる。

 ……ひっ。

 空気が一瞬で凍りつき、心臓が跳ね上がるような鋭い視線。さすが本職の騎士。これよ、これが必要なのよ!


「いきますわ! ……ふんっ!!」


 私は全力で眉間にシワを寄せ、ギルバート様を睨みつけた。


「…………」

「…………ど、どうかしら?」


 ギルバート様は、しばらく沈黙した後、そっと目を逸らした。


「……腹痛か? それとも、目にゴミが入ったのか?」


「酷いですわ!! 渾身の『ゴミを見るような目』ですわよ!!」


【システム:辛口評価】

[判定:子犬が威嚇しているようにしか見えません。見てて悲しいのでポイントは差し上げられませんが、しかしギルバートのルート外の反応はスクリーンショットして保存したいレベルです]


(確信犯じゃん……)


 もどかしさに地団駄を踏む私に、ギルバート様がため息をつきながら歩み寄ってきた。

 彼は大きな手を私の頭に乗せようとして……躊躇い、代わりに肩を軽く叩いた。


「エルゼ。貴殿には、そもそも他者を傷つけようという『殺気』が決定的に欠けている。……なぜ、そこまでして悪人を演じようとする? 貴殿の本来の瞳は、もっと……」


「……もっと?」


「……いや、何でもない」


 ギルバート様がわずかに頬を染めた(気がした)その時。


「おや。こんなところで二人きりで密会かな? 穏やかじゃないね」


 聞き覚えのある華やかな声。

 振り返ると、そこにはアルフレッド王子が、何やら楽しげに、それでいて瞳の奥に「逃がさないよ」という光を宿して立っていた。


「ア、アルフレッド様!? なぜここに!」


「君を茶会に誘いに行ったら、騎士と訓練場に消えたと聞いたからね。……ギルバート、私の婚約者(仮)に、何を教えていたんだい?」


(婚約者?? そういえば……そうだった……)


「……閣下。彼女に、威圧の基礎を」


「威圧? ははは、エルゼにそんなもの必要ないよ。彼女はそのままで十分、私の心をかき乱してくれるからね」


 王子が私の手を取り、指先に軽く口づけを落とした。


「はっ!?」


【システム:緊急アラート】

[警告! 攻略対象二人の同時接触を確認。これは『悪役令嬢』のシナリオではなく『逆ハーレム・ラブコメ』のルートです!]


(うるさいな……ミュートにできなのこれ)


 騎士様の無愛想な優しさと、王子の強引なアプローチ。

 板挟みになった私は、本来の「悪役ミッション」がどこか遠くへ飛んでいくのを感じていた。


「……あ、あの、二人とも! わたくしは今、世界を滅ぼすための修行中なんですのよ! 邪魔しないでくださいましーー!」


 私は真っ赤な顔で、またしてもその場から逃げ出した。

 背後で、王子と騎士が「世界を滅ぼす修行、か……」「彼女らしいですね」と、なんだか妙に意気投合して話し合っている声が聞こえた。


 ……全然、悪役になれてない!!

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