禁断の森のピクニック
「ここが、あなたの終焉の地ですわ! おーっほっほっほ!!」
私は、生い茂る木々の間から差し込む陽光を浴びながら、声を張り上げた。
学園の裏手に広がる『迷い子の森』。古くから伝わる伝承によれば、ここは一度足を踏み入れると二度と出られない魔物の巣窟……のはず。
【システム警告:ペナルティまで残り60分】
[ターゲットを置き去りにし、孤独と恐怖による絶望を与えてください]
(わかってるわよ! やればいいんでしょ、やれば!)
私は後ろを振り返った。そこには、棘のある草を避けるために私のドレスの裾を律儀に持ち上げながらついてくる、ヒロインのクロエがいた。
「エルゼ様、見てください! このお花、とっても綺麗です!」
「……ええ、そうね。それがあなたの手向けの花になりますのよ(震え声)」
クロエが指差したのは、淡く発光する幻想的な青い花。
おかしいわね。魔物の森なら、もっとこう、毒々しい沼とか、骨とかが転がっているはずなのに。むしろマイナスイオンが凄くて、肌の調子が良くなりそうな空気感?
いけない、私は悪役。
私は森の最深部、ひときわ霧が濃い場所に辿り着いたところで、渾身の演技を繰り出した。
「あら! 見てごらんなさいクロエ! あそこの茂みの奥に、とっても珍しい……えーと、ダイヤモンドっぽい原石が落ちていますわよ!」
「えっ、本当ですか?」
クロエが素直に(あまりにも素直すぎて胸が痛い)茂みへと駆け寄る。
今だ!
「さらば、クロエ! そこで一生迷っているがいいわ!!」
私は全速力で逃げ出した。
ドレスの裾をまくり上げ、令嬢とは思えない速さで森を駆け抜ける。
走る。走る。
……そして、三十秒で立ち止まった。
「……やっぱり無理!!」
膝をついて崩れ落ちる。
無理。絶対無理。あんな可愛い子を一人にして、もし本当にお腹を空かせた魔物とかが出たらどうするのよ。夜になって亡霊が出たら? クロエちゃん、泣いちゃうじゃない。私だって怖い。
「システムさん! もうバッドエンドでいいわ! 崖から落としたきゃ落としなさいよ! 私はあの子を助けに行くの!」
私は来た道を猛然と引き返した。「置き去りに成功しましたか?」というシステムのログを無視し、叫びながら。
「クロエちゃーん! 今助けに行くわよー! 蛇に噛まれてない!? 怖くて震えてない!?」
霧を抜けた先。
そこには、一面に広がる光の花畑と――。
「……うるさい」
低く、地響きのような、しかし酷く澄んだ声。
そこに立っていたのは、クロエと……そして、銀色の甲冑を纏った一人の男だった。
抜けるような銀髪。感情を一切排した鋼の双眸。背中には身の丈ほどもある大剣を背負っている。
彼は、近衛騎士団の若き副団長にして、ゲーム屈指の堅物キャラクター、ギルバート・フォン・レストレイドだった。
「ひっ、ギ、ギルバート卿……!?」
私は凍りついた。
彼は、この森に生息する希少薬草の管理を任されている、生真面目を絵に描いたような騎士だ。
そして何より、彼は「不正」や「悪」を最も嫌う。今の私の天敵。
クロエを置き去りにしようとした現場(というか戻ってきた現場)を見られた?
死んだ。これはもう、物理的な処刑ルート不可避。
「……エルゼ・フォン・シュタイン。貴殿はここで何を」
ギルバート様が、一歩、歩み寄る。その威圧感に、私は思わず後ろに、一歩、一歩と引き下がる。
「あ、あ、あの……これは、その……教育的な指導の一環でして……」
「エルゼ様!」
クロエが私の元に駆け寄り、手を差し伸べる。
「ギルバート様に伺いました! ここは『癒しの森』と言って、心が清らかな人にしか見えない奇跡の花園なんですって。私をここまで導いてくださるなんて、やっぱりエルゼ様は……」
「……清らか?」
ギルバート様が、信じられないものを見るような目で私を見た。
そりゃそうだ。さっき私は「終焉の地」とか「さらば」とか叫んでいたのだから。
「……貴殿、鼻水が出ているぞ。令嬢としてどうかと思うが」
ギルバート様が、無表情のまま清潔なハンカチを私に差し出してきた。
「なっ!? す、すみません……! でもこれには深い訳が! わたくしはただ、彼女を恐怖のどん底に……っ」
「……泣くほど、彼女の身を案じていたのか」
「え? えぇ……もちろん」
声が裏返る。
「貴殿の叫び声は森中に響いていた。『助けに行く』『蛇に噛まれてないか』と。……騒がしいが、友情は本物のようだな」
ギルバート様は、ふっと……いや、相変わらず無表情だが、わずかに瞳の温度を下げて私を見下ろした。
「……誤解だ。貴殿のようなお節介な悪役は、初めて見た」
「お、お節介な悪役!?」(何ですかそれ、新しいジャンルですか)
【判定:悪役ミッション、致命的な失敗】
[周囲に深い慈愛と友情を感じさせたため、ペナルティが発動……しそうでしたが、ギルバートの好感度が急上昇したため、今回は特別に免除します]
(ただのギルバート推しじゃん……)
私はギルバート様のハンカチを握りしめ、天を仰いだ。
悪役ポイントは今回もゼロ。むしろ、攻略対象のギルバートには「変な奴」として認知され、ヒロインにはさらに懐かれる始末。
「エルゼ様、一緒にお花を摘みましょう!」
「……ええ、摘むわよ。摘めばいいんでしょ!(こうなったらやけくそよ!) 全部摘んで、お部屋をお花で埋め尽くしてやるんだから! これも一種の嫌がらせよ、おーっほっほっほ!!」
私の高笑いは、どこまでも澄み渡る青空に虚しく響き渡った。




